日誌

これまで発行の「POLITICAL ECONOMY]、「グローカル通信」
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2025/09/29

POLITICAL ECONOMY第295号

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アメリカ・ファーストの源流に“いらいらした愛国心” 
             金融取引法研究者 笠原 一郎
 
 昨年、アメリカ・ファーストを掲げ、波乱の中で大統領に再び返り咲いたドナルド・トランプが打ち出した「トランプ関税」-これまで利害が異なる各国が築き上げてきた貿易秩序を破壊しかねない、唯我独尊とも思われる行い-には、日本に限らず世界中が振り回されているように見える。一方で、トランプが少なからぬアメリカ国民からの熱狂的ともいえる支持を受けていることも、また事実であろう。

自分たちが作ってきたことが国をまとめるもの

 このようなトランプに熱狂するアメリカの民衆の心の底に流れているものは何か、その手掛かりの一つとして、30年近く前の政治学者 故高坂正堯(1)氏の教示がある。まず、高坂は代表的なアメリカ研究者であるトックビルの言葉を用いて「愛国心の核となる慣習、追憶を持たない人工国家たるアメリカの“いらいらした愛国心”、…… 自分たちが作ってきたこと、作っていること以外にアメリカを国としてまとめるものがなく、アメリカへの批判に対しては、……攻撃されているものは彼の国ばかりでなく、彼自身でもあるからなのである」との見方を示す。

 さらに高坂は、1914年パナマ運河の開通において米英間で取り決められた通航税についてアメリカが行った理不尽な決定に対して、時のイギリス大使プライスが外務官僚(後の総理大臣)幣原喜重郎に語った言葉を紹介している。プライスは「……戦争をする腹がなくて、抗議ばかり続けて、何の役に立ちましょうか」として、アメリカに対しパナマ運河に関する国際法の論文のような、長くて決して感情の混じっていない文書を送り、打ち止めとした。

 そして大使は「アメリカ人の歴史を見ると、外国に対して相当不正と行為を犯した例はある。しかし、その不正は、外国からの抗議とか請求とかによらず、アメリカ人自身の発意でそれを矯正している。これはアメリカの歴史が証明している。われわれは黙ってその時期の来るのを待つべきである」と語った。高坂は、このプライスの言葉を受け、「実際にはアメリカは自ら反省するのが本筋なのだが、そればかりに頼るわけにもいかない。……とくにアメリカは-現在の日本にも似て、いやそれ以上に-変わったところがあって、ヨーロッパの人々は長い時間をかけて、そのことを経験し、考えさせられてきた。そんな彼らのやり方、粘り、冷静さ、そしてどこでホコをおさめるのかを学び、考えること」が我々には必要と結んでいる。

 もうひとつ、トランプを生み出したアメリカの選挙、その報道をみると、共和党・民主党を問わず、推薦人による熱いキーノート・スピーチに支持者たちは歓喜し、立候補者はこれにこたえる形で熱弁をふるい、集まった多くの者はさらに狂喜し、集団的熱狂ともいえる姿が映じられる。わたしは、このような姿に自由で明るいフロンティア精神の国とイメージとの違和感を持ち続けていた。分断アメリカの熱狂、熱病とも思われる独善の根底について、キリスト教研究者 森本あんり(2) 氏は「若い移民の国、アメリカの生い立ち、厳格なピューリタンたちが「旧いイングランド」を脱し、神との新しい契約のもとで「新しいイングランド」を創設すべく、これから偉大な実験の旅に出ようとした国である」との底流を示したうえで、これらの行動は「信仰復興(リバイバル)であり……それは、ピューリタン社会の知的土壌の上に開花し、以後繰り返しアメリカ史にあらわれる、いわば周期的な熱病のようなものである」との見方を示す。

「自分たちが理想としているものは正しい」

 さらに、欧州政治研究者である君塚直隆(3)氏からは「東部13州から始まったアメリカが、先住民を周辺へと追いやりながら西漸活動を続け、ついには太平洋へと到達し・・・・・(この)ピューリタン的な価値観が及ぶ範囲を拡大させていくという活動」をとおして「自分たちが理想としているものは正しい」という社会的土壌があることを指摘している。

 このような独自の土壌をもったアメリカには、歴史的に見ても世界情勢に対する姿勢への振れ幅の大きさの指摘(4)がなされている。第5代大統領モンローが掲げた孤立主義、第一次大戦前後のアンチグローバル姿勢、国際連盟への加入不批准、一転、第2次大戦後、1950年代の国を挙げての集団パニックとも思える赤狩り、そして、民主主義の守護・世界の警察官を自認して、対ソ連の共同防衛網たるNATOを組成、朝鮮戦争・ベトナム戦争を主導し、民主主義の守護・世界の警察官を自認してきたかと思えば、アメリカ自国の利益しか考えないようにしか見えないトランプを出現させたのではないか、とも感じる。

 それはまさしく「(アメリカが)自分たちの理想を実現するために極端な行動をとる傾向……孤立主義と介入主義の両端に触れがちなのも、理想の実現をめぐっていつも両端に振れ動いている」、“いらいらした愛国心”を源流に持つ民衆の国であるとの視座を持ってすれば、“アメリカ・ファースト”、そして、己の価値観を押し付としか見えない“予測不能のトランプ”への多くの民衆の熱狂に、多少なりとも合点がつくのかもしれない。

(1)  高坂正堯『世界史の中から考える』新潮選書(1996)83-85頁参照
(2)  森本あんり『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』新
     潮選書(2015)21頁、56頁 参照
(3 ) 岡本隆司・君塚直隆『帝国で読み解く近現代史』中公新書ラクレ
  (2024)205頁 参照
(4)  岡本ほか(2024)・前掲注3)207頁


11:01
2025/09/16

POLITICAL ECONOMY第294号

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イスラエル・シオニストの虚偽、虚構
ガザ・ジェノサイドに至る植民地主義、人種差別主義
               経済アナリスト 柏木 勉 

 イスラエルは建国以来中東の平和、世界平和にとって大きな脅威となってきた。その成り立ちはナチスが犯したホロコースト、それを引き起こしたヨーロッパ、ロシアの「ユダヤ人問題」にある。ロシアは日本国内ではあまり知られていないようだが、ポグロムによるユダヤ人迫害がロシアを中心にシオニズムを誕生させ、その指導者達はイスラエル建国=パレスチナ人・アラブ人への弾圧、殺戮、追放(ナクバ)に大きく貢献した。シオニストはパレスチナに住む人々を野蛮人と呼び、彼らの土地を強奪、収奪して国民国家を作り上げた。だから、最初から植民地主義、人種差別主義をその本質とする。その様な国家は世界にとって大きな脅威であることは自明であるし、軍事支援を続けてきたトランプ等歴代の米政権と米国福音派、ドイツ、イギリス、フランス等は大罪を犯して来たのだ。ドイツについていえば、ホロコーストへの責任を深刻ぶった哲学的言辞で表明してきたが、今回のガザ大虐殺によってその欺瞞がはっきりした。

