これまでの研究会

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2022/09/25

第40回研究会

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第40回研究会
日本経済 成長志向の誤謬                               日本証券アナリスト協会専務理事 神津多可思氏

 経済の力が落ち、国民の生活がジリジリ下がった「失われた30年」をめぐる議論は今なお続いている。経済分析研究会では、今春「日本経済 成長志向の誤謬」(日本経済新聞出版社)を上梓された神津多可思氏を招いて同じタイトルで報告をしていただいた。長年日銀で金融政策に関わってきた神津氏は、グローバル化、インターネットなどサービス経済化、中国など新興国の台頭など国内外の大きな変化の中で供給側も政策も対応が遅れただけでなく、時にはできないまま終わったと分析した。

賃金下がりサービス価格が低下

 神津氏が最初に取り上げたテーマはデフレ。大規模な金融緩和を10年近く続けても経済成長につながっていないからだ。物価上昇率の低下はサービス価格の低下のためで、非正規雇用の増加などで賃金水準が下がったことが、サービス価格を押し下げた。

 物価の上昇や下降の一つの要因は、日銀によるマネーの供給にある(金融要因)。もうひとつは実体経済の良し悪しで(実体要因)、この40年間を見ると金融要因は緩くしか関連性がないが、実体要因は比較的正の相関関係が見られた。つまりデフレだから景気が悪いという面もあるが、景気が悪いからデフレという面もある。

 ところが、「金融要因」だけをみて、13年から異次元緩和が行われた。多少インフレ方向に動いたが成長率を押し上げることにはつながらなかった。

 では何が問題だったのか。2000年代に入って日本経済に起こっていたことは需要構造の大きな変化だ。2%の経済成長率が達成できなかったのは、日本経済が構造的変化に十分対応できなかったためで、大きな需要構造の変化は四つある。
 
 一つは、人口の減少、高齢化。人口が減少に向かっているのに人口増で支えられていた高度成長時代と同じような政策を繰り返していた。
 
 二つ目は、デジタル化、SDGs(持続可能な開発目標)の流れ。

 三つ目は、国を先頭に新興国が台頭、世界の成長センターが新興国に移ったことである(図参照)。ところが日本は先進国向けで伸ばしてきた輸出のビジネスモデルを変えることができず、価格競争力を強めるために低賃金の中国やASEAN諸国に生産拠点を移すことで対応した。

 四つ目は、世界経済のデジタル化と結びついたサービス経済化の流れに乗れなかったこと。特にインターネットとサービスを組み合わせた分野での遅れは顕著だ。

「切り捨て型の経済」でいいのか

 いずれの需要の構造的な変化が早いことが特徴で、個別企業にとってビジネスを入れ替えようとすると倒産や解雇といった厳しい対応が必要となる。アメリカが典型的で高い成長率を実現したが、勝ち組と負け組がはっきりし分断国家となってしまった。しかし、日本はビジネスを入れ替えに時間がかかった。アメリカのように切り捨て型が良かったのか?そうは言えないと神津氏は言う。
 
 以上を総括すると、日本の企業は野球の1回の表裏(戦前)は勝ったり負けたりで最後は戦争となり完敗。2回の表裏は戦後の高度成長時代で、良いものを安く作って世界中に売るというビジネスモデルで勝った。ところがインターネットなどの技術が需要の中心になって3回の表裏は完敗した。次の4回の表裏は、AIとロボットの時代となる。日本にもチャンスはあるのではないか。

 最後に財政の悪化については放置すれば臨界点に達することのリスクを認識すべきだが、時間をかけて改善していく以外ない。また金融政策もどこかで正常化する必要があると述べた。

 質疑では物価高と円安で日銀はどう動くべきかと問われ、交易条件が悪化しているので金融緩和姿勢を変えることはできない。修正に動く場合でも「日銀は金融引き締めに動いた」と思われないようにすることが重要だ。また、ヘッジファンドに国債を売り込まれ日銀は債務超過に陥るのではないかという懸念については、一時的に債務超過があっても、日銀に対する信用が失われたり破綻することはあり得ないと述べた。(事務局 蜂谷 隆)



10:10
2022/07/27

第39回研究会

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第39回研究会
資本主義の役割は終わった

                     法政大学教授 水野和夫氏

 
 岸田首相が「新しい資本主義」を唱えたこともあって資本主義の行方に対する関心が高まっている。経済分析研究会では、資本主義に対する根源的な問いかけを続けている法政大教授の水野和夫氏に「『新しい資本主義』から考える資本主義の未来」と題して報告をしていただいた。水野氏の報告は3回目だが、持論の軸は変わりないが、さらに厚みを増した内容だった。資本主義が機能不全に陥っているが、こういう時代には過剰な資本を有効に使う以外ないと述べた。

ゼロ金利の意味するもの

「歴史の危機」というのはこれまでの社会秩序が維持できなくなっていることで、かつ次のシステムがまだ現れていない状況を指す。まさに今が「歴史の危機」にある。「歴史の危機」を知るための手がかりは、ゼロ金利の長期化にある。過去を紐解くとゼロ金利は歴史の危機に現れるからだ。

