日誌


2025/07/04

POLITICAL ECONOMY第289号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
選挙のキャッチフレーズを考える
   課題は新たな社会的連帯の価値観の醸成

         季刊「言論空間」編集委員 武部 伸一

 2025年7月参議院選挙は、国民民主党、そして新興政党の参政党が大きく議席を伸ばした。国民民主党の選挙向けキャッチフレーズ(以下キャッチ)は前回衆院選に続き「手取りを増やす」、参政党のキャッチは「日本人ファースト」であった。

 特に参政党の「日本人ファースト」はSNSでの注目ワードとなり、その現象をマスコミでも取り上げる中で急速に今回選挙の「争点」に浮上した。

 「手取りを増やす」「日本人ファースト」について、政治主張としての評価はマスメディアでも、またネット上の様々な論考でも取り上げられている。今回の小論では選挙のキャッチフレーズの変遷から人々の「政治感情」について考えてみる。

「自民党をぶっ壊す」、「身を切る改革」・・・

 2000年以降まず自民党が大勝した選挙は、小泉首相の下で郵政民営化を掲げ大勝した2005年夏の衆議院選挙。自民党のスローガンは「改革をとめるな」であったが、今では忘れられているだろう。むしろ小泉首相自身が街頭で多用し、人々の心に刺さったキャッチは「自民党をぶっ壊す」だった。刺客選挙がマスコミで面白可笑しく報道され、連日連夜ひびき、このまったく矛盾した非論理的なキャッチの下で小泉自民党は大勝し、日本経済を新自由主義へと大きく進めた。

 2009年夏、民主党政権誕生の選挙スローガンは「政権交代。国民の生活が第一。」。民主党の勝利は、無駄な公共事業に象徴される自民党長期政権への圧倒的な不信からだった。それは多分に感情的なノーだったと思う。3年後、2012年12月総選挙での自民党のスローガンは「日本を、取り戻す」。やはり政策・スローガンが支持を得たというより、民主党政権から人心が離れたことによって、安部自民党は政権を取り戻した。

 注目は2010年以降、大阪維新・日本維新の会が一貫して「身を切る改革」を掲げて、大阪・関西では大きな支持を得ていることだ。身を切る改革の前提には、大阪(日本)では「既得権益層」が利権を漁っている、だから自ら身も切ることを恐れず改革をしようとの主張である。これは小泉の「抵抗勢力と戦う」アピールと同じく、仮想敵を作り人々のネガティブな感情を刺激しながら、自党への支持を訴える手法だ。

 小泉自民党、大阪維新、そして直近の国民民主党、参政党まで、政党のキャッチフレーズが人々の政治に対する「感情」(ネガティブ感情も含み)にはまった時、人々は大きく共感して当該の政党に投票、議席を与えてきたと言えるだろう。

社会的価値観としての人権の内実が問われる

 その時々に選挙結果を大きく左右する人々の政治的な感情、それは非理性的なものとして否定されるべきだろうか?

 人間は生きる限り喜怒哀楽の感情を抱く。人々の「政治的な感情の揺れ幅」も同じだろう。議会制民主主義である限り、有権者の政治感情は揺れ動き、投票結果に反映される。感情は否定して否定できるものではない。

 だが政治的感情が暴走した結果、破滅への道を辿ったのがナチスドイツ政権だったことを想起する。ヒトラーはワイマール憲法下の正当な選挙で政権を奪取した。議会制民主主義はその危うさを抱えているのだ。

 では、政治感情の暴走を食い止めるものは何だろうか? 今、日本人の大多数は「戦争は絶対にしてはいけない」と考えているだろう。しかし戦前はそうではなかった。大多数の日本人は皇軍の勝利を望んでいたのだ。300万人の軍人・民間人の死と敗戦という結果を受けて、「戦争はもう嫌だ」との強烈な感情から「戦争だけはダメ」との日本人の価値観が育ったと言えないか。(3000万人のアジア民衆の死に目が向いていないとはいえ)日本人多数の「非戦」価値観と平和憲法の下、日本はまがりなりにも直接の戦争に参加せずにすんでいる。

 感情は揺れ動いても、社会の多数が心に据えた価値観は長く維持されるように感じる。

 そしてまた社会的価値観は育てることも出来る。「人権」も大日本帝国憲法下の日本では確立されえない概念だった。今の社会で人権尊重について反対する人は少ないだろう。

 問題は社会的価値観としての人権の内実だ。「日本人ファースト」の背景にある差別排外主義を許容する風潮は一朝一夕にできたものではない。おそらくここ10年20年、それは社会の中で徐々に形成された。差別排外主義に共感する政治感情を(それは人々の?奪感と不安感が基礎だ)異なる水路へ導くため、「人権」のアップデート、新たな社会的連帯の価値観をどう育てるかが課題なのだと思う。

 国民民主党、参政党の主張が人々の共感を得て、支持を急伸させたフィールドは「ネット空間」にある。様々な問題がありつつSNSも現代の「言論空間」であることは避けられない現実なのだ。ネット「言論空間」で反差別排外主義、社会的連帯を掲げる幅の広い人々のつながりが求められている。我々の価値観を育てるために。


17:22

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

第45回研究会
「トランプ関税でどうなる欧州経済」

講師:田中素香氏(東北大学名誉教授)
日時:10月25日(土)
14時~17時

場所:専修大学神田校舎1号館4階ゼミ42教室(東京メトロ半蔵門線、都営地下鉄・新宿線、三田線神保町駅 出口A 2下車徒歩3分)
資料代:1000円


 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告