話しの本筋・基本はイスラエル解体
 イスラエル国民といっても様々な考えがあり、パレスチナ人との連帯をはかる人々もいる。だが少数をのぞくと、大勢は人種差別主義者であり植民地主義者である。小生はヨーロッパ、ロシア、米国が今日の惨状を現出させた責任をとり、イスラエルを解体し、その国民を引きとるべきだと考える。解体して引き取るべき割合は、欧米三分の二、ロシア三分の一が適当だろう。これが話の本筋であり、問題解決の根本だ。この本筋を確認しない限り一時的な「解決」は必ず破綻する。実際、歴史はそのように推移したし、今後もそうだ。(なお、以上は根本である責任の明確化である。具体的解体策等々ではない)

 話しの本筋=イスラエル建国の非道・不当性は、欧米やイスラエル政権がまき散らす愚昧なレトリックやデマゴギーは一切無視して、次の簡単な応答ですぐわかる。
・「パレスチナ人にホロコーストの責任はあるか?」 答えは「責任はない」。
・「ホロコーストに責任のないパレスチナ人が、なぜホロコーストの責任のツケを払わなくてはならないのか?」 答えは「払う必要はない」。 
このきわめて単純な応答を否定できるものはいない。

幻想にすぎない神話を解体せよ! 
 次に、現代にいたってもなお存続する神話解体が必須である。第一には、シオニストのいう「約束の地・パレスチナへの帰還」はユダヤ教の教えに反するただのナショナリズムにすぎない。ユダヤ教の説く「約束の地への帰還」とは精神のなかの問題であり、シオニストが唱えるような現実の地理上の物理的空間=空間的・物理的地域への移住ではない。精神のなかでの問題なのだ。そして神のなすわざであって人間のなすわざではないとされる。

 そもそもイスラエルを主導するシオニストはとっくにユダヤ教を捨て去ったが、国内ではまがいものの宗教行事を政治的に利用して、それを隠蔽している。だがイスラエル国民の大半は無信仰者でありユダヤ教とは無関係だ。元々、イスラエルは単なる近代ナショナリズム国家にすぎない。

 次に、聖書やエルサレム神殿破壊やローマによる「追放」等々が、現代イスラエル国家が連綿として結びついているというのも、悪質な神話である。聖書や古代からの神話を現在と直結させている。天照大御神や神武天皇と現代日本国家が連綿として結びついているという主張と同じだ。愚かしさの極みだ。加えて、歴史的には例えば紀元前13世紀とされるモーゼの「出エジプト」はなかった。そのころのカナンの地はエジプトが支配していたのだ。ダビデやソロモンの時代の強国も存在せず、当時のエルサレムはわびしい小村にすぎなかった。また「追放」もなかった。「追放」を記した歴史書は一冊もない。「追放」は発明されたのだ。殆どのユダヤ人はそのままパレスチナの地にとどまり、その後はイスラムの支配を受け入れた。

 シオニストは国民国家イスラエルを「正当化」すべく、聖書と「民族」をつなげるため「ユダヤ人」をつくり出したのだ。(注:シュロモー・サンド 「ユダヤ人の起源」 浩気社 2010年を参照)

 次に重要なことは、近代「ユダヤ人問題」とそれ以前の宗教的対立とを区分することである。アーレントは、著書「全体主義の起源」の中の「反ユダヤ主義」の章で、概要次のように述べている。反ユダヤ主義」は1870年代以前には存在せず、近代の「反ユダヤ主義」とそれ以前の宗教上の対立によるユダヤ人憎悪とは別物であると。つまり、近代の反ユダヤ主義は資本主義の発展と変容から生まれたのだ。古代からの歴史とは関係はない。古代と現代を短絡させるべきでない。

「ユダヤ人国家」はナチスの「純粋アーリア人国家」と同じ
 最後に、イスラエルは独立宣言や基本法で「ユダヤ人国家」と規定されている。これはナチスと同じ思想である。ナチスは真正のアーリア人・帝国市民とユダヤ人等(非帝国市民)を区分した。ユダヤ人を母系優先血統主義でまがいものの定義づけをおこない(ニュルンベクク法)、ユダヤ人は二等市民と位置付けられ、最後は絶滅作戦につな
がった。イスラエルも基本的に同じ母系優先血統主義でユダヤ人と非ユダヤ人(パレスチナ人等ミズラヒ・スファラディーム)を区分し、非ユダヤ人は事実上二級市民である。人種・民族で区分すれば必然的に差別意識が亢進していく。それが結局区ナチスと同じガザ・大虐殺をひきおこしたのだ。もはやイスラエルは「ホロコースト」を売り物にできない。

20:42
2025/08/31

POLITICAL ECONOMY第293号

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モンドラゴン協同組合の進化と課題 ―「もう一つの働き方」への挑戦

労働調査協議会客員調査研究員 白石 利政

 電機連合は電機産業で働く労働者の意識に関する国際調査をこれまでに3回実施している。その第2回調査(1994~95年)には14か国が参加、スペインからは国内最大の電機メーカー、ファゴール・エレクトロドメスティコス(以下「ファゴール」と略)が対象となった。経営主体が協同組合ということで驚いた。

 ファゴールの前身は、ホセ・マリア・アリスメンディアリエタ神父が1943年に設立した技術学校の教え子5人が19
56年に始めた「ウルゴル」。主たる製品は石油ストーブ。協同組合方式を採用したのは1956年からで、家電製品などの製造に力を入れるようになった1960年に「ファゴール」に改名した。その後、電機・電子部門のグループ化に取り組み1992年には7,000人もの雇用を抱えるまでに成長した。

 回収されたサンプルは168件で少ないものの全員が協同組合員ということにユニークさがある。協同組合員の職場生活についての満足度は高い。職場生活に関する14項目中、「福利厚生」を除いて、いずれも日本の<満足>を上回っている。雇用の安定や、経営者・管理者への信頼、職場の人間関係の良好さなどが窺える()。

モンドラゴン協同組合の成立と「10の基本原則」

 製造から出発した協同組合は、金融(1959年に社会保障と銀行の協同組合をそれぞれ発足・設立)、流通(5つの消費者協同組合が1969年に合併、名称をエロスキに)、知識(技術学校が1957年に正式認可、モンドラゴン大学の設立は1997年)といった異なる部門に広げ、成長し、グループ化を図っていった。