 歴史的には金利が1%を下回るとほとんど投資先はなくなる。ゼロ金利は投資先がないことを意味する。つまり現在も10年後も同じだということで、現在が最も豊かだということを意味する。ということは10年先に豊かになるために貯蓄する必要がなくなるので、投資をこれ以上する必要がなくなるからだ。既存の資本で十分ということになるので資本の自己増殖をめざす資本主義も必要なくなる。資本主義の役割は終えつつあることを意味する。

 しかし、現実はそうなっていない。1990年代ころから資本の自由化、金融ビッグバン、労働の規制緩和などが行われ、企業利潤率のもととなるROE(自己資本利益率)を上昇させてきた。預金金利は1%なのにROEは6-7%になっている。その結果、企業に460兆円の内部留保が積み上がった。

 しかも、新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックになったにもかかわらず、総資産が10億ドル(約1200億円)以上の世界の超富裕層がパンデミックの間に増加させた資産は、コロナ前の14年間で増加させた額より多い。他方で絶望死が増えている。

内部留保を吐き出させる

 なぜこのようなことが起こっているのか。水野氏は資本のふたつの定義の比較で説明できるという。ひとつはマルクスの言う「唯物論者の資本」で、G-W-G’。元手が商品になってその後、元手以上の現金になって返ってくる。これを繰り返す。つまり生産を通じて利息がつく。この資本は「常態における資本」と言うことになる。生活水準の向上に役立ってきた。

 もうひとつの「資金主義者の資本」でG-G’となる。「資金主義者の資本」は国民の救済の役割を持つが、パンデミックになっても救済に当たらなかった。逆に便乗して富を増やした。

 「唯物論者の資本」は固定
資本は、「資金主義者の資本」は内部留保金と見なすことができる()。1960年以降の推移をグラフにすると、固定資本は1990年代半ばからほぼ横ばいになっていることが分かる。

 企業の内部留保のうち低い金利でガマンを強いた預金者と低賃金に留めた従業員に返金すべきだ。それができないのであれば企業が内部留保で国債を購入すればいい。また、個人金融資産は2023兆円ある。このうち30兆円が相続対象資産で毎年増えていく。最高税率が適用されれば15兆円近い税収増となる。

 相続税の強化だけでなく、企業の当期純利益の過剰な分にサーチャージを課せば毎年16兆-24兆円確保できる。これらを財源にして試算してみると毎年28.2兆円から36.3兆円を捻出できるので思い切った分配政策が可能となる。

ポスト資本主義は定常社会
 
 資本主義の「中心概念」は資本(コイン)だったが、ポスト資本主義は舞台芸術になるのではないか。生活に余裕ができるので人間性向上が時代の中心になるということのようだ。経済構造は「投資中心、経済成長、プラス金利」から「個人消費支出、定常状態、ゼロ金利」に変わり行動原理も「より速くより遠く、より合理的に」から「よりゆっくり、より近く、より寛容に」と変わると提起した。

 質疑では、ポスト資本主義の経済システムや「地域帝国」の概念のほか円安をどう見るかなど多数の質問があり、議論を深めることができた。(事務局 蜂谷 隆)


10:01
2022/03/24

第38回研究会

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第38回研究会
コロナ禍で雇用のしわ寄せは非正規労働者に

       独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 
高橋康二氏

 第38回経済分析研究会は、2021年11月6日「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」と題して独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILT)主任研究員の高橋康二氏が報告を行った。新型コロナウイルス感染拡大で旅行・飲食業を中心に雇用は悪化したが、特に非正規労働者は厳しい状況が続いた。コロナショックの特徴は雇用減ではなく労働時間減が生活悪化に結びついたこと。休業手当を雇用調整助成金で補填する政策が失業者の増大を防いだ。しかし、非正規労働者には不十分だった。また、これまでのキャリアが生かせず、収入減になる転職が多く課題は多いと分析した。

雇用調整助成金が失業・無業化を防いだ

 高橋氏はJILTの各種調査を継続的に行っている。コロナショックにおける雇用の状況を詳細に報告した。

 コロナショックで就業者数を100万人減らしたが、減ったのは大半が非正規労働者、正規労働者は逆に増加している。非正規労働者の中で特に多いのが、女性が主力のパートやアルバイト。このため女性の就業者数が大きく減った。また、飲食と移動に制限がかかったことで、宿泊業・飲食サービス業が大きな打撃を受け就業者数を減らしている()。

 コロナショックの最大の特徴は労働時間を減らしたこと。企業が休業手当を出し国が雇用調整助成金で補填した。この政策はコロナの長期化で解雇だけでなく自発的な失業・無業化も防ぐ効果があった。リーマン・ショックの時のような失業者の大幅増加を防いだ。

非正規労働者は労働時間減少→収入減少→家計が赤字化
 
  しかし、いくつかの問題も生じた。ひとつは雇用調整助成金で補填されるにも関わらず、非正規労働者には休業手当が十分適用されなかったこと。このため減収となり家計を赤字化させている。労働時間減少→収入減少→家計が赤字化という連鎖を強めた。
 
 もうひとつは休業手当に頼った半面、転職の問題がおろそかになった。コロナショックは宿泊業・飲食サービス業など特定の業界を直撃したため、業種を超えて転職すると経験やスキルを十分に活かせず月収が低下するからだ。

