日誌


2025/07/17

POLITICAL ECONOMY第290号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「賃金と物価の好循環」に楽観的な25年版経済財政白書
         NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
  
 政府は7月29日、「内外のリスクを乗り越え、賃上げを起点とした成長型経済の実現へ」とのタイトルを付けた25年度の『経済財政白書』を公表した。白書は冒頭、日本経済の現状について、「我が国経済は、2024 年には名目GDPが初めて 600 兆円を超えるとともに、2025 年の春季労使交渉における賃上げ率は、33 年ぶりの高さとなった 2024 年を更に上回る堅調な結果となるなど、近年にはない明るい動きが続いている」とその堅調ぶりを強調、「過去四半世紀にわたる賃金も物価も動かない凍りついた状況から脱し、成長型経済への移行を確実なものとすることができるか否かの試練に直面している」と当面の課題を指摘している。

「堅調な経済」を強調

 とくに成長型経済を支える推進力としての個人消費に着目、第2章で「賃金上昇の持続性と個人消費の回復に向けて」と題するテーマを取り上げ、持続的な賃金上昇が定着し、個人消費の回復がより力強いものとなるための課題について分析。「2024 年度の経済全体の平均的な名目賃金上昇率は 33 年ぶりの伸びとなり、賃上げの広がりも着実にみられつつある。これに対し、賃金が上昇したという実感を持つ人は、さほど増加しているわけではない」、「過去 30 年にはみられなかったレベルの賃上げが実現しているにもかかわらず、労働者側において、賃金が上昇している、あるいは上昇するだろうという実感は必ずしもみられない」とその乖離を問題視、「なぜ賃金上昇が実感されにくいのか」との項目を立てて、検証している。

 白書では日銀の「生活意識に関するアンケート調査」などを引用、現在の収入が1年前と比べて増えたと答えた人の割合は、2019年から2025 年にかけて、13.0%から 16.3%へと小幅な増加に止まり、1年後と現在の収入を比べて「増える」と答えた人の割合も、同期間で 10.2%から 11.1%と、ごくわずかな増加に過ぎず、「期待賃金上昇率も高まっていない」と分析。「賃上げのノルム(標準的相場観)の定着という意味では、労働者・家計サイドにおいて、賃金が継続的に増加しているという実感を持ち、将来的にも賃上げが持続するという予想が広く共有されることが極めて重要である」と強調している。

  さらに「賃上げを起点とした成長型経済」の課題に触れ、「2%の安定的な物価上昇と、これを安定的に上回る賃金上昇の早期の実現・定着が極めて重要であり、物価上昇を上回る賃上げを起点として、国民の所得と経済全体の生産性を向上させるべく、中小・小規模事業者の賃上げを促進するため、適切な価格転嫁や生産性向上、経営基盤を強化する事業承継・M&Aを後押しするなど、あらゆる施策を総動員する必要がある」と提言。

目を向けるべきは物価高騰という経済的事実
 
 白書では言及が少ないが、人々の間で賃金上昇の実感が乏しいのは賃上げ水準の低さに加え、一昨年から顕著になり始めているコメをはじめとする多様な商品の値上げの連続が家計を直撃し、厳しい生活実感が日常化していることにあるのではないか。

 「物価の基調や背景について、賃金の上昇、企業の価格転嫁、物価上昇の広がり、予想物価上昇率を含め様々な指標の動向を踏まえると、総じて、企業の価格・賃金設定行動には変容がみられ、人件費のウェイトが高いサービスにおける物価上昇の広がりもみられるなど、我が国経済においては、賃金と物価の好循環が回り始め、デフレ脱却に向けた歩みは着実に進んできたものと考えられる」との楽観的な見方を示しているが、一方で「家計による中期的な5年後の予想物価上昇率を『生活意識に関するアンケート調査』からみると、2010年代は、中央値2%程度で推移していたものが、今回の物価上昇局面においては、5%程度と水準がレベルシフトしている」と分析しているように、賃上げの勢いを打ち消すほどの物価高騰が続いているとの見方も挙げている。

 成長型経済という目標設定に目を奪われ、物価高騰による生活環境の激変に思いが至らないとすると、現に進行している経済環境の分析・政策提言を命題とする白書の役割に背を向けることにならないか。人々の関心が高い物価高騰という経済的事実にもっと目を向ける必要がある。     


09:02

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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