 モンドラゴングループ(現:モンドラゴン協同組合)は第1回総会(1987年)で、次のような協同組合全体を統一し運営の方向性を示す「10の基本原則」を採択している。

1.自発的かつ開かれた参加。2.労働の主権。3.労働者による自己管理(「一人一票」の原則)。4.報酬の連帯(賃金の最低と最高を原則1:6)。5.参加型経営。6.利益の社会的利用(利潤の社会的分配、雇用創出や社会貢献に再投資)。7. 協同組合間の相互扶助(連帯、支え合い、知識・リソース・リスクを共有)。8.社会的変革への貢献。9.普遍性の原則(性別、人種、信条、文化に関係なくすべての人の尊厳と権利を尊重する)。10.教育・訓練(教育と継続的なスキル向上に投資し、協同組合の理念の伝達)。

 順調に見えるモンドラゴン協同組合には、思いもしない倒産やグループからの脱退という事態も生じ、ふだん見過ごされていた問題が表面化する。

「ファゴール」の倒産 ― 人事・労務政策もその一因

 モンドラゴン協同組合の発祥で我々の調査対象となった「ファゴール」が2008年のリーマンショック以降、売上が急減、約10億ユーロの債務を抱え経営破綻、モンドラゴン協同組合グループからの支援も限界に達し、救済不能と判断され2013年11月に倒産した。従業員は約5,600人(スペイン国内で約2,000人)。2014年の公式年表には「影響を受けた1,900人の組合員のうち90%が雇用の解決策を見つけることができた」と。しかし非協同組合員の相当数は職を失った。

 この倒産についてバスク大学所属の研究者らはファゴールの人事・労務政策に着目し、次の4点を指摘している。

 その1つは協同組合員の家族や親族の優先雇用制度による能力重視の欠如(100点中最大30点を付与。5年以上の職務経験者は10点)。2つ目は欠勤率の高さ(2010年の協同組合員は8.8%、非協同組合員は3.4%、2012年はそれぞれ6.3%、1.0%。協同組合員の方が高い。また18歳から35歳で高かった)。3つ目は逆支配階層の生成と人的資源管理の対立(協同組合員の割合は1991年の86%から2007年には29.5%に急減。2006年にモンゲロス総支配人が解任され経営陣のリーダーシップが弱体化。厳しい人事政策の回避)、もうひとつは生産ラインへのテーラー主義的なマネジメント導入(協同組合主義の自律性と参加の価値観と矛盾する分業型・指示重視で労働者の参加意欲と仕事への満足度が低下)である。協同組合の「10の基本原則」を踏み外している。

モンドラゴン協組からの脱退―「協組間の相互扶助」の揺らぎ

 モンドラゴン協同組合からの脱退も、ふだん抑えられていた問題を明るみに出す。最近では2022年12月のオロナ協同組合(従業員5,500人、うち協同組合員は1,700人)とウルマ・グループ(同じく5,200人、2,800人)が話題となった。

 脱退理由はともに、モンドラゴン協同組合の中央からの管理や意思決定プロセスにもっと「自律性」を、である。この脱退により共助基金(利益の10%程度を拠出)から「解放」された(だが、モンドラゴン協同組合の労働者保険の継続や、モンドラゴン大学などとの協力関係は維持している)。脱退した両協同組合は、協同組合の「10の基本原則」に抵触している。

 モンドラゴン総会議長のペロ・ロドリゲス氏は“Mondragon Annual Report 2024で「売上高が112億ユーロを超え、従業員数は7万人を超え、6億3,200万ユーロという過去最高の利益を達成した。製造、金融、流通、知識の4つの分野は好調に推移し、協同組合モデルの有効性を実証している」と報告している。

 「創造し 所有せず、行動し 私物化せず、進歩し 支配せず」。これはモンドラゴン協同組合の創立者、ホセ・マリア・アリスメンディアリエタ神父のことばである。これからも協同組合の「10の基本原則」と照らし合わせ、課題を克服しながら、理念・「Humanity at Work」の実現へ向け歩を進めるものと思う。協同組合という「もう一つの働き方」の動向を見守りたい。

07:21
2025/08/11

POLITICAL ECONOMY第292号

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金価格が高騰の背景にドル離れ
             経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 金の国際価格が史上最高値を更新し続けているが、最大の要因は新興国などの中央銀行が外貨準備のために買い増していることだ。背景にあるのはドルへの不安感、不信感の増大である。関税引き上げなどトランプ政権の政策はこの動きを加速させている。ドルよりも金保有という動きとなっている。

中央銀行が金を買い増し

 8月平均のロンドン市場の金価格は1トロイオンス(約31.1g)当たり3562.99ドルとなった。前月比で24.7ドル上昇している。金価格の上昇はこの2年特に著しい()。23年10月は1913ドルだったので、わずか2年で1.75倍になった。

 金高騰の背景にあるのが、各国中央銀行による積極的な金買いだ。World Gold Council(WGC)によると、22年1136トン、23年1037トン、24年1045トン(速報値)と3年連続で1000トンを超えた。2010年から19年までの10年間の平均が497トンなので2倍強となっている。ちなみに2018年には656トンになり、直近50年で最大の購入規模と話題になったほどだ。

 日本貴金属マーケット協会代表理事の池永雄一氏によると、中銀による金購入増の最初の契機は08年のリーマンショックという。同氏の『新興国の中央銀行が今、金を大量購入する理由。従来買っていた欧州勢と入れ替わるような動き』」(「東洋経済オンライン」)によると、リーマンショック以前、欧州の中銀は金売却を進めていたが、売却をやめ自国保有をするようになったという。

 10年代の中銀の買い手はロシア、カザフスタンなどの新興国だ。そして、22年のロシアによるウクライナ侵攻に対する経済制裁があり、米国が、米国内でロシアが保有する米国債を凍結する措置を行ったことで、米国債は「リスク資産」と認識され新興国の金買いが進んだという。

ドルから金に移し替え

 つまりこれらの新興国は、米国債を売り金に乗り換えたのだ。今、積極的に金購入を進めているのは、ロシア、中国、インド、ポーランド、カザフスタンなどである。

 金購入に特に積極的なのが中国。WGCによると22年末の金保有高は約1980トンだったが、23年は225トンと「同国のデータを確認できる1977年以降最高となった(日経新聞24年1月31日付け)。25年6月は約2298トンまで保有量を増やしている。

 他方で中国は米国債保有を減らしている。20年は1.1兆ドル保有残高があったが、25年6月では7564億ドルと3400億ドルも減らしている。このため2019年半ばまで最大の米国債保有国だったが、21年から24年前半に保有額を減らし第2位となり、さらに今年になってイギリスに抜かれ第3位に後退している。米国債から金に資金移動しているのだ。

 各国政府や中央銀行は、外国債券、金、預金などで外貨建ての資産である外貨準備を保有している。これは通貨危機などで外貨建ての債務の返済が困難になることに対し備えるためだ。為替介入の際にも使われる。中国やロシアだけでなく新興国は、外貨準備の資産をドルから金に移し替えていることになる。