 他方で打撃を受けた宿泊業・飲食サービス業などでは、雇用を継続した人たちも厳しさがあった。緊急事態宣言の繰り返しで先の見えない状況が続いたため、仕事満足度を低下させた。飲食・宿泊業の人の仕事満足度は38.7%も下がっている。お客さんの来ないホテルで掃除するだけの日が続けば、モチベーションは低下するのは当然だろう。また、女性は仕事満足度だけでなくメンタルな面でも指標は明らかに低下している。自殺者増と結びついていると指摘した。

 高橋氏は「休業手当による賃金補填だけでは限界がある。活躍できるような転職の仕組みがつくるべき」と述べている。

再就職支援が課題

 高橋氏は、コロナ禍で増えたテレワークにも触れたが、総じて緊急事態対応として導入された側面が強く、仕事の充実感、生産性、効率性は低い。総じて、現在の職場では、テレワークはうまくいっていないと評価した。

 日本的雇用慣行に由来する正規/非正規の差別があったが、それ以外に「人手不足のため正規労働者を手放したくないので、非正規労働者を解雇・雇い止めする」という別の論理も働いたのではと指摘した。また、急増しているフリーランスについては、非正規労働者よりも苦境に立たされていたと指摘。フリーランス対策は大きな課題となると述べた。

 総じて雇用維持のスキームだけでは限界。労働移動も支援の必要性がある。その際には、転職・再就職に伴う収入の低下を抑えることが重要。マッチングの向上とか産業間移動、職業間移動に際して職業訓練を施すことの重要性の述べ講演を締めくくった。
 
 高橋氏の提起を受けて出席者との質疑を行った。フリーランス、女性に対する影響、産業再編成の可能性などで質疑があった。高橋氏の報告は、詳細な調査をもとにしたもので説得力がありコロナ禍の雇用の問題点を浮き彫りにしたと思う。(事務局蜂谷 隆)



11:30
2022/03/24

第37回研究会

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第37回研究会

バイデン新政権、「大きな政府」掲げ好スタート
                    専修大学名誉教授 鈴木 直次氏

 第37回経済分析研究会は、2021年7月3日「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」と題して専修大学名誉教授の鈴木直次氏が報告を行った。バイデン政権は、分配重視の「大きな政府」を掲げ、財源は企業と富裕層からの増税というリベラル派の政策を前面に出し、好スタートを切った。コロナ禍だけでなくトランプ政権の反動もあり分配重視を求める声が根強いことが背景にある。他方でトランプ政権と異なり、人権など「理念」優先としているので、米中対立は深まるとした。ただ外交、通商政策は明確化されておらず手探り状況にあると述べた。

「最初の100日」は高い評価

 バイデン政権の「最初の100日」について内外のマスコミ等の評価は概して高い。その根拠は①大胆な政策を迅速に出した、②景気は上向きでコロナ対策も成果、③構造問題に切り込んでいる、④昔のアメリカが戻ってきたという安心感、⑤多彩な人達による閣僚人事が政権運営の安定感-などだ。
 
 バイデンは就任早々、大統領令を頻発させた。就任初日にパリ協定へ復帰、前政権の環境関連規制の変更をすべて見直す大統領令に署名した。
最大の課題であるコロナ対策は、公約の1億回のワクチン接種を3月中旬に達成、2億回を4月中旬に終え、感染者数と死亡者数とも抑え込んだ。ただ、どちらも1月前半がピークで、下降局面で大統領に就任したのでラッキーだった面もある。

「統合の危機」に切り込む政策

 米国は所得格差が広がり、様々な対立軸によって社会が引き裂かれ「統合の危機」を迎えている。新政権は、これまでのトリクルダウン政策からボトムアップへの転換で福祉政策重視と「大きな政府」への転換を打ち出した。特に低中低所得者、非正規労働者、マイノリティ、女性に焦点を当てている。景気対策だけでなく貧困政策の意味合いを持っている。「統合の危機」に切り込む政策と言える。

 具体的には「米国救済計画」、「米国雇用計画」、「米国家族計画」を打ち出した。このうちコロナ対策である1.9兆ドルの「米国救済計画」はすでに成立させている。

 「米国雇用計画」は、8年間で総額2.7兆ドルの巨大な投資を行い、構造的な弱点と不平等を抱える古い経済を修復し作り直すと位置づけている。全米のインフラの改修を行い雇用創出する。1950年代の州際ハイウェイの建設、60年代の宇宙開発に匹敵と言われている。

 「米国家族計画」は、教育機会の拡大(教育費負担軽減)、育児・介護や医療への支援、実質上の子ども手当の支給などを通じて、格差の是正を目指すとしている。

 財源は「米国雇用計画」は企業増税で、連邦法人税率を引上げるほか、化石燃料への優遇税制の廃止、租税回避規制の厳格化・法人税徴収体制を強化する。「米国家族計画」の財源としては富裕層に増税する。連邦個人所得税の最高税率と富裕層のキャピタルゲイン課税も引き上げる。

