アメリカ・ファーストの源流に“いらいらした愛国心”
金融取引法研究者 笠原 一郎
昨年、アメリカ・ファーストを掲げ、波乱の中で大統領に再び返り咲いたドナルド・トランプが打ち出した「トランプ関税」-これまで利害が異なる各国が築き上げてきた貿易秩序を破壊しかねない、唯我独尊とも思われる行い-には、日本に限らず世界中が振り回されているように見える。一方で、トランプが少なからぬアメリカ国民からの熱狂的ともいえる支持を受けていることも、また事実であろう。
自分たちが作ってきたことが国をまとめるもの
このようなトランプに熱狂するアメリカの民衆の心の底に流れているものは何か、その手掛かりの一つとして、30年近く前の政治学者 故高坂正堯(1)氏の教示がある。まず、高坂は代表的なアメリカ研究者であるトックビルの言葉を用いて「愛国心の核となる慣習、追憶を持たない人工国家たるアメリカの“いらいらした愛国心”、…… 自分たちが作ってきたこと、作っていること以外にアメリカを国としてまとめるものがなく、アメリカへの批判に対しては、……攻撃されているものは彼の国ばかりでなく、彼自身でもあるからなのである」との見方を示す。
さらに高坂は、1914年パナマ運河の開通において米英間で取り決められた通航税についてアメリカが行った理不尽な決定に対して、時のイギリス大使プライスが外務官僚(後の総理大臣)幣原喜重郎に語った言葉を紹介している。プライスは「……戦争をする腹がなくて、抗議ばかり続けて、何の役に立ちましょうか」として、アメリカに対しパナマ運河に関する国際法の論文のような、長くて決して感情の混じっていない文書を送り、打ち止めとした。
そして大使は「アメリカ人の歴史を見ると、外国に対して相当不正と行為を犯した例はある。しかし、その不正は、外国からの抗議とか請求とかによらず、アメリカ人自身の発意でそれを矯正している。これはアメリカの歴史が証明している。われわれは黙ってその時期の来るのを待つべきである」と語った。高坂は、このプライスの言葉を受け、「実際にはアメリカは自ら反省するのが本筋なのだが、そればかりに頼るわけにもいかない。……とくにアメリカは-現在の日本にも似て、いやそれ以上に-変わったところがあって、ヨーロッパの人々は長い時間をかけて、そのことを経験し、考えさせられてきた。そんな彼らのやり方、粘り、冷静さ、そしてどこでホコをおさめるのかを学び、考えること」が我々には必要と結んでいる。
もうひとつ、トランプを生み出したアメリカの選挙、その報道をみると、共和党・民主党を問わず、推薦人による熱いキーノート・スピーチに支持者たちは歓喜し、立候補者はこれにこたえる形で熱弁をふるい、集まった多くの者はさらに狂喜し、集団的熱狂ともいえる姿が映じられる。わたしは、このような姿に自由で明るいフロンティア精神の国とイメージとの違和感を持ち続けていた。分断アメリカの熱狂、熱病とも思われる独善の根底について、キリスト教研究者 森本あんり(2) 氏は「若い移民の国、アメリカの生い立ち、厳格なピューリタンたちが「旧いイングランド」を脱し、神との新しい契約のもとで「新しいイングランド」を創設すべく、これから偉大な実験の旅に出ようとした国である」との底流を示したうえで、これらの行動は「信仰復興(リバイバル)であり……それは、ピューリタン社会の知的土壌の上に開花し、以後繰り返しアメリカ史にあらわれる、いわば周期的な熱病のようなものである」との見方を示す。
「自分たちが理想としているものは正しい」
さらに、欧州政治研究者である君塚直隆(3)氏からは「東部13州から始まったアメリカが、先住民を周辺へと追いやりながら西漸活動を続け、ついには太平洋へと到達し・・・・・(この)ピューリタン的な価値観が及ぶ範囲を拡大させていくという活動」をとおして「自分たちが理想としているものは正しい」という社会的土壌があることを指摘している。
このような独自の土壌をもったアメリカには、歴史的に見ても世界情勢に対する姿勢への振れ幅の大きさの指摘(4)がなされている。第5代大統領モンローが掲げた孤立主義、第一次大戦前後のアンチグローバル姿勢、国際連盟への加入不批准、一転、第2次大戦後、1950年代の国を挙げての集団パニックとも思える赤狩り、そして、民主主義の守護・世界の警察官を自認して、対ソ連の共同防衛網たるNATOを組成、朝鮮戦争・ベトナム戦争を主導し、民主主義の守護・世界の警察官を自認してきたかと思えば、アメリカ自国の利益しか考えないようにしか見えないトランプを出現させたのではないか、とも感じる。
それはまさしく「(アメリカが)自分たちの理想を実現するために極端な行動をとる傾向……孤立主義と介入主義の両端に触れがちなのも、理想の実現をめぐっていつも両端に振れ動いている」、“いらいらした愛国心”を源流に持つ民衆の国であるとの視座を持ってすれば、“アメリカ・ファースト”、そして、己の価値観を押し付としか見えない“予測不能のトランプ”への多くの民衆の熱狂に、多少なりとも合点がつくのかもしれない。
(1) 高坂正堯『世界史の中から考える』新潮選書(1996)83-85頁参照
(2) 森本あんり『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』新
潮選書(2015)21頁、56頁 参照
(3 ) 岡本隆司・君塚直隆『帝国で読み解く近現代史』中公新書ラクレ
(2024)205頁 参照
(4) 岡本ほか(2024)・前掲注3)207頁