ドル依存の日本は動かず

 では日本はどうなのか。日本の外貨準備高は米国債に片寄っている。米国債は5月で1兆1350億ドル(約166兆円)。前述したように世界で最も多い。2位は英国で8094億ドル、3位は中国7563億ドル。では金の保有はというと、財務省(25年3月)によると外貨は86.7%だが、金は6.7%と少ない。ちなみに各国の金保有量ランキングを見ると第1位は米国で8133トン。外貨準備に占める割合は78.6%と高い。第2位のドイツは3351トンで78%となっている。第8位のスイスまで1000トン台以上だ。

 日本は第10位で846トンである。外貨準備に占める割合も米国、ドイツ、イタリア、フランスはいずれも70%台だ。日本は保有量、比率とも断トツに少ないことになる。日本は、金価格の高騰にはまったく無縁ということになる。

 ポストトランプを見据えると世界はアメリカ一強体制が崩壊し多極化に向かうと見られる。アメリカが覇権国としての地位にあるものの十分機能せず、さりとて中国も力不足だけでなく今は覇権国になろうという意思もない。この空白の中で外貨準備はドルそれも米国債一辺倒を続けることは問題ないのか。分散化を進めることは必要な時期に来ているのではないだろうか。

08:51
2025/07/30

POLITICAL ECONOMY第291号

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世界の戦争孤児事情と少子化が進む韓国の葛藤
             元東海大学教授 小野 豊和

 韓国の捨て子事情に関心を持っていたときに、NHK『BS世界のドキュメンタリー』「翻弄された子どもたち、欧州大戦孤児のその後」を見て、第二次世界大戦終結後の欧州の孤児事情を知り衝撃を受けた。瓦礫のなか大勢の子どもが彷徨っているのを見て、連合国が救済復興機関(UNRRA)を設立し、子どもたちが親族と再会できるよう支援したが、冷戦勃発後は、国力回復のために子どもたちを自国で保護し始める。戦争と国家によって人生を翻弄された孤児たちの悲劇を伝えていた。

 敗戦国ドイツを欧州戦勝国が分割統治し、そこで生まれた子どもたちの親探しのドキュメンタリーだったが、ソ連は国策によって孤児たちを本国に送りソ連化した。一方、ベルギー、フランスはどうかと言うと、敗戦国ドイツの女性を囲い込み、帰還兵と関係を持たせ強制的に子を産ませる政策をとった。欧州各国は軍人と民間人の戦死者が膨大で、ドイツが約700万人、ソ連が約2700万人、ポーランドが約600万人、フランスが約52万人、イギリスが約36万人という数字がある。ソ連の誘拐とも思えるやり方を不正と思ったが、民主主義を標榜するベルギー、フランスも同じような政策をとったことに驚いた。人口減少は長期的には国力を弱めることになり“国力回復のために子どもたちを自国で保護”とは建前で、敗戦国ドイツ人の女性に子ども生ませて自国民にした。ベルギーの例だが、ドイツの女性に産ませた子の戸籍を改ざんし本国の夫婦を里親として育てた。ドキュメンタリーは実親探しの旅だったが、別の番組「外国に“売られた”養子たち ~暴かれる偽りの構造~」では、国際養子のスウェーデン人が韓国にいる産みの親に会いたいと書類開示請求をしたところ、書類が偽造され実の親が署名していないことが発覚。子どもが取り引きされてきた闇の構造を訴えていた。

韓国の少子化の背景に男社会

 さて、合計特殊出生率が0.72(2023年)まで落ちた韓国では労働力不足を補うため外国人雇用許可制を導入している。日本が導入した技能実習生を参考に1997年に産業人研修制度を導入したが、送り出し国にブローカーが存在していて高額負債を抱えたまま韓国に入国、受け入れ企業における劣悪な労働環境による人権侵害等から失踪者が増え、その結果不法滞在者による犯罪が増加した。この反省から2004年に実習・研修という建前を改め、労働者として扱う、政府同士の二国間協定に基づく「労働許可制」に変更した。2024年は16万5千人の外国人雇用を目標に17カ国と協定を結び、農業、漁業、運輸、宿泊、さらに介護、家事にまで発展させて効果を上げている。基本は中小企業対象、かつ3D(Dirty,Dangerous,Difficult)職種に限っていて、新卒の補充ができる大企業は元々この制度を期待していない。

 ソウルの民族博物館に伝統的な韓国家族の展示があり、ガイドによと、昔の標準的な家族は大家族で、嫁の大事な仕事に4世代前までの法事の支度があった。年に10回ほどある法事における食事の準備などの負担、しかも男社会故、法事に嫁が参加できないことから近年になって親と同居しない核家族化が進んだとのこと。韓国の少子化の原因については、女性の教育水準が上昇した結果、女性たちの価値観が急激に変化し人生の中で結婚を選択しない傾向が強くなり、自分のための人生を追求したいという意識が高まってきている。女性の上昇志向が高いにも拘わらず男女の役割分担意識が強い社会で、仕事に加えて家事・育児の負担が女性に集中している。過度な競争社会で女性が生き抜くためには結婚や出産に対する不安が強い。経済活動が首都圏に集中し、住居費、教育費の高騰も若者の結婚・出産を妨げる一因となっている。一方、未婚の母に対する社会的偏見や経済的な困難が背景にあり“捨て子”が行われることで孤児が増加している。

欧米で里子として育った韓国の子どもの試練

 韓国における孤児救済の始まりは1950年に始まった朝鮮戦争の間に米国軍人との間に生まれた「ハーフ」の子どもや戦災孤児を米国に送ったのが始まりとされるが、やがて貧困やシングルマザーなど戦争と直接関係ない理由の国際養子が広まった。引き取り先も米国以外に欧州が加わり、20万人もの子供が海外に送られた歴史があり一時は「赤ん坊輸出大国」と国際社会から批判された。その養子たちがここ数年、祖国を訪れ生みの親を探そうとしている。労働力不足と捨て子の多さの矛盾は何故か疑問を持った。

 アメリカのコンサルタントによると、ソウルで捨てられていた子がアメリカ人夫婦の里子となり十分な教育を受けて育ったが、韓国語で育てられなかったため、米国内の韓国コミュニティーに入ることができない。また、ある里子は実の親を探すことができ韓国を訪れたがアメリカと同程度の給与を得られる仕事が無く、やっと出会った実親の世話を韓国内で行うことを諦め、仕送りすることにしたとのこと。