 外交政策の基本は、米主導の国際秩序の復活を目指すことだ。対中強硬姿勢は維持、中国を「国際秩序に挑戦する唯一の競争相手」、米中対立を「民主主義対専制主義の闘い」と規定している。理念主義の傾向が非常に強く問題が深刻になる可能性がある。

 通商政策も製造業の保護と雇用創出を前面に出しており、保護主義と産業政策を一体化した面もある。TPP再加盟はないだろう。

共和党支持者も経済政策は支持

 中道のバイデンはリベラルに変わった。これは国民が共和党支持者を含め「左」に移ってきているからではないか。共和党支持者も経済政策は3-6割が支持している。つまり、国民の多くが「大きな政府」を支持するようになったのでバイデンの政策も変わったということだ。民主党と共和党は、イデオロギーでは対立するが経済問題では接近している。

  以上の鈴木氏の定期を受けて出席者との質疑を行った。TPP再加盟問題、「大きな政府」、政府の債務負担など巡って質疑があった。鈴木氏の報告は、バイデン政権の政策を整理して分かりやすく課題や問題点が浮き彫りになった。(事務局蜂谷 隆)


11:24
2022/03/24

第36回研究会

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第36回研究会
コロナ後、日本企業に勝機はあるか?
脱系列化した電子部品産業に強み
           グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏

 第36回研究会は、2020年11月28日(土)に「コロナ後、日本企業に勝機はあるか?」と題してにグローバル総研所長の小林良暢氏が報告を行った。小林氏は、世界をリードする京セラや村田製作所、日本電産など電子部品産業の強みを生かすことがポイントで、これらの企業は脱系列をはかり、世界のトップとなっていることから脱系列に勝機があると分析した。また急速に進むDX化で働き方も変わり、フリーランスなどが増えるので「労働者」として認め、賃金、権利を守る政策が問われると述べた。

 今回は、初めての試みとしてzoomによるオンライン参加形式で行った。

DX化は急速に進んでいる

 小林氏は、DXが現場を急速に変え始めていると述べた。DXは、IoT、AI、5Gを統合してビジネスに生かすもの。例えばコマツは建機にセンサーなどを付け、ドローン、3Dと結びつけて現場の建機の動きの全データを集め解析している。ヤマハもインドネシアで発売したバイクに端末を付け、給油、オイル状況などの情報を集め、新たなビジネスチャンスに繋げようとしている。

 この動きは株式市場にも反映されており、メルカリ(フリマ)、フリー(事務管理ソフト)、ラクス(ITサービス)など東証マザーズに元気な会社が多い。東証一部やジャスダックの大企業より時価総額が高いという。

 ただ、この面では世界の中で日本企業は立ち後れている。5Gの通信基地のトップはファーウェー、2位エリクソン3位ノキア。日本企業はベスト5に登場しない。クラウドサービスはAmazonの一人勝ちだ。自動車のEVもトップは米のテスラでシェアは18%。独のBMW、フォルクスワーゲンが続いている。日産11位、トヨタ15位だ。
しかし、その自動車はEVの動力である車載電池(リチウムイン電池)をどの企業が覇権を握るかによって自動車産業の命運が決まるため、日本企業にもチャンスはある。現在、韓国のLGと中国のCATL、パナソニック・トヨタ連合が争っている。

 日本企業で最も強いのは電子部品メーカー。村田製作所、京セラ、TDK、日本電産は、いずれも世界のトップだ。信越化学の絶縁材「石英クロス」は半導体で使われている。これらの企業は系列ではない。脱系列だから世界に売れる。ここに勝機があるというのが小林氏の着眼点だ。

正社員もフリーランス化する
 
 世界はDX化が急速に進むので、その先にある雇用問題を考えないといけない。小林氏は労働分野の専門家なので、この点は見過ごせないようだ。フリーランスはすでにIT、コンサル、マスコミなど1119万人いるがさらに増える。また、一日しか仕事をしないギグワーカーも増えている。クラウドワーカーやギグワーカーに人材をマッチングする会社も出てきている。

 ところが1000万人もいるフリーランスやギグワーカーは、契約書もなければ、最低報酬の保障もなく紛争処理の制度もない。こうした人々をどのように保護の網を被せるが問題となる。

 他方で正社員は、コロナ禍でテレワークが増えた。これによって意識の変化が起きている。テレワークでは業務ミッションが与えられ、自分で計画を立て時間管理をする。レストタイムが生ずればフリー時間が増え、趣味、スキル、副業が可能になる。働き方のニューウェーブが起こっており、いずれ時間フリー、雇用フリー、会社フリーになるのではないか。

「立法事実」の積み上げでフリーランスも労働者と認めさせる
 
 正社員もフリーランス化するという見通しだが問題は多い。フリーランスは業務委託契約なので労働者として認められていない。現行法制の労働者の要件は「使用従属性」だ。使用従属性には①指揮監督、②時間の拘束、③場所の拘束、④労務対価の4つがあり、ひとつでも欠けたら労働者ではない。労基法適用外となる。しかし、日本の法律は会社主義で、雇用労働者が前提となっている、フリーワーカーは存在すら想定していないので欠陥法と言える。これを突破することがカギとなる。

 フリーランスも労働法の対象にすべきということが小林氏の結論で、労働現場や取引関係の現場の実態を調査して証明する。つまり「立法事実」の積み上げで証明すればよいと言う。

