日誌


2025/07/30

POLITICAL ECONOMY第291号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
世界の戦争孤児事情と少子化が進む韓国の葛藤
             元東海大学教授 小野 豊和

 韓国の捨て子事情に関心を持っていたときに、NHK『BS世界のドキュメンタリー』「翻弄された子どもたち、欧州大戦孤児のその後」を見て、第二次世界大戦終結後の欧州の孤児事情を知り衝撃を受けた。瓦礫のなか大勢の子どもが彷徨っているのを見て、連合国が救済復興機関(UNRRA)を設立し、子どもたちが親族と再会できるよう支援したが、冷戦勃発後は、国力回復のために子どもたちを自国で保護し始める。戦争と国家によって人生を翻弄された孤児たちの悲劇を伝えていた。

 敗戦国ドイツを欧州戦勝国が分割統治し、そこで生まれた子どもたちの親探しのドキュメンタリーだったが、ソ連は国策によって孤児たちを本国に送りソ連化した。一方、ベルギー、フランスはどうかと言うと、敗戦国ドイツの女性を囲い込み、帰還兵と関係を持たせ強制的に子を産ませる政策をとった。欧州各国は軍人と民間人の戦死者が膨大で、ドイツが約700万人、ソ連が約2700万人、ポーランドが約600万人、フランスが約52万人、イギリスが約36万人という数字がある。ソ連の誘拐とも思えるやり方を不正と思ったが、民主主義を標榜するベルギー、フランスも同じような政策をとったことに驚いた。人口減少は長期的には国力を弱めることになり“国力回復のために子どもたちを自国で保護”とは建前で、敗戦国ドイツ人の女性に子ども生ませて自国民にした。ベルギーの例だが、ドイツの女性に産ませた子の戸籍を改ざんし本国の夫婦を里親として育てた。ドキュメンタリーは実親探しの旅だったが、別の番組「外国に“売られた”養子たち ~暴かれる偽りの構造~」では、国際養子のスウェーデン人が韓国にいる産みの親に会いたいと書類開示請求をしたところ、書類が偽造され実の親が署名していないことが発覚。子どもが取り引きされてきた闇の構造を訴えていた。

韓国の少子化の背景に男社会

 さて、合計特殊出生率が0.72(2023年)まで落ちた韓国では労働力不足を補うため外国人雇用許可制を導入している。日本が導入した技能実習生を参考に1997年に産業人研修制度を導入したが、送り出し国にブローカーが存在していて高額負債を抱えたまま韓国に入国、受け入れ企業における劣悪な労働環境による人権侵害等から失踪者が増え、その結果不法滞在者による犯罪が増加した。この反省から2004年に実習・研修という建前を改め、労働者として扱う、政府同士の二国間協定に基づく「労働許可制」に変更した。2024年は16万5千人の外国人雇用を目標に17カ国と協定を結び、農業、漁業、運輸、宿泊、さらに介護、家事にまで発展させて効果を上げている。基本は中小企業対象、かつ3D(Dirty,Dangerous,Difficult)職種に限っていて、新卒の補充ができる大企業は元々この制度を期待していない。

 ソウルの民族博物館に伝統的な韓国家族の展示があり、ガイドによと、昔の標準的な家族は大家族で、嫁の大事な仕事に4世代前までの法事の支度があった。年に10回ほどある法事における食事の準備などの負担、しかも男社会故、法事に嫁が参加できないことから近年になって親と同居しない核家族化が進んだとのこと。韓国の少子化の原因については、女性の教育水準が上昇した結果、女性たちの価値観が急激に変化し人生の中で結婚を選択しない傾向が強くなり、自分のための人生を追求したいという意識が高まってきている。女性の上昇志向が高いにも拘わらず男女の役割分担意識が強い社会で、仕事に加えて家事・育児の負担が女性に集中している。過度な競争社会で女性が生き抜くためには結婚や出産に対する不安が強い。経済活動が首都圏に集中し、住居費、教育費の高騰も若者の結婚・出産を妨げる一因となっている。一方、未婚の母に対する社会的偏見や経済的な困難が背景にあり“捨て子”が行われることで孤児が増加している。

欧米で里子として育った韓国の子どもの試練

 韓国における孤児救済の始まりは1950年に始まった朝鮮戦争の間に米国軍人との間に生まれた「ハーフ」の子どもや戦災孤児を米国に送ったのが始まりとされるが、やがて貧困やシングルマザーなど戦争と直接関係ない理由の国際養子が広まった。引き取り先も米国以外に欧州が加わり、20万人もの子供が海外に送られた歴史があり一時は「赤ん坊輸出大国」と国際社会から批判された。その養子たちがここ数年、祖国を訪れ生みの親を探そうとしている。労働力不足と捨て子の多さの矛盾は何故か疑問を持った。

 アメリカのコンサルタントによると、ソウルで捨てられていた子がアメリカ人夫婦の里子となり十分な教育を受けて育ったが、韓国語で育てられなかったため、米国内の韓国コミュニティーに入ることができない。また、ある里子は実の親を探すことができ韓国を訪れたがアメリカと同程度の給与を得られる仕事が無く、やっと出会った実親の世話を韓国内で行うことを諦め、仕送りすることにしたとのこと。

 若者の結婚が減る一方で、増大する孤児を労働力として育てることなく海外に送りだす韓国社会の矛盾の原点は何か…と考えさせられた。韓国は男社会で血筋を尊重することから中国で韓国語を話す韓族はルーツが同じとして受け入れるが、移民には慎重だ。韓国統計庁によると、2004年の韓国の人口約5,200万人が2072年には約3,600万人(30.8%減)と予測している。2024年の労働力人人口(15~64歳)3,633万人が、2050年には1,188万人少ない2,445万人に減少する見込み。2023年の合計特殊出生率は0.72まで下がり世界最低水準となっている。日本社会も似たような傾向があり、隣の国の出来事ではなく、少子化対策を真剣に考える時期に来ていると感じる。   


07:52

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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