 若者の結婚が減る一方で、増大する孤児を労働力として育てることなく海外に送りだす韓国社会の矛盾の原点は何か…と考えさせられた。韓国は男社会で血筋を尊重することから中国で韓国語を話す韓族はルーツが同じとして受け入れるが、移民には慎重だ。韓国統計庁によると、2004年の韓国の人口約5,200万人が2072年には約3,600万人(30.8%減)と予測している。2024年の労働力人人口(15~64歳)3,633万人が、2050年には1,188万人少ない2,445万人に減少する見込み。2023年の合計特殊出生率は0.72まで下がり世界最低水準となっている。日本社会も似たような傾向があり、隣の国の出来事ではなく、少子化対策を真剣に考える時期に来ていると感じる。   


07:52
2025/07/17

POLITICAL ECONOMY第290号

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「賃金と物価の好循環」に楽観的な25年版経済財政白書
         NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
  
 政府は7月29日、「内外のリスクを乗り越え、賃上げを起点とした成長型経済の実現へ」とのタイトルを付けた25年度の『経済財政白書』を公表した。白書は冒頭、日本経済の現状について、「我が国経済は、2024 年には名目GDPが初めて 600 兆円を超えるとともに、2025 年の春季労使交渉における賃上げ率は、33 年ぶりの高さとなった 2024 年を更に上回る堅調な結果となるなど、近年にはない明るい動きが続いている」とその堅調ぶりを強調、「過去四半世紀にわたる賃金も物価も動かない凍りついた状況から脱し、成長型経済への移行を確実なものとすることができるか否かの試練に直面している」と当面の課題を指摘している。

「堅調な経済」を強調

 とくに成長型経済を支える推進力としての個人消費に着目、第2章で「賃金上昇の持続性と個人消費の回復に向けて」と題するテーマを取り上げ、持続的な賃金上昇が定着し、個人消費の回復がより力強いものとなるための課題について分析。「2024 年度の経済全体の平均的な名目賃金上昇率は 33 年ぶりの伸びとなり、賃上げの広がりも着実にみられつつある。これに対し、賃金が上昇したという実感を持つ人は、さほど増加しているわけではない」、「過去 30 年にはみられなかったレベルの賃上げが実現しているにもかかわらず、労働者側において、賃金が上昇している、あるいは上昇するだろうという実感は必ずしもみられない」とその乖離を問題視、「なぜ賃金上昇が実感されにくいのか」との項目を立てて、検証している。

 白書では日銀の「生活意識に関するアンケート調査」などを引用、現在の収入が1年前と比べて増えたと答えた人の割合は、2019年から2025 年にかけて、13.0%から 16.3%へと小幅な増加に止まり、1年後と現在の収入を比べて「増える」と答えた人の割合も、同期間で 10.2%から 11.1%と、ごくわずかな増加に過ぎず、「期待賃金上昇率も高まっていない」と分析。「賃上げのノルム(標準的相場観)の定着という意味では、労働者・家計サイドにおいて、賃金が継続的に増加しているという実感を持ち、将来的にも賃上げが持続するという予想が広く共有されることが極めて重要である」と強調している。

  さらに「賃上げを起点とした成長型経済」の課題に触れ、「2%の安定的な物価上昇と、これを安定的に上回る賃金上昇の早期の実現・定着が極めて重要であり、物価上昇を上回る賃上げを起点として、国民の所得と経済全体の生産性を向上させるべく、中小・小規模事業者の賃上げを促進するため、適切な価格転嫁や生産性向上、経営基盤を強化する事業承継・M&Aを後押しするなど、あらゆる施策を総動員する必要がある」と提言。

目を向けるべきは物価高騰という経済的事実
 
 白書では言及が少ないが、人々の間で賃金上昇の実感が乏しいのは賃上げ水準の低さに加え、一昨年から顕著になり始めているコメをはじめとする多様な商品の値上げの連続が家計を直撃し、厳しい生活実感が日常化していることにあるのではないか。

 「物価の基調や背景について、賃金の上昇、企業の価格転嫁、物価上昇の広がり、予想物価上昇率を含め様々な指標の動向を踏まえると、総じて、企業の価格・賃金設定行動には変容がみられ、人件費のウェイトが高いサービスにおける物価上昇の広がりもみられるなど、我が国経済においては、賃金と物価の好循環が回り始め、デフレ脱却に向けた歩みは着実に進んできたものと考えられる」との楽観的な見方を示しているが、一方で「家計による中期的な5年後の予想物価上昇率を『生活意識に関するアンケート調査』からみると、2010年代は、中央値2%程度で推移していたものが、今回の物価上昇局面においては、5%程度と水準がレベルシフトしている」と分析しているように、賃上げの勢いを打ち消すほどの物価高騰が続いているとの見方も挙げている。

 成長型経済という目標設定に目を奪われ、物価高騰による生活環境の激変に思いが至らないとすると、現に進行している経済環境の分析・政策提言を命題とする白書の役割に背を向けることにならないか。人々の関心が高い物価高騰という経済的事実にもっと目を向ける必要がある。     


09:02
2025/07/04

POLITICAL ECONOMY第289号

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選挙のキャッチフレーズを考える
   課題は新たな社会的連帯の価値観の醸成

         季刊「言論空間」編集委員 武部 伸一

 2025年7月参議院選挙は、国民民主党、そして新興政党の参政党が大きく議席を伸ばした。国民民主党の選挙向けキャッチフレーズ(以下キャッチ)は前回衆院選に続き「手取りを増やす」、参政党のキャッチは「日本人ファースト」であった。

 特に参政党の「日本人ファースト」はSNSでの注目ワードとなり、その現象をマスコミでも取り上げる中で急速に今回選挙の「争点」に浮上した。

 「手取りを増やす」「日本人ファースト」について、政治主張としての評価はマスメディアでも、またネット上の様々な論考でも取り上げられている。今回の小論では選挙のキャッチフレーズの変遷から人々の「政治感情」について考えてみる。

「自民党をぶっ壊す」、「身を切る改革」・・・

 2000年以降まず自民党が大勝した選挙は、小泉首相の下で郵政民営化を掲げ大勝した2005年夏の衆議院選挙。自民党のスローガンは「改革をとめるな」であったが、今では忘れられているだろう。むしろ小泉首相自身が街頭で多用し、人々の心に刺さったキャッチは「自民党をぶっ壊す」だった。刺客選挙がマスコミで面白可笑しく報道され、連日連夜ひびき、このまったく矛盾した非論理的なキャッチの下で小泉自民党は大勝し、日本経済を新自由主義へと大きく進めた。

 2009年夏、民主党政権誕生の選挙スローガンは「政権交代。国民の生活が第一。」。民主党の勝利は、無駄な公共事業に象徴される自民党長期政権への圧倒的な不信からだった。それは多分に感情的なノーだったと思う。3年後、2012年12月総選挙での自民党のスローガンは「日本を、取り戻す」。やはり政策・スローガンが支持を得たというより、民主党政権から人心が離れたことによって、安部自民党は政権を取り戻した。

 注目は2010年以降、大阪維新・日本維新の会が一貫して「身を切る改革」を掲げて、大阪・関西では大きな支持を得ていることだ。身を切る改革の前提には、大阪(日本)では「既得権益層」が利権を漁っている、だから自ら身も切ることを恐れず改革をしようとの主張である。これは小泉の「抵抗勢力と戦う」アピールと同じく、仮想敵を作り人々のネガティブな感情を刺激しながら、自党への支持を訴える手法だ。

 小泉自民党、大阪維新、そして直近の国民民主党、参政党まで、政党のキャッチフレーズが人々の政治に対する「感情」(ネガティブ感情も含み)にはまった時、人々は大きく共感して当該の政党に投票、議席を与えてきたと言えるだろう。

社会的価値観としての人権の内実が問われる

 その時々に選挙結果を大きく左右する人々の政治的な感情、それは非理性的なものとして否定されるべきだろうか?