 リモート参加者からの質疑の中では、「世界の流れはソフトに向かっている中で「ものづくり」で勝てるのか」という点が焦点になった。小林氏は「部品産業などは強い。しばらくは手持ちの駒で勝負する以外ないのでは」と答えた。(事務局 蜂谷 隆) 


11:12
2020/12/02

第35回研究会

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現場から見たバブルの形成から崩壊を克明に報告
                   金融取引法研究者 笠原一郎氏

 第35回経済分析研究会は、「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」と題して金融取引法研究者笠原一郎氏が報告を行った。笠原氏は1981年から2014年まで日本証券金融に在籍、バブル化から崩壊、金融危機そしてリーマン・ショックという激動の30年余を金融業界に身を置いてきた。今回の研究会報告は、この経験から自分史と絡み合わせて金融の歴史を紐解いた。

 今回は、会場での参加に加え初めての試みとしてzoomによるオンライン参加を行った。

80年代の株取引事件に裏社会が関与

 笠原氏が在籍した日本証券金融は、信用取引における融資・貸株といったバックファイナンス機能を持つ証券金融会社で、空売りができるので相場師、仕手筋がこれを使うケースが多い。このため株取引の裏側を知る立場にあるという。

 80年代はJapan as No.1と言われた時代で、金利は下がり余剰資金が大量に株式市場に流入、多くの人が株は下がらないと信じていた。株式市場は相場師と仕手戦の時代だった。情報をいち早くキャッチ、買い集め売り抜くというものだ。当時はインサイダー取引規制もない時代で、要件整備と罰則化されたのはタテホ化学事件(1987)以降だ。
 
 笠原氏は、報告の中でいくつかの事件を取り上げた。相場師小谷光浩による 蛇の目ミシン株買い占め事件、雅叙園観光事件、平和相互銀行事件などは暴力団が関与、相場師と大手銀行も絡んで最後は逮捕・起訴となるが、自殺、射殺などという展開も少なくなかった。裏社会が株式市場に次々入ってきたのである。まさに「(証券会社は)船底一枚下は地獄」という状況だったのである。

 バブル経済が崩壊し、銀行には不良債権が膨張、金融危機となった。当時、強い国際競争力を保持していた日本の銀行の力を弱めるためBIS規制(自己資本比率規制の強化)が行われ、不良債権を増やす要因となった。そこで政府は金融システム改革を打ち出したが、住専の不良債権処理を公的資金注入で解決しようとして世論の反発にあい迷走した。

 97年秋の三洋証券による会社更生法適用申請の2日前に笠原氏に電話が入り、処理に奔走したという。インターバンク市場では、一行が破綻すると猜疑心が強まり資金調達できなくなり、拓銀が破綻した。次に損失隠しが表面化した山一証券が自主廃業、さらに長銀、日債銀の経営が傾き98年10月に金融安定化法案成立となった。

 小泉政権で竹中金融担当相が打ち出した厳格化を求める金融再生プログラムによって、不良債権はさらに増加した。政治家が口を出し始めたのもこの時期だ。笠原氏は当時モフ担(財務省担当)で、財務省に「塩爺(塩川財務相)ファイル」があるのを見たという。また、金融庁は株価下落は空売りが原因とみなし、日本証券金融に空売り規制せよと言い出した。笠原氏は金融庁に「ルール上、空売り規制はできない」と反論したが、その後、空売り規制違反で外資系証券会社に対する処分を連発した。

 2003年にりそな銀行に公的資金を注入し、ようやく日本経済は上向くが、この時、登場したのがホリエモンと村上ファンド。堀江氏のやり方は「ITの仮面をつけたギャンブル会社」、村上ファンドも脅しの手法でそれまでの買い占めファンドと同じで「バブルのあだ花」と断じている。
 
資産は見えない価値にある 

 時間の関係でリーマン・ショックについてほとんど触れられなかったのは残念だったが、詳細な内容はバブル時代から崩壊をたどる日本金融のプロセスを改めて捉え返す上で資料としても価値があるのではないか。

 最後に笠原氏は、日本経済再生には潜在する資産を生かすことが必要と述べた。経済の流れは、AI、知財、暗号資産など見えない資産にシフトしている。英国の「金融立国」復活モデルには、大英帝国時代のCITY・租税回避地という裏の仕組みの遺産があった。このイギリスの例から示唆されるのは、潜在資産をどう生かすかにあるという提起もおもしろいと思った。(事務局 蜂谷 隆)


16:39
2020/04/27

第34回研究会報告

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行き詰まりを見せる韓国の「輸出主導型成長モデル」
福島大学経済経営学類教授 佐野 孝治氏

 2月15日に開かれた研究会は、福島大学経済経営学類教授の佐野孝治氏に「厳しさ増す韓国経済」と題して話していただいた。佐野氏は、文在寅政権は「所得主導政策」で内需主導型への転換をはかろうとしているが、1997年以降続けてきた「輸出主導型成長モデル」から脱却できず、むしろ行き詰まりをみせているとした。

