日誌


2017/03/10

POLITICAL ECONOMY 第90号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
日本経済の再生に向け、新たな提案
                               横浜アクションリサーチ 金子文夫

 経済分析研究会事務局長の蜂谷隆氏が新著『「強い経済」の正体—中間層再生への道を探る』(同時代社、1500円)を刊行した。書店に行くと、日本経済、アベノミクスを論評したたくさんの本を目にするが、どうも理屈っぽかったり、やたらにデータを並べ立てたり、あるいは極端に単純化した議論をしたりといった具合で、ちょうどよい本は意外にみつからない。そういうなかで本書は、ジャーナリストとしての蜂谷氏の持ち味がよく発揮された読みやすくバランスのとれた本に仕上がっている。

 本書は、まずアベノミクスの目指す「強い経済」、経済成長指向に無理があること、低成長の現実を認めなければならないことを指摘する。そのうえで日銀の異次元金融緩和政策が現実に失敗していながらも、それを認めない日銀当局は「往生際が悪い」と述べる。特に日銀の主流となったリフレ派の人たちの単純な理論に誤りがあったことを明確に批判している。リフレ派の過去の言説との不一致に対する指摘は痛快である。また、政府が日銀から無制限に資金を調達する提案、「ヘリコプターマネー」政策にも疑問を呈している。

 このあたりまでは、すでに多くの議論がある。ここから先が本書のメリットだと思う。本書の後半に入り、アベノミクスの目標とされる「デフレ脱却」は、日本経済にとって最重要課題なのか、という問題提起がなされる。1990年代以降の日本経済には、経済の成熟化、製造業の海外移転、生産性の低いサービス業へのシフト、生産年齢人口の減少など、長期的・構造的問題が存在するのであって、金融政策で「デフレ脱却」を求めてもそれは的外れであることを説得力ある筆致で論述する。

中間層の底上げを提言

 問題は消費の停滞、実質賃金の低下であって、その根底には中間層の低所得化、特に若者の貧困化があると述べる。

 このように現状を分析したうえで、それではどのような対策をとればよいのか、日本経済再生のための提案が提起される。この部分が最も新鮮に読めたところだった。カギは中間層の再生にあるとして、まず「共働き」支援への家族政策の転換、東京一極集中の是正が提案される。

 そのうえで現役世代の中間層底上げ策として三つの手段があげられる。第一は賃金アップ、最低賃金の引上げである。第二は非正規労働者の処遇改善、格差是正である。これは安倍政権も着手せざるをえなくなった点であり、その成否はともかく必要な手段であることは間違いない。第三が支出面での支援策であり、ここが目新しい。現役世代のライフステージに合わせて、負担になっている支出項目をみると、若者世代では住居費、中高年では教育費の比重が大きいことがわかる。そこで住宅政策としては、持ち家優遇から借家優遇への転換が推奨される。公営住宅の供給、民間空き家の活用、低所得層への家賃補助などが考えられる。

 教育費については、就学前教育の無償化と大学無償化が提案される。その際、保育園は厚労省、幼稚園は文科省という役所の管轄区分を解消し、文科省のもとの幼児教育機関に位置づけるとする。就学前教育の経済的・教育的効果については欧米で理解が進んでおり、それを日本にも取り入れるべきだという主張である。大学無償化の意義も大きい。

 問題は財源である。就学前教育と大学教育の無償化で3兆7000億円必要という。それに対しては増税をせざるをえない。しかし、増税の手法について、選別主義でなく普遍主義という井手英策氏の主張が取り上げられながら、その丁寧な説明がない。このあたりにやや不満が残る。

 以上、本書の概略を紹介してきた。改めて本書のメリットをまとめると、第一に、バランスのとれた説得力のある分析、第二に、議論の根拠を示す適切なグラフの提示、第三に、具体策に踏み込んだ改革提案といったところになろう。多くの人に一読を勧めたい。

17:34

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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