 人間は生きる限り喜怒哀楽の感情を抱く。人々の「政治的な感情の揺れ幅」も同じだろう。議会制民主主義である限り、有権者の政治感情は揺れ動き、投票結果に反映される。感情は否定して否定できるものではない。

 だが政治的感情が暴走した結果、破滅への道を辿ったのがナチスドイツ政権だったことを想起する。ヒトラーはワイマール憲法下の正当な選挙で政権を奪取した。議会制民主主義はその危うさを抱えているのだ。

 では、政治感情の暴走を食い止めるものは何だろうか? 今、日本人の大多数は「戦争は絶対にしてはいけない」と考えているだろう。しかし戦前はそうではなかった。大多数の日本人は皇軍の勝利を望んでいたのだ。300万人の軍人・民間人の死と敗戦という結果を受けて、「戦争はもう嫌だ」との強烈な感情から「戦争だけはダメ」との日本人の価値観が育ったと言えないか。(3000万人のアジア民衆の死に目が向いていないとはいえ)日本人多数の「非戦」価値観と平和憲法の下、日本はまがりなりにも直接の戦争に参加せずにすんでいる。

 感情は揺れ動いても、社会の多数が心に据えた価値観は長く維持されるように感じる。

 そしてまた社会的価値観は育てることも出来る。「人権」も大日本帝国憲法下の日本では確立されえない概念だった。今の社会で人権尊重について反対する人は少ないだろう。

 問題は社会的価値観としての人権の内実だ。「日本人ファースト」の背景にある差別排外主義を許容する風潮は一朝一夕にできたものではない。おそらくここ10年20年、それは社会の中で徐々に形成された。差別排外主義に共感する政治感情を(それは人々の?奪感と不安感が基礎だ)異なる水路へ導くため、「人権」のアップデート、新たな社会的連帯の価値観をどう育てるかが課題なのだと思う。

 国民民主党、参政党の主張が人々の共感を得て、支持を急伸させたフィールドは「ネット空間」にある。様々な問題がありつつSNSも現代の「言論空間」であることは避けられない現実なのだ。ネット「言論空間」で反差別排外主義、社会的連帯を掲げる幅の広い人々のつながりが求められている。我々の価値観を育てるために。


17:22
2025/07/03

POLITICAL ECONOMY第288号

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多極化世界への移行を促す米国第一主義
          横浜アクションリサーチ 金子 文夫 

 トランプ政権の米国第一主義によって国際秩序は大きく変容しつつある。西側主要国を結集したG7では米国と他の6カ国との間に亀裂が生まれる方、中国・ロシア陣営はグローバルサウスを糾合してBRICSを拡大している。米国第一主義は経済面では国際機構から米国を離脱させる一方、軍事面では国家間連携を維持しつつ、軍事負担の肩代わり、世界的軍拡を進めている。

グローバルサウスをBRICSに追いやるトランプ政権

 6月のG7カナナスキス・サミットは、ウクライナ支援、ロシア非難を打ち出したい6カ国と抵抗する米国との不一致が露呈し、しかもトランプは会議途中で帰国してしまい、首脳宣言を発出できなかった。分野別の共同声明が採択されたとはいえ、G7の結束力の低下が明白となった。

 G7に対抗する中ロは、グローバルサウスの有力国を集め、BRICSの拡大を推進している。設立当初のインド、ブラジルを含む4カ国から10カ国へと加盟国を増やし、さらに周辺にパートナー国を集めている。新たに参加するグローバルサウス諸国は、反米色を薄め、米中両極の中間に位置取りする思惑をもつが、7月のBRICSリオデジャネイロ・サミットでは、ウクライナのロシア市民攻撃を非難するロシア寄りの首脳宣言を採択した。

 トランプ政権はG7で孤立するとともに、関税政策の圧力でグローバルサウスをBRICS側に押しやっている。最近BRICSに加盟したインドネシアは、G7サミットに招待されたにもかかわらず、それに参加せず、同じ時期にロシアで開かれた国際経済会議(ロシアのダボス会議)に出席した。BRICSはドルに依存しない通貨・決済圏創出を目指しているためトランプはBRICSを敵視し、「反米政策」に同調する国には10%の追加関税を課すと威圧している。

 今後注目すべきはG20の動向だ。G7とBRICSの主要国が参加するG20サミットは、今年の議長国が南アフリカであるためBRICS寄りの運営がなされると予想されるが、来年の議長国は米国であり、どのような内容になるか見当もつかない。

米の国際経済機構離脱で自由貿易システム再編へ

 トランプ関税は経済グローバル化を推進してきたWTO体制の否定であり、自由貿易システムは再編を迫られている。米国抜きの国際システム構築を意図するEUは、すでに米国抜きで運営されてきたCPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定、12カ国)との連携を提起、合わせて南米、中東、アフリカ諸国との関係を強め、WTOに代わる国際貿易機関の創出を模索している。一方、CPTPP加盟の意向を表明している中国は、ASEAN、さらに中東との連携を強化すべく、5月に中国・ASEAN・GCC首脳会議を開いた。こうした連携の動きに米国がどう対応するかは明らかでなく、新たな国際経済秩序の定着には時間を要するだろう。

 米国第一主義は開発援助体制にも大きな影響を与えた。OECD開発援助委員会主導のODAシステムはSDGsを支える重要な役割を果たし、米国は長年ODAの最大供給国の地位にあったが、トランプ政権は米国際開発庁(USAID)を解体し、ODA予算を大幅に削減した。これによって世界で人道上の危機が高まり、今後5年間で1400万人以上の死者が出ると予測されている。また米国は6月末にセビリアで開催された第4回国連開発資金国際会議でも開発資金創出の積極策に抵抗したあげく、途中で会議から離脱した。