中国依存がマイナスに作用

 1997年のアジア通貨危機を経て韓国経済がとってきた「輸出主導型成長モデル」は、97年以前の「国民経済指向型成長モデル」から転換させたものだが、グローバル経済化の進展と中国の台頭という韓国経済を取り巻く環境の変化に対応したモデルと言えた。

 その結果、当然のことだが輸出依存度は高まった。1990年代半ばにGDP比で25%台だったのが2017年は37.5%となったが、経済成長に大いに寄与した。輸出の成長寄与度が最も高かった2011年では実質成長率3.6%に対し5.3%の寄与度となった。

 まさに輸出主導型で経済成長を成し遂げたのだが、資材も部品も技術もグローバルに調達するため世界経済が停滞すれば輸出は減少する。金融情勢にも左右される。それ以上に問題なのは、中国への依存度を増したことだ。半導体産業を中心として、中国を軸とするグローバル・サプライ・チェーンに組み込まれたのである。

 中国経済が順調な時はいいが、米中貿易摩擦で中国経済の成長が鈍化すると大きな影響を受けてしまう。一時的に対米輸出が増え「漁夫の利」を得たものの、中長期的にはダメージは少なくない。また、徴用工問題から悪化した日韓関係によって、日本が行った「ホワイト国外し」なども日本が独占的に生産し、供給する半導体生産に不可欠な素材に打撃を与えるわけで、韓国経済の脆さを衝かれる形となった。
さらに「輸出主導型成長モデル」は、内需を長期的に停滞させ経済成長率の鈍化を招いた。もともと財閥系企業の独占体制による歪みという問題も抱えているのだが、低賃金周辺労働者や外国人労働者の増加だけでなく中間層の没落による韓国社会の二極化と階層の固定化を招いたのである。

持続可能でない文在寅政権の「所得主導成長」政策

 そこで文政権は、「所得主導成長」を掲げ、最低賃金の大幅引き上げや働き方改革で雇用の創出を図り、家計への所得分配を拡大させ、国内需要を拡大して好循環を生み出す成長モデルへの転換をはかろうとした。

 具体的には最低賃金を201
8年に16.4 %、19年に10.9%増と一気に引き上げたほか、公共部門の雇用拡大、基礎年金、失業手当の増額、児童手当の創設などを行った。このため再分配後所得のジニ係数は改善された。格差是正の効果はあったと言える。しかし、急激な人件費の高騰で自営業者が廃業などに追い込まれたため、20年は2.9%引き上げ率を下げざるを得なかった。財政も支出拡大で悪化した。佐野氏は、政策の方向性は悪くなかったが、持続可能な政策と言えないと疑問を呈した。

韓国経済「崖っぷち論」は当たっていない

 このように、韓国経済は「輸出主導型成長モデル」 から容易に抜け出す道がないのが現状だが、佐野氏は、韓国経済はこれまでも外的ショックに対して経済・経営システムも進化させてきた。グローバリゼーションに対する強靭性も持っているので「崖っぷち論」も「セルコリア(韓国売り)」等の危機論はあてはまらないと見ている。

 出席者との討論の中で焦点となったのは、環境整備をせずに最賃を急激に上げたことだが、佐野氏は「文政権は最賃をあげれば経済はうまく行くと信じていたのではないか」との見方を示した。



11:26
2020/04/27

第33回研究会報告

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EUは微速前進、ポピュリズムは退潮傾向か
                     東北大学名誉教授 田中 素香氏

 10月19日に開かれた第33回研究会は、東北大学名誉教授の田中素香氏に「EU政治の混乱、経済から考える」と題して話していただいた。田中氏はポピュリズムをキーワードにしてブレグジット、東西ドイツの格差問題、東欧諸国の政治動向などを詳細に報告した。EU統合の崩壊はあり得ず微速ながら前進しているとの見方を示した。

ポピュリズムの高揚の背景は第2次グローバル化

 2010年代は1930年代と並ぶポピュリズムの時代と言われている。その支持者は低学歴・低所得・ブルーカラー(非正規労働者)とされる。背景には格差の拡大や第2次グローバル化がある。サッチャー、レーガン政権以降の最高所得税率などの極端な引き下げで富裕層は莫大な富を得た。また、先進国の製造業は生産拠点を低賃金国に移す第2次グローバル化が進んだ。非正規雇用が増加、労組の弱体化で左派は中道左派、右派は中道右派になった。左右両翼が空きそこにポピュリズムが入ってきた。
 ユーロ危機でギリシャなど南欧諸国が不況になり、ECBによるマイナス金利や金融緩和策で、ようやくリーマン危機前の成長率に戻ったのが15年、そこにシリアからの大量難民が流入してきた。
 国民投票で国論は二分されたイギリスのEU離脱問題は、地域と世代ではっきり分かれている。焦点の北アイルランドはプロテスタント地域とカトリック地域で二分している。仕事や就職などでEU諸国と行き来している地域・階層は残留を支持している。離脱が多数になったのは、格差を拡大した金融中心の経済モデルの失敗を意味している。大ブリテン島と北アイルランドで一国二制度を作るしかないだろう。

