日誌


2025/08/11

POLITICAL ECONOMY第292号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
金価格が高騰の背景にドル離れ
             経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 金の国際価格が史上最高値を更新し続けているが、最大の要因は新興国などの中央銀行が外貨準備のために買い増していることだ。背景にあるのはドルへの不安感、不信感の増大である。関税引き上げなどトランプ政権の政策はこの動きを加速させている。ドルよりも金保有という動きとなっている。

中央銀行が金を買い増し

 8月平均のロンドン市場の金価格は1トロイオンス(約31.1g)当たり3562.99ドルとなった。前月比で24.7ドル上昇している。金価格の上昇はこの2年特に著しい()。23年10月は1913ドルだったので、わずか2年で1.75倍になった。

 金高騰の背景にあるのが、各国中央銀行による積極的な金買いだ。World Gold Council(WGC)によると、22年1136トン、23年1037トン、24年1045トン(速報値)と3年連続で1000トンを超えた。2010年から19年までの10年間の平均が497トンなので2倍強となっている。ちなみに2018年には656トンになり、直近50年で最大の購入規模と話題になったほどだ。

 日本貴金属マーケット協会代表理事の池永雄一氏によると、中銀による金購入増の最初の契機は08年のリーマンショックという。同氏の『新興国の中央銀行が今、金を大量購入する理由。従来買っていた欧州勢と入れ替わるような動き』」(「東洋経済オンライン」)によると、リーマンショック以前、欧州の中銀は金売却を進めていたが、売却をやめ自国保有をするようになったという。

 10年代の中銀の買い手はロシア、カザフスタンなどの新興国だ。そして、22年のロシアによるウクライナ侵攻に対する経済制裁があり、米国が、米国内でロシアが保有する米国債を凍結する措置を行ったことで、米国債は「リスク資産」と認識され新興国の金買いが進んだという。

ドルから金に移し替え

 つまりこれらの新興国は、米国債を売り金に乗り換えたのだ。今、積極的に金購入を進めているのは、ロシア、中国、インド、ポーランド、カザフスタンなどである。

 金購入に特に積極的なのが中国。WGCによると22年末の金保有高は約1980トンだったが、23年は225トンと「同国のデータを確認できる1977年以降最高となった(日経新聞24年1月31日付け)。25年6月は約2298トンまで保有量を増やしている。

 他方で中国は米国債保有を減らしている。20年は1.1兆ドル保有残高があったが、25年6月では7564億ドルと3400億ドルも減らしている。このため2019年半ばまで最大の米国債保有国だったが、21年から24年前半に保有額を減らし第2位となり、さらに今年になってイギリスに抜かれ第3位に後退している。米国債から金に資金移動しているのだ。

 各国政府や中央銀行は、外国債券、金、預金などで外貨建ての資産である外貨準備を保有している。これは通貨危機などで外貨建ての債務の返済が困難になることに対し備えるためだ。為替介入の際にも使われる。中国やロシアだけでなく新興国は、外貨準備の資産をドルから金に移し替えていることになる。

ドル依存の日本は動かず

 では日本はどうなのか。日本の外貨準備高は米国債に片寄っている。米国債は5月で1兆1350億ドル(約166兆円)。前述したように世界で最も多い。2位は英国で8094億ドル、3位は中国7563億ドル。では金の保有はというと、財務省(25年3月)によると外貨は86.7%だが、金は6.7%と少ない。ちなみに各国の金保有量ランキングを見ると第1位は米国で8133トン。外貨準備に占める割合は78.6%と高い。第2位のドイツは3351トンで78%となっている。第8位のスイスまで1000トン台以上だ。

 日本は第10位で846トンである。外貨準備に占める割合も米国、ドイツ、イタリア、フランスはいずれも70%台だ。日本は保有量、比率とも断トツに少ないことになる。日本は、金価格の高騰にはまったく無縁ということになる。

 ポストトランプを見据えると世界はアメリカ一強体制が崩壊し多極化に向かうと見られる。アメリカが覇権国としての地位にあるものの十分機能せず、さりとて中国も力不足だけでなく今は覇権国になろうという意思もない。この空白の中で外貨準備はドルそれも米国債一辺倒を続けることは問題ないのか。分散化を進めることは必要な時期に来ているのではないだろうか。

08:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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