 国際課税ルールの策定でも米国の妨害が顕著だ。グローバル・デジタル経済に対応した国際課税制度を目指し、OECDとG20はBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを推進してきた。2021年、2本柱(デジタル課税、グローバル・ミニマム法人税)の新ルールが140カ国によって合意された。しかしデジタル課税の多国間条約は米国が拒否したため成立せず、各国は国ごとのデジタルサービス税導入に動くが、米国は報復関税の脅しをかけ阻止する構えだ。グローバル・ミニマム法人税は、国ごとに実施に移りつつあるが、米国はこれに対しても米国企業に課税した場合には報復すると宣言している。また、より包括的なルール形成を目指す国連の国際租税協力枠組条約交渉からも、米国は早々に離脱している。

米国主導で進む軍拡

 軍事機構では米国は1国主義をとらず、多国間連携を維持しながら米国の負担を各国に肩代わりさせる作戦に出ている。ウクライナ戦争を契機に軍拡に進むNATOは、6月の首脳会議で米国の要請を受け入れ、軍事費をGDP比5%(インフラ整備等1.5%を含む)に引き上げる目標に合意した。米国は戦力を欧州からアジアにシフトさせる方針であり、イギリスとフランスは核兵器の運用で連携をとる方向に踏み出した。

 アジア太平洋では、AUKUS(米英豪)をはじめ、米国を軸に日本、韓国、フィリピン、オーストラリア等との複数国間軍事連携の枠組みを保ち、対中国包囲網を強化しながら、そのなかで各国に軍事費の増大を迫っている。日本には軍事費のGDP比2%への引き上げを受け入れさせ、さらにそれ以上への引き上げの圧力をかけている。

 米国自体も2026会計年度に1兆ドルを上回る空前の予算(前年度比13%増)を計上し、対抗して中国もロシアも軍備を一段と増強、世界的に大軍拡の時代を迎えつつある。世界の軍事産業は肥大化し、各地に軍事紛争が激発することになるかもしれない。

 米国第一主義は多極化世界への移行を促しているが、その過程では国際秩序は不安定にならざるをえない。国連機能を強化し、公正な経済連携、軍縮の流れを作ることが求められる。


12:19
2025/06/01

POLITICAL ECONOMY第287号

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「自分の都合の良い時間に働きたい」は当たり前なのに
半人前の待遇で一人前に働く非正規労働者

                              街角ウォッチャー 金田 麗子

 日本の非正規労働者は、「主体性の罠にはまり」半人前の待遇で一人前のように働くと、『<一人前>と戦後社会』(禹宗杬・沼尻晃伸著、岩波書店)は指摘する。本書は戦前、戦後から現在までを、「一人前」に扱われたい、をキーワードに主に雇用政策を通じて分析している。

 私の息子は30代後半だが、大学入学と同時に飲食小売大手チェーン店にアルバイト就労し、そのまま現在まで20年近い勤続年数で働いている。20年選手の彼は、製造販売から日々の入出金、売り上げ管理、注文在庫管理など事務作業もすべて一人で行っていて、残業も多い。連合系の職場の労組に加入していて、無期雇用に転換。社会保険も完備されているが、収入は残業代も入れて月平均22万円くらい。ボーナスもない。典型的に半人前の待遇で一人前に働く非正規労働者である。

 彼の職場は、正社員はエリアマネージャーだけ。他は非正規社員で構成されている。通年人手不足で、彼はエリアの他店舗に応援に行くこともあった。同業他社の中には、非正規労働者の確保が出来ず、開店時間の縮小や廃業に追い込まれる店舗さえある。

働かざるを得ない現実

 「主体性の罠」という個人の意識で働いているというよりも、既に「働かざるを得なくなっている」現場が実態なのではないか。かつて私自身中規模書店チェーン店のパートで働き、1978年にパート労組を立ち上げ20年活動した。今書店は存亡の危機にあるが、当時から書店は利益率が低く6割を非正規労働者が占めている実態だった。

 現在私は、精神障がい者のグループホームで非正規職員として働いているが、昨年来、職員や同僚が病気や家族の介護などで休職が続き、一時期70才の私と80才の同僚2人でシフトを埋めていたこともある。経営母体はNPOで、団体の責任者も駆けつけるが、いかんせん実務は我々が行わざるを得ない。求人広告を出しても来ないし来ても断られる。「主体性の罠」にはまっているというより、利用者がいるかぎり、誰かが働かざるを得ない職種なのである。

 かつては非正規労働者といえば、主婦パートというイメージで語られていたが、現在は40代~50代の氷河期就職世代、高齢者の再就職、さらに15~24才の若年層まで広がっている。内閣府の「高齢社会白書」(2024年版)によると、2023年65歳以上の就業者数は20年連続上昇している。労働力人口総数に占める65才以上の割合は13.4%。65才以上の非正規率は76.8%である。

 氷河期就職世代やその下の世代までが非正規化している。15~24才のうち非正規の比率は22年で50.4%という高水準。学生アルバイトが含まれているのを勘案しても、相当数が非正規として職業生活をスタートしている状況だ。

「リーマン震災世代」も不安定で低年収

 『就職氷河期世代』(近藤絢子、中央公論社)によると、就職氷河期世代とは、1993年~2004年に学校を卒業した世代で、バブル後の長期不況の影響で企業は、雇用調整として新規採用者の減少と非正規雇用の増加で対応した。その結果、就職氷河期世代が生じたという。就職氷河期世代、特に後期は上の世代に比べて長期に渡って雇用が不安定で年収も低い。

 更に氷河期よりも下の世代は、景気回復期に卒業した世代であるのにもかかわらず、雇用が不安定で年収が低いままであることが、データをもとに示されている。

 ポスト氷河期就職世代(05年~09年卒)は、氷河期が終わり、新卒市場が売り手市場になったと言われていた時期に就職した世代、リーマン震災世代(10年~13年卒)は、リーマンショックや東日本大震災の影響を受けた時期に卒業した世代、と言われている。

 17年の「就業構造基本調査」(総務省)によると、各世代の初職の雇用形態のうち非正規の割合はバブル世代は7.1%、氷河期前期世代は10.6%、後期世代は16.7%、ポスト氷河期世代は16.7%、リーマン震災世代は18.3%である。氷河期以降の世代も卒業後すぐに正規雇用の仕事に就く人は限られていたのである。

非正規を「望む」、「望まぬ」という線引きはおかしい

 冒頭の『<一人前>と戦後社会』では、いわゆる非正規を「望む」、「望まぬ」という線引きで対応する問題点を指摘している。というのは非正規雇用を選んだ理由として、男女問わず「自分の都合の良い時間に働きたいから」が最も多く、「正規の職員、従業員の仕事がないから」を選択している人は1割程度。政府はこの層だけを「不本意の非正規」とみなし、対策を行うとしている
からだ。

