「賃金と物価の好循環」に楽観的な25年版経済財政白書
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
政府は7月29日、「内外のリスクを乗り越え、賃上げを起点とした成長型経済の実現へ」とのタイトルを付けた25年度の『経済財政白書』を公表した。白書は冒頭、日本経済の現状について、「我が国経済は、2024 年には名目GDPが初めて 600 兆円を超えるとともに、2025 年の春季労使交渉における賃上げ率は、33 年ぶりの高さとなった 2024 年を更に上回る堅調な結果となるなど、近年にはない明るい動きが続いている」とその堅調ぶりを強調、「過去四半世紀にわたる賃金も物価も動かない凍りついた状況から脱し、成長型経済への移行を確実なものとすることができるか否かの試練に直面している」と当面の課題を指摘している。
「堅調な経済」を強調
とくに成長型経済を支える推進力としての個人消費に着目、第2章で「賃金上昇の持続性と個人消費の回復に向けて」と題するテーマを取り上げ、持続的な賃金上昇が定着し、個人消費の回復がより力強いものとなるための課題について分析。「2024 年度の経済全体の平均的な名目賃金上昇率は 33 年ぶりの伸びとなり、賃上げの広がりも着実にみられつつある。これに対し、賃金が上昇したという実感を持つ人は、さほど増加しているわけではない」、「過去 30 年にはみられなかったレベルの賃上げが実現しているにもかかわらず、労働者側において、賃金が上昇している、あるいは上昇するだろうという実感は必ずしもみられない」とその乖離を問題視、「なぜ賃金上昇が実感されにくいのか」との項目を立てて、検証している。
白書では日銀の「生活意識に関するアンケート調査」などを引用、現在の収入が1年前と比べて増えたと答えた人の割合は、2019年から2025 年にかけて、13.0%から 16.3%へと小幅な増加に止まり、1年後と現在の収入を比べて「増える」と答えた人の割合も、同期間で 10.2%から 11.1%と、ごくわずかな増加に過ぎず、「期待賃金上昇率も高まっていない」と分析。「賃上げのノルム(標準的相場観)の定着という意味では、労働者・家計サイドにおいて、賃金が継続的に増加しているという実感を持ち、将来的にも賃上げが持続するという予想が広く共有されることが極めて重要である」と強調している。
さらに「賃上げを起点とした成長型経済」の課題に触れ、「2%の安定的な物価上昇と、これを安定的に上回る賃金上昇の早期の実現・定着が極めて重要であり、物価上昇を上回る賃上げを起点として、国民の所得と経済全体の生産性を向上させるべく、中小・小規模事業者の賃上げを促進するため、適切な価格転嫁や生産性向上、経営基盤を強化する事業承継・M&Aを後押しするなど、あらゆる施策を総動員する必要がある」と提言。
目を向けるべきは物価高騰という経済的事実
白書では言及が少ないが、人々の間で賃金上昇の実感が乏しいのは賃上げ水準の低さに加え、一昨年から顕著になり始めているコメをはじめとする多様な商品の値上げの連続が家計を直撃し、厳しい生活実感が日常化していることにあるのではないか。
「物価の基調や背景について、賃金の上昇、企業の価格転嫁、物価上昇の広がり、予想物価上昇率を含め様々な指標の動向を踏まえると、総じて、企業の価格・賃金設定行動には変容がみられ、人件費のウェイトが高いサービスにおける物価上昇の広がりもみられるなど、我が国経済においては、賃金と物価の好循環が回り始め、デフレ脱却に向けた歩みは着実に進んできたものと考えられる」との楽観的な見方を示しているが、一方で「家計による中期的な5年後の予想物価上昇率を『生活意識に関するアンケート調査』からみると、2010年代は、中央値2%程度で推移していたものが、今回の物価上昇局面においては、5%程度と水準がレベルシフトしている」と分析しているように、賃上げの勢いを打ち消すほどの物価高騰が続いているとの見方も挙げている。
成長型経済という目標設定に目を奪われ、物価高騰による生活環境の激変に思いが至らないとすると、現に進行している経済環境の分析・政策提言を命題とする白書の役割に背を向けることにならないか。人々の関心が高い物価高騰という経済的事実にもっと目を向ける必要がある。