「ゆとりも豊かさも」から
「ストレスの少ない居心地のよい」生活を
労働調査協議会客員調査研究員 白石利政
散歩中のラジオからアンデルセン(広島発祥のベーカリー)のCMが流れた。その最後は“こんな時間をたぶんヒュッゲと呼ぶんだろうな”だった。“ヒュッゲ”、ううん? この会社のホームページをみたらあった。「人と人とのふれあいから生まれる、温かな居心地のよい雰囲気を意味するデンマーク語(HYGGE)」と。
かつては「ゆとり」をめざして「時短」を
コロナ禍の現在、ニュースで「時短」が目につき耳にする。飲食店などへの営業「時間の短縮」要請で、この2月に成立した新型インフルエンザ等対策特別措置法で「命令」が加わった。
今から約30年前、「時短」が国の目標、国際的「約束事」となったことがある。労働「時間の短縮」である。そのきっかけは、輸出を原動力として「経済大国」となった日本の長労働時間がソーシャルダンピングとして非難されたことへの対応である。中曽根内閣のとき「新前川レポート」(1987年)で、この時の米英並みの年間労働時間、1800時間程度を目指すことが明記された。宮澤内閣の「生活大国5か年計画」(1992年)では「労働時間の短縮は、勤労者とその家庭にゆとりをもたらし、職業生活と家庭生活、地域生活との調和を図り、『生活大国』の実現を目指す上での最重要課題の一つである。また、国際的に調和のとれた競争条件の形成にも資するものである」とし、1800時間の達成が目標となった。
1992年当時の「年間総実労働時間」は「常用労働者」(期間を定めずに雇われている者+1か月以上の期間を定めて雇われている者)で1982時間。1800時間の目標は2008年に1792時間で「達成」された。しかしそこには留意すべき問題が含まれていた。目標「達成」は、「パートタイム労働者」(所定労働時間または労働日数が一般労働者よりも短い者)が14%から26%へと増大したことによってもたらされたものだったからである。人材派遣が認められたことの影響も考えられる。「一般労働者」(「常用労働者」のうちから「パートタイム労働者」を除いた労働者)は2032時間と極めて長く、「パートタイム労働者」の1111時間との差は大きい(毎月勤労統計、事業所規模5人以上)。
最近の労働時間の状況を確認しておこう。2020年の「年間総実労働時間」は「常用労働者」では1621時間、「一般労働者」では1925時間、「パートタイム労働者」では952時間である。減少の傾向がみられるものの、「一般労働者」の「働きすぎ」は変わらないし、「不合理な待遇差」を含む「パートタイム労働者」の割合はいまや3割を超えている(図表)。
「働き過ぎ」の規制と「不合理な待遇差」の解消を
その後、労働時間や処遇に関する論議は、2008年12月に制定された「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」及び「仕事と生活の調和推進のための行動指針」を踏まえた対応となり、「働き方改革~一億総活躍社会実現に向けて~」の提起へとつながる。
「働き過ぎ」を防ぐ「労働時間法制の見直し」関連法は2019年から施行され、極端な時間外労働についての上限設定(年720時間以内、複数月平均80時間以内、月100時間未満)や違反への罰則が規定(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)された。また年次有給休暇の年5日間の取得を企業に義務付けた。努力義務ながら勤務間インターバル制度も課せられた。同一企業内での正社員と非正規社員との間の「不合理な待遇差」をなくす「雇用形態に関わらない公正な待遇の確保」は2020年から改正法が施行されている。
「ヒュッゲ」をする国の生活「文化」
イギリスのジャーナリスト、ヘレン・ラッセルは幸福度世界ランキング上位のデンマークで生活した経験から世界どこでも実践できる「デンマーク的に暮らす10のコツ」として、信頼する、「ヒュッゲ」をする、体を使う、美に触れる、選択肢を減らす(デンマーク人は「ストレスのないシンプルさ」と「制限された中で享受する自由」のスペシャリスト)、誇りを持つ、家族を大切にする、すべての職業を尊敬する、選ぶ、そしてシェアする、を挙げている(『幸せってなんだっけ???? 世界一幸福な国での「ヒュッゲ」な1年』株式会社CCCメディアハウス、2017年)。
しかし、こういう見方もある。同じくイギリス人で、デンマークで生活しているジャーナリスト、マイケル・ブースは英国・エコノミスト誌の北欧特集号の記事を紹介している。「スカンジナビアに生まれたら最高だろう。もしあなたが平均的な能力の持ち主で、平均的な野心と平均的な夢を持つ人間であれば・・・。だがあなたが非凡な才能を持ち、大きな夢やビジョンを持っていて、ちょっとだけ人と違っていたら、移住しないと潰されてしまうだろう」と(『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか』(株式会社KADOKAWA 2016年)。
戦後日本は、「より多く稼いでより多く使う」生活を突っ走ってきた。「外圧」への対応から「ゆとり」を目指した生活は“ゆとりも豊かさも”の追求となり、その行き着いた先は「働き過ぎ」と「不合理な待遇差」。今また100年に一度の新型コロナによるパンデミックスの渦中。パンデミックスは「古いものを滅ぼし新しいものを生む」。既にITCを活用してのリモートワークや授業は普及し通勤や通学の風景は変わりつつある。首都圏の事務所の縮小や移転、地方への移住も耳にする。“ストレスの少ない居心地のよい”生活「文化」を考える好機につながることをも、ひそかに願っている。