 そもそも「自分の都合の良い時間に働きたい」という理由で選んだ労働の価値が、通常の労働に比べて見劣りする理由はない。ヨーロッパの多くの国では、パートタイマーで働く価値が、フルタイムで働く人より下がることはなく時間当たりの価値は変わらないと見ている。

 これに対し日本では、「パートで働く」あるいは「非正規で働く」、雇用形態が違うだけで、「半人前」の扱いをされている。時間あたりの価値が大きく下がるわけではない。個人の意思とはかかわりないのである。

 そもそも働く人が、「自分の都合の良い時間に働きたい」と思うのは、ごく当たり前。にもかかわらずなぜ非正規を選ぶのだろうか。それは日本の正社員・正規雇用者は、「長時間働くもの」だから、非正規は、正規に課せられている「長時間労働」ゆえに、「不本意」で選択しているのだ。

 同書では事例として、雇用区分の転換時の試験を廃止、三段階の社員区分をやめ「社員」に統一。アルバイトを除き無期雇用、月給、賞与ありの待遇にした金融保険業界の会社などが紹介されている。

 家事、子育て、介護のみならず健康維持のための時間、このすべてのケアのための時間が保障されない「正規雇用」の変革と、雇用の安定、低賃金の底上げこそが必要である。非正規の不安定雇用、低賃金は年金に影響を与え、大量の無年金、低年金の高齢者が生じる。目の前の参議院選挙でも中心的な課題である。


11:27
2025/05/14

POLITICAL ECONOMY第286号

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株主総会のシーズンに考える
金儲けの小道具と化したCGコードは考え方から見直すべき

                              金融取引法研究者 笠原 一郎

 6月は、3月決算期が多い日本の上場会社(東証プライム市場上場会社では約7割とされる)では株主総会が開催される月、株主総会のシーズンである。新聞(1) は、物言う株主(いわゆるアクティビスト)の株主提案が過去最多50社となり、資本効率や親子上場などにつき経営改革促す市場圧力となっていると報じている。

 今期、こうした株主提案を受けている会社には、日本を代表するエクセレント企業とも呼ばれた会社の名前も並ぶ。世界の自動車マーケット動向からの乗り遅れと経営ガバナンスの混乱を問われている日産自動車(日産)、元タレントの不祥事事案を契機にその後の対応の稚拙さとその企業体質への強い批判にさらされたフジメディアHD(フジテレビ)、また、小売り経営の効率性を問われスーパー部門の切り離しを求められたセブン&アイHD(7-Eleven)、また、トヨタ自動車(トヨタ)は子会社上場の解消そしてアクティビストから度重なる株主からの要求がなされている祖業の豊田自動織機に対する完全子会社化案を発表している。

 こうした株主からの要請・要求は、確かに企業に対して経営ガバナンスの適正化を求めるものと見えるものもある。しかしながら、一部のアクティビストによるフジMDHに対する取締役選任の提案(元案)では、放送免許親会社における取締役の放送法適格から外れたものを出してくるなど、彼らが真摯に企業に対してガバナンス改革を求めているのか、疑義を生じかねないレベルのものもある。

資本の効率化という名の金儲け最優先の主張

 そして、多くのアクティビストたちが企業に対して求める合言葉は、“企業価値の向上”であり、“資本コストに見合う経営を促す”というものである。彼らが言うところの企業価値向上とは株式時価総額の増大、すなわち、株価を上げろというものであり、また、資本コストに見合う経営とは彼らが期待する投資利回り以上のものを得るための資本効率化を求めるものである。いわば、企業に対して自分は“これくらい利回りを期待しているので、それに見合う儲けを出せ”と言っているものとも言えよう。こうした企業への要請は、ここ最近、特に大きな声となってきている。なぜ、何処から、資本の効率化という名の目先の金儲け最優先の主張を堂々と要求するようになってきたのであろうか。

 こうした声の背景の一つには、コーポレートガバナンスコード(CGコード)(2) の制定があると考える。このCGコードは金融庁と東証(現JPX子会社)が中心となり作られたものであるが、そもそもの生い立ちは、2013年6月に、日本の中長期的な経済再生を目指すとして閣議決定(第二次安倍内閣)された「日本再興戦略」に端を発し、経済産業省からは通称「伊藤レポート」(3) が公表された。このレポートをベースとして「コーポレートガバナンスコードの策定に関する有識者会議」での議論を経て、策定されたものとされる。

 まず、CGコード策定のベースとなった「伊藤レポート」の議論における“企業価値”について見てみる。そこには、企業が生み出す価値をどのように考えるかとして、「一般的には株式時価総額や企業が将来的に生み出すキャッシュフロー等に焦点を当て、中長期的には資本コストを上回る利益を生む企業と述べる。一方で、ステークホルダーにとっての価値、株主価値、顧客価値、従業員価値…社会コミュニティ価値の総和から構成される」と述べている。

 こうした議論を受けてCGコードでは、1.株主の権利の確保、2.ステークホルダーとの協働、3.情報開示と透明性の確保、4.取締役会の責務、5.株主との対話 を基本原則としてあげている。一見すると、至極“当たり前”の項目が並ぶ。しかしながら、この基本原則のうちの1.と5.は、“株主と企業の関係”について、企業に対しては株主の権利を確保したうえでよく話を聞け、そのベースは短期的な“資本コストを上回る利益”を求める株主第一主義を体現するための政府・取引所からの要求である。日本の商いの心である「三方よし」の精神、すなわち企業の社会コミュニティ価値=企業の社会的責任については、ステークホルダーとの協働との名目のもと矮小化し、SDGsに置き換えるという化粧が施された議論に仕立て上げられた感がある。

株主第一主義を前面に押し出したCGコード

 このような株主第一主義を前面に押し出したCGコードは、その策定から10年が経過した。果たして日本は再興されたであろうか。目先の金儲け主義の小道具としての“お墨付き”が与えられた株主たちが、大手を振って跋扈してきているようにしか見えないのは、私だけだろうか。株主第一主義のCGコードは、その考え方から見直すべきであろう。日本の中長期的な再興を目指すのであれば、まずは企業経営・取締役会への関与を求める株主に対する社会的な責任、すなわち株主にも情報の透明性を、そして株主にもまた社会に対する説明の責任を求めるという、ステークホルダー全体への責務を持たせることから考えるべきではないだろうか。
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(1) 日本経済新聞2025年6月7日朝刊より。なお、産経新聞2025年6月7日朝刊は、三菱UFJ信託銀行調べとして、株主提案を受けた企業は114社と報じている。また、読売新聞2025年6月10日朝刊は、約100社と伝えている。

(2) 日本取引所グループ(JPX)HP(https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/)参照。
(3) 「伊藤レポート」とは、伊藤邦雄一橋大学教授を座長に取りまとめられた「持続的成長への競争力とインセンテイブ」(2015)報告書である。


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メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告