 ドイツのポピュリスト政党AfDは東独を基盤としている。ナチス賛美の背景には、ナチスは西独資本主義の所産で反省の必要はないとするかつての東独の歴史認識がある。しかも、東側は統一でインフラは整備されたが、東側に本社を移した西独の大企業はゼロ。国有企業は民営化し倒産、失業者も増えたが、大企業は賃金がさらに低いチェコ、ポーランドに製造拠点を移した。今後、人口も労働人口も東側は極端に減少すると予測される。東西格差はさらに広がるだろう。統一を急ぐべきでなかった。

 東欧のポピュリズムは、ポーランドとハンガリーは、反EUで独裁、言論の自由はない。
EU加入で両国とも企業を受け入れて成長、加入効果はあったのだが、ハンガリーは親中親露、ポーランドは反独親米だ。
 EU28カ国の中国からの輸入は急増、輸出以上に増えたため対中国では赤字だ(図参照)。経済大国になった中国は外交姿勢を「強国外交」に変えた。対EU政策の柱は一帯一路で、東欧16カ国と毎年首脳会議を開催、他方でギリシャ危機時の援助などで影響を強めている。アテネに近いピレウス港の支配権を得て整備、同港を起点に物流網が作られつつある。また、中国企業の直接投資はハイテクが中心、100%出資や合弁が多くドイツは警戒感を強めている。

独の緑の党とSPDが組めば変わる

 19年の欧州議会選挙、イタリアの政権組み替えなどを見ると、ポピュリズムの時代は終わったとは言えないが、退潮傾向にあると言える。微速前進のEU統合の今後は持続可能な成長、格差・差別・貧困対策、気候変動やデジタル革命への対応などが課題となる。ドイツでは若者の支持で緑の党が伸びた。緑の党が総合的な政策能力を持ちSPDと組めばかなり変わるだろう。

 参加者からの質疑では、ブレグジットでの労働党の動き、独仏の態度のほか、ドイツの社民、緑の党の動き、中国の一帯一路の評価などで活発な論議などが交わされた。(事務局 蜂谷 隆)


11:13
2019/10/21

第32回研究会報告

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主要国中銀の非伝統的金融緩和
再び緩和政策に向かう各国中銀の中で行き詰まる日銀

専修大学経済学部教授 田中 隆之氏

 7月13日に開かれた第32回研究会は、専修大学経済学部教授田中隆之氏に「金融政策はどこへ行くのか-主要国中銀の『出口』と日銀」と題して話していただいた。田中氏は各国中銀の非伝統的金融緩和を詳細に分析、各国中銀が出口を考えながら緩和政策を行ってきた中で、出口戦略のない日銀による緩和の問題点を指摘した。特に政府の負債が多額な現状では緩和のし過ぎは危険と警鐘を鳴らした。

「インフレ予想形成」は疑問

 田中氏は、非伝統的金融緩和を大量資金供給、大量資産購入、フォワードガイダンス、相対型貸出支援、マイナス金利政策の5つに整理、それぞれの問題点を指摘した。
 
 「大量資金供給」は、銀行が中銀に預ける準備預金を増やすことでコールレートを下げ、企業への貸し出しを増やす狙いがあるが、貸し出し増は準備預金残高ではなく自己資本に規定される。準備預金を増やしただけでは長期金利は下がらず信用創造は起こらないと述べた。

 「大量資産購入」は長期国債大量購入と別に民間資産の買い入れがある。その代表格は日銀によるETF(上場投資信託)とJ-REIT(不動産投資信託)購入。資産価格の引き上げによる景気刺激に狙いがある。

 「フォワードガイダンス」は、中銀が将来の短期金利を低く抑えること約束をするもので、長期金利も下がる。日銀による2001年からの量的緩和政策に含まれていた。効果は実証されている。「インフレ予想形成」は、目標の物価上昇率を超えれば引き締めに転ずると人々が思えば効果はない。また、高いインフレ率を唱えないと効果が出ないなど疑問が多いとした。
 マイナス金利政策は、マイナス0 .1%にして長期金利を下げたが、イールドカーブがフラット化したことで銀行は利ざやが取れず経営が厳しくなり、うまくいっていない。

 各国中銀を見るとFRB(米連邦準備制度理事会)は量的緩和を3回実施後、物価上昇率2%達成前に利上げを開始、テーパリング、再投資縮小も始めた。BOE(イングランド銀行)は2回実施したが、資産購入はやめてフォワードガイダンスに変更。ECB(欧州中央銀行)はマイナス金利を4%まで下げた後、国債を購入したが、その後やめた(図表参照)。
 

財政破綻スパイラルを起こさずに資産購入から撤退が課題

 各国中銀が早めに出口に向かったのに対し、日銀の出口はまったく見えない。「2%物価上昇」は6年経っても達成せず失敗、さらに日銀の債務超過になる可能性や財政破綻の可能性を高めただけでなく、利ざや縮小による金融機関収益の圧迫もある。こうした厳しい状況の中で「出口」戦略を考えると、財政破綻スパイラルを起こさずに資産購入からどう撤退するか課題となる。そのためには「2%物価上昇」を長期的目標にして長短金利操作を停止、量的緩和に戻して少しずつ購入量を減らし、市場に長期金利急上昇抑制を織り込ませることが必要と述べた。

