同一労働同一賃金は「仮想比較対象者」のチェックが肝
グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢
厚生労働省は、第12回労働政策審議会(労政審・厚労相の諮問機関)の同一労働同一賃金部会に、派遣社員の待遇を比較する派遣先の労働者(正社員)についての省令案を示した。それによると、比較対象となる正社員がどうしてもいなければ、派遣社員と同じ仕事をする労働者(正社員)を雇ったと仮定した待遇の「架空の労働者」でもよいとした。
6月に成立した働き方改革関連一括法では、原則として派遣先の企業に対して、派遣社員の「比較対象となる労働者」の賃金・待遇などの情報を派遣会社に提供することを義務づけている。派遣会社はこの情報をもとに、派遣先の正社員と不合理な待遇差がないよう派遣社員の待遇を決めることを定めたものである。
これを伝えた朝日新聞によると、今回の労政審に示した省令案では、「比較対象となる労働者」は第一義的には「職務の同一」としたが、どうしても比較できる人がいない場合には「架空の労働者」も対象と認めるとしたと報じている。
この記事に出てくる「架空の労働者」というワードは、安倍内閣が同一労働同一賃金の検討を開始した時から取り上げてきた課題で、政府は「仮想比較対象者」という言葉を使ってきたものである。それを、朝日が「架空労働者」と見出しを付けたのには、安倍流「同一労働同一賃金」に対する意図が感じられる。
「仮想比較対象者」という概念は必要
そもそもこの「仮想比較対象者」はなぜ必要なのか。それはこの問題の背後には、待遇差の説明が現実には難しい場合に、名目だけ正社員と非正規の仕事を分けたり、また正社員に対して形式的に違った職務を割り当てる形で同一賃金を避けたり、あるいは特定の人たち(例えば女性)を特定の仕事、職務、部門に就かせたりする、いわゆる「職務分離」があるからである。これを禁止するためのツールとして、正社員とパートタイマー・契約社員、あるいは正社員と派遣労働者の間の同一職務で直接比較することで、同一賃金の実現という意図があるからである。
ただ、派遣労働者が働く現場、それは派遣先の工場・ショップ・お店・事務所によって従事者の構成や正社員との職務分担は千差万別で、その職場に同一職種の正社員がいないケースもある。例えば製造工場への派遣(法的には製造請負)の場合、製造ライン一括請負や製造部門一括請負といったケースもあるので、製造現場には正社員がいないことすらある。そこでは、「仮想比較対象者」が不可欠で、ガイドラインでは欧州諸国の事例に照らして示したものである。そこで重要なのは「仮想比較対象者」がいけないのではなく、派遣先企業が提供してきたその賃金情報を鵜呑みにしないで、どうチェックするかである。
労使協議に非正規労働者の声を発する場をつくれ
この問題は、朝日の記事がいう「根拠なく待遇を低くする恐れがあるとの労働者側の懸念」とかいう生やさしいものではなく、労働組合がどう積極的に関与していくかが肝である。しかし、労働組合は派遣労働者の組織化はまったく進んでいないといっていい。ては、どうすればいいのか。
製造請負の現場を数多く見て回っている私の経験からすると、派遣請負労働者はカイゼン提案や安全衛生運動などの諸活動に参画している。また、製造工場での派遣請負の現場では、工場側から派遣会社の労使に対して、同じ内容の36協定の締結を要請して、派遣労使が印をついたものを労基署にも提出している現状がある。こうしておかないと、3ヶ月単位の生産計画をうまく動かすことが出来ないのである。既に現場では、派遣労働者を従業員代表とした、事実上の労使協議が現場の知恵としてワークする基盤が存在しているのである。これは、派遣労働者による事実上の従業員代表制が現実に機能していると考えていい。
非正規労働者の“ヴォイス(発言)”を労使協議の場にどうすくい上げるかについては、今度の法とガイドラインには書かれていない。これは、結局のところ、法やガイドライン・政省令ではなくて、労働組合の問題だからである。
そのために労働組合としては、パートタイマー、契約社員、さらには派遣社員について、まず次の順番を踏んで、労使協議制の再構築に向けて順次取り組んでいくことである。
同一労働同一賃金が本番となると、正規社員と非正規社員・労働者との処遇の差を巡る合理性・不合理性を判断する時に、会社との労使協議の場にその当事者たる “ヴォイス(発言)”を発する場と機会を、連合は現場の運動として構築することである。