日誌


2025/07/03

POLITICAL ECONOMY第288号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
多極化世界への移行を促す米国第一主義
          横浜アクションリサーチ 金子 文夫 

 トランプ政権の米国第一主義によって国際秩序は大きく変容しつつある。西側主要国を結集したG7では米国と他の6カ国との間に亀裂が生まれる方、中国・ロシア陣営はグローバルサウスを糾合してBRICSを拡大している。米国第一主義は経済面では国際機構から米国を離脱させる一方、軍事面では国家間連携を維持しつつ、軍事負担の肩代わり、世界的軍拡を進めている。

グローバルサウスをBRICSに追いやるトランプ政権

 6月のG7カナナスキス・サミットは、ウクライナ支援、ロシア非難を打ち出したい6カ国と抵抗する米国との不一致が露呈し、しかもトランプは会議途中で帰国してしまい、首脳宣言を発出できなかった。分野別の共同声明が採択されたとはいえ、G7の結束力の低下が明白となった。

 G7に対抗する中ロは、グローバルサウスの有力国を集め、BRICSの拡大を推進している。設立当初のインド、ブラジルを含む4カ国から10カ国へと加盟国を増やし、さらに周辺にパートナー国を集めている。新たに参加するグローバルサウス諸国は、反米色を薄め、米中両極の中間に位置取りする思惑をもつが、7月のBRICSリオデジャネイロ・サミットでは、ウクライナのロシア市民攻撃を非難するロシア寄りの首脳宣言を採択した。

 トランプ政権はG7で孤立するとともに、関税政策の圧力でグローバルサウスをBRICS側に押しやっている。最近BRICSに加盟したインドネシアは、G7サミットに招待されたにもかかわらず、それに参加せず、同じ時期にロシアで開かれた国際経済会議(ロシアのダボス会議)に出席した。BRICSはドルに依存しない通貨・決済圏創出を目指しているためトランプはBRICSを敵視し、「反米政策」に同調する国には10%の追加関税を課すと威圧している。

 今後注目すべきはG20の動向だ。G7とBRICSの主要国が参加するG20サミットは、今年の議長国が南アフリカであるためBRICS寄りの運営がなされると予想されるが、来年の議長国は米国であり、どのような内容になるか見当もつかない。

米の国際経済機構離脱で自由貿易システム再編へ

 トランプ関税は経済グローバル化を推進してきたWTO体制の否定であり、自由貿易システムは再編を迫られている。米国抜きの国際システム構築を意図するEUは、すでに米国抜きで運営されてきたCPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定、12カ国)との連携を提起、合わせて南米、中東、アフリカ諸国との関係を強め、WTOに代わる国際貿易機関の創出を模索している。一方、CPTPP加盟の意向を表明している中国は、ASEAN、さらに中東との連携を強化すべく、5月に中国・ASEAN・GCC首脳会議を開いた。こうした連携の動きに米国がどう対応するかは明らかでなく、新たな国際経済秩序の定着には時間を要するだろう。

 米国第一主義は開発援助体制にも大きな影響を与えた。OECD開発援助委員会主導のODAシステムはSDGsを支える重要な役割を果たし、米国は長年ODAの最大供給国の地位にあったが、トランプ政権は米国際開発庁(USAID)を解体し、ODA予算を大幅に削減した。これによって世界で人道上の危機が高まり、今後5年間で1400万人以上の死者が出ると予測されている。また米国は6月末にセビリアで開催された第4回国連開発資金国際会議でも開発資金創出の積極策に抵抗したあげく、途中で会議から離脱した。

 国際課税ルールの策定でも米国の妨害が顕著だ。グローバル・デジタル経済に対応した国際課税制度を目指し、OECDとG20はBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを推進してきた。2021年、2本柱(デジタル課税、グローバル・ミニマム法人税)の新ルールが140カ国によって合意された。しかしデジタル課税の多国間条約は米国が拒否したため成立せず、各国は国ごとのデジタルサービス税導入に動くが、米国は報復関税の脅しをかけ阻止する構えだ。グローバル・ミニマム法人税は、国ごとに実施に移りつつあるが、米国はこれに対しても米国企業に課税した場合には報復すると宣言している。また、より包括的なルール形成を目指す国連の国際租税協力枠組条約交渉からも、米国は早々に離脱している。

米国主導で進む軍拡

 軍事機構では米国は1国主義をとらず、多国間連携を維持しながら米国の負担を各国に肩代わりさせる作戦に出ている。ウクライナ戦争を契機に軍拡に進むNATOは、6月の首脳会議で米国の要請を受け入れ、軍事費をGDP比5%(インフラ整備等1.5%を含む)に引き上げる目標に合意した。米国は戦力を欧州からアジアにシフトさせる方針であり、イギリスとフランスは核兵器の運用で連携をとる方向に踏み出した。

 アジア太平洋では、AUKUS(米英豪)をはじめ、米国を軸に日本、韓国、フィリピン、オーストラリア等との複数国間軍事連携の枠組みを保ち、対中国包囲網を強化しながら、そのなかで各国に軍事費の増大を迫っている。日本には軍事費のGDP比2%への引き上げを受け入れさせ、さらにそれ以上への引き上げの圧力をかけている。

 米国自体も2026会計年度に1兆ドルを上回る空前の予算(前年度比13%増)を計上し、対抗して中国もロシアも軍備を一段と増強、世界的に大軍拡の時代を迎えつつある。世界の軍事産業は肥大化し、各地に軍事紛争が激発することになるかもしれない。

 米国第一主義は多極化世界への移行を促しているが、その過程では国際秩序は不安定にならざるをえない。国連機能を強化し、公正な経済連携、軍縮の流れを作ることが求められる。


12:19

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

第45回研究会
「トランプ関税でどうなる欧州経済」

講師:田中素香氏(東北大学名誉教授)
日時:10月25日(土)
14時~17時

場所:専修大学神田校舎1号館4階ゼミ42教室(東京メトロ半蔵門線、都営地下鉄・新宿線、三田線神保町駅 出口A 2下車徒歩3分)
資料代:1000円


 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告