日誌


2025/08/31

POLITICAL ECONOMY第293号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
モンドラゴン協同組合の進化と課題 ―「もう一つの働き方」への挑戦

労働調査協議会客員調査研究員 白石 利政

 電機連合は電機産業で働く労働者の意識に関する国際調査をこれまでに3回実施している。その第2回調査(1994~95年)には14か国が参加、スペインからは国内最大の電機メーカー、ファゴール・エレクトロドメスティコス(以下「ファゴール」と略)が対象となった。経営主体が協同組合ということで驚いた。

 ファゴールの前身は、ホセ・マリア・アリスメンディアリエタ神父が1943年に設立した技術学校の教え子5人が19
56年に始めた「ウルゴル」。主たる製品は石油ストーブ。協同組合方式を採用したのは1956年からで、家電製品などの製造に力を入れるようになった1960年に「ファゴール」に改名した。その後、電機・電子部門のグループ化に取り組み1992年には7,000人もの雇用を抱えるまでに成長した。

 回収されたサンプルは168件で少ないものの全員が協同組合員ということにユニークさがある。協同組合員の職場生活についての満足度は高い。職場生活に関する14項目中、「福利厚生」を除いて、いずれも日本の<満足>を上回っている。雇用の安定や、経営者・管理者への信頼、職場の人間関係の良好さなどが窺える()。

モンドラゴン協同組合の成立と「10の基本原則」

 製造から出発した協同組合は、金融(1959年に社会保障と銀行の協同組合をそれぞれ発足・設立)、流通(5つの消費者協同組合が1969年に合併、名称をエロスキに)、知識(技術学校が1957年に正式認可、モンドラゴン大学の設立は1997年)といった異なる部門に広げ、成長し、グループ化を図っていった。

 モンドラゴングループ(現:モンドラゴン協同組合)は第1回総会(1987年)で、次のような協同組合全体を統一し運営の方向性を示す「10の基本原則」を採択している。

1.自発的かつ開かれた参加。2.労働の主権。3.労働者による自己管理(「一人一票」の原則)。4.報酬の連帯(賃金の最低と最高を原則1:6)。5.参加型経営。6.利益の社会的利用(利潤の社会的分配、雇用創出や社会貢献に再投資)。7. 協同組合間の相互扶助(連帯、支え合い、知識・リソース・リスクを共有)。8.社会的変革への貢献。9.普遍性の原則(性別、人種、信条、文化に関係なくすべての人の尊厳と権利を尊重する)。10.教育・訓練(教育と継続的なスキル向上に投資し、協同組合の理念の伝達)。

 順調に見えるモンドラゴン協同組合には、思いもしない倒産やグループからの脱退という事態も生じ、ふだん見過ごされていた問題が表面化する。

「ファゴール」の倒産 ― 人事・労務政策もその一因

 モンドラゴン協同組合の発祥で我々の調査対象となった「ファゴール」が2008年のリーマンショック以降、売上が急減、約10億ユーロの債務を抱え経営破綻、モンドラゴン協同組合グループからの支援も限界に達し、救済不能と判断され2013年11月に倒産した。従業員は約5,600人(スペイン国内で約2,000人)。2014年の公式年表には「影響を受けた1,900人の組合員のうち90%が雇用の解決策を見つけることができた」と。しかし非協同組合員の相当数は職を失った。

 この倒産についてバスク大学所属の研究者らはファゴールの人事・労務政策に着目し、次の4点を指摘している。

 その1つは協同組合員の家族や親族の優先雇用制度による能力重視の欠如(100点中最大30点を付与。5年以上の職務経験者は10点)。2つ目は欠勤率の高さ(2010年の協同組合員は8.8%、非協同組合員は3.4%、2012年はそれぞれ6.3%、1.0%。協同組合員の方が高い。また18歳から35歳で高かった)。3つ目は逆支配階層の生成と人的資源管理の対立(協同組合員の割合は1991年の86%から2007年には29.5%に急減。2006年にモンゲロス総支配人が解任され経営陣のリーダーシップが弱体化。厳しい人事政策の回避)、もうひとつは生産ラインへのテーラー主義的なマネジメント導入(協同組合主義の自律性と参加の価値観と矛盾する分業型・指示重視で労働者の参加意欲と仕事への満足度が低下)である。協同組合の「10の基本原則」を踏み外している。

モンドラゴン協組からの脱退―「協組間の相互扶助」の揺らぎ

 モンドラゴン協同組合からの脱退も、ふだん抑えられていた問題を明るみに出す。最近では2022年12月のオロナ協同組合(従業員5,500人、うち協同組合員は1,700人)とウルマ・グループ(同じく5,200人、2,800人)が話題となった。

 脱退理由はともに、モンドラゴン協同組合の中央からの管理や意思決定プロセスにもっと「自律性」を、である。この脱退により共助基金(利益の10%程度を拠出)から「解放」された(だが、モンドラゴン協同組合の労働者保険の継続や、モンドラゴン大学などとの協力関係は維持している)。脱退した両協同組合は、協同組合の「10の基本原則」に抵触している。

 モンドラゴン総会議長のペロ・ロドリゲス氏は“Mondragon Annual Report 2024で「売上高が112億ユーロを超え、従業員数は7万人を超え、6億3,200万ユーロという過去最高の利益を達成した。製造、金融、流通、知識の4つの分野は好調に推移し、協同組合モデルの有効性を実証している」と報告している。

 「創造し 所有せず、行動し 私物化せず、進歩し 支配せず」。これはモンドラゴン協同組合の創立者、ホセ・マリア・アリスメンディアリエタ神父のことばである。これからも協同組合の「10の基本原則」と照らし合わせ、課題を克服しながら、理念・「Humanity at Work」の実現へ向け歩を進めるものと思う。協同組合という「もう一つの働き方」の動向を見守りたい。

07:21

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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