 ただ世界は再び金融緩和方向へと動き始めたので日銀は厳しくなった。考えられる緩和策はマイナス金利の深掘り、10年物国債金利誘導目標引き下げのほか「2020年春ごろまで低い長短金利維持」というフォワードガイダンスの強化も考えられる。
  
 金融情勢の展望としては、金融正常化といってもゼロ金利以前に戻ることはない。各国中銀は国債を抱えながら超過準備への付利の調整になるとの見通しを示した。問題は緩和のし過ぎは財政の持続可能性の維持と対立することにあると述べた。
 
 参加者からの質疑では、MMT(現代貨幣理論)に対する評価については、理論的にはあり得るが、現実的にはムリと否定的な見方を示した。日銀の破綻はあり得るのか、日銀が準備預金に付ける付利などで活発な論議などが交わされた。



09:54
2019/06/10

第31回研究会報告

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途上国のインフラ投資支援
政府・企業レベルの日中共同参加が求められる

                  専修大学経済学部准教授 
徐 一睿氏

 2019年4月27日に開かれた第31回研究会は、専修大学経済学部准教授徐一睿氏に「インフラ投資は中国経済の切り札になるのか」と題して話していただいた。徐氏は中国のインフラ投資の中でも、一帯一路などで途上国に対する投資を中心にその役割について論じた。途上国のインフラ需要は強く、資金が足りない。日本など先進国が逃げ腰になっている中で、中国がやらざるを得なくなっている。今後は中国単独ではなく、日本などとの共同参加が必要なことを強調した。

途上国のインフラニーズは強い
 
 インフラ投資は途上国とっては極めて重要で、実際に日本が調査したデータを見ても、アジア諸国は極めて強いインフラ整備のニーズがある。しかし、資金不足はボトルネックとなって進まないというのが現状だ。中国は途上国とはいえ、すでにインフラ整備がかなり進んでいるため、中国の余剰資金を資金不足の途上国に移すことは理にかなっている。一帯一路自体の評価があることは分かるが、途上国にとってベターな方法を考えるべきだろう。

 一帯一路は国際公共財というよりも地域公共財と考えるべきだ。国際協力によって地域公共財を共同供給することが求められている。地域公共財としてのインフラの財源は、途上国では税収にしても国債の発行による調達も厳しい。しかも世銀、ADBなどからの融資も十分受けられないのが現状だ。

公私連携(PPP)に注目

 こうした状況の中で中国が頼られているのだが、徐氏が注目しているのは新たな資金調達手段としての公私連携(PPP)である。PPPは徴税やサービスの提供、資金調達などすべて政府が責任を負う方式とは異なり、プロジェクトの核となる「民間運営者特別目的事業体」を設立し、同事業体が中心となって事業を行う。政府の役割は限定的となる。

 たとえばスリランカのハンバントタ港はアジアとヨーロッパ、アフリカを結ぶ主要航路にあり、ハブ的な役割を担うことになるが、同港の開発はPPPで行われた。一部ムダはあるが積極的に評価すべきだ。

 ところが日本ではメディアなどからの批判は多い。そのひとつは「債務の罠」というものだ。スリランカ政府と中国政府は2016年に合意し99年の借地契約が結ばれ中国が実質的な運営権を握った。99年といっても最長99年で、途中でスリランカ政府が買い戻すことは可能だ。中国は4億ドルを6.3%の金利で貸しているが、スリランカの5年物の国債8.2%より低い。また、借款は中国からが圧倒的に多いのは問題という批判も、むしろ日本やインドが貸そうとしないためだ。

 スリラン政府と中国の国営企業間は「運命共同体」と見られている。損得は共になのだが、もっともリスクを負っているのは中国企業だ。リスクを負いながらやっている点も見逃すべきではない。

 ただそれでも中国に対する警戒感は途上国だけでなく、他の先進国にもある。中国方式に対する国際世論は、PPPは歓迎するが中国は怖いというものだ。そこで徐氏は中国一国に頼るのではなく、いくつかの政府が共同で参加し協力し合うと同時に監視し合う仕組みを提案している(図参照)。

 日本企業は日立、富士フイルム、パナソニック、日通などが一帯一路に積極的に関わっている。日本企業は先進国に強く途上国に弱い。中国は逆なので日中の企業協力は補完的になるので、双方にメリットが大きいはずだ。日本政府、企業の参加が期待されるとした。

 質疑では多くの質問、意見が出されたが、中国経済にとってのインフラ投資の意味について論じてほしかったという指摘もあった。(事務局 蜂谷 隆)


07:28
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次回研究会案内

第44回研究会
「21世紀のインドネシア経済-成長の軌跡と構造変化」

講師:加納啓良氏(東京大学名誉教授)

日時:5月11日(土)14時~17時

場所:専修大学神田校舎10号館11階10115教室(会場が変更となりました。お間違えないように)

資料代:500円
オンライン参加希望者は、以下の「オンライン参加申し込み方法」をお読みの上、トップページの「メルマガ登録」から参加申し込みしてください。
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これまでの研究会

第34回研究会(2020年2月15日)「厳しさ増す韓国経済のゆくえ」(福島大学経済経営学類教授 佐野孝治氏)


第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12f日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授田中隆之氏)

これまでの研究会報告