日誌


2026/01/01

POLITICAL ECONOMY第302号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
高市政権の下で失敗が許されなくなったラピダス
                                  経済ジャーナリスト 蜂谷隆

 「国主導」による「強い経済」は、高市早苗首相の独自政策ではない。経産省は2021年に「経済産業政策の新機軸」という形でまとめ、その第一歩として最先端半導体の国産化を担うラピダスを設立した。ラピダスは27年度に量産化を目指しているが、「国主導」というよりも「国策会社」だ。事業が失敗した場合のリスクは、最終的にすべて国が負う構造になっている。高市首相の経済政策は、この経産省の新機軸に沿ったものである。問題はラピダスが本当に成功するのかという点にある。ラピダスは政権の命運を左右する存在であり、失敗は許されない。そのため、赤字が続いても、目標時期を先延ばししながら事業を継続する可能性がある。

いきなり最先端に挑戦

 ラピダスは、北海道千歳市で世界最先端の回路線幅2ナノ(ナノは10億分の1)メートルの半導体の量産を目指し、2022年8月に設立された。国はこれまでに1兆7200億円を投入、さらに26、27年度に1兆円追加投資することを決めている。27年度に量産化させるためだが、その後も31年度までに7兆円を超える追加投資が必要となり、合計で10兆円となるという大プロジェクトだ。

 ところが民間企業からの出資はわずか73億円。いくらなんでも少なすぎるというので3月までに民間企業から1300億円程度の出資を確保するとしている。2月4日付「日本経済新聞」によると、1600億円超になる見込みという。当初の出資会社であったトヨタ、NTT、ソフトバンクなど8社が追加出資するだけでなく、他の有力企業、金融機関30社以上が株主となる。資金調達の多様化のためとされるが、25年12月12日付け「日本経済新聞」には「奉加帳方式」に対する批判と「まるで町内会費だ」という出資企業のぼやきが掲載されている。

 しかし、よく考えるとこの話すごくおかしい。最終的に民間資金を1兆円集めるというが、本当に達成できるのか疑問だが、もし達成しても国はその9倍の9兆円を出すのだ。企業は637兆円(2024年度末)の内部留保を溜め込んでいる。なぜGDPの2倍を超える債務残高を抱える国が9兆円も出すのに、民間企業はその10分の1程度の出資しかしないのか。トヨタの内部留保は約36兆円、NTTは10兆円を超えると言われている。トヨタが2兆円、NTTは1兆円出してもおかしくないのだが、そんな話はない。

 理由は「失敗のリスク」だ。民間企業が尻込みするのはこの「失敗のリスク」なのだ。経産省に言われればある程度出資するが、できるだけ少なくしたいというのが民間企業の本音なのだろう。

「無謀な投資」に引く企業

 投資にはリスクがつきものだ。100%成功する投資はあり得ない。とはいえ無謀な投資はしない。ラピダスは限りなく「無謀な投資」に近い。

 その理由の一つは、いきなりコンピューターの頭脳にあたるロジック半導体で、世界の最先端である2ナノの量産を目指している点にある。ロジック半導体は、メモリーに強い日本のメーカーが過去に挑戦したが失敗、撤退を余儀なくされた分野である。しかも2ナノは世界トップの台湾のTSMCですら、ようやく量産化にこぎつけたばかりの最先端技術である。現在の世界のトップ水準は5~7ナノであり、10ナノ以下ならトップグループに入ると評価される。

 ところが日本の半導体の技術水準は40ナノを切っていない。国体レベルの選手が、いきなりオリンピックで金メダルを狙うと言っているようなものだ。明らかに背伸びをしている。そこにはかつて日本の半導体は世界のトップだったという自尊心が見え隠れする。

 二つ目は、大口ユーザーを確保していないことである。ラピダスは半導体チップの設計を行う企業(ファブレス)から依頼を受けて生産する受託製造会社(ファンドリー)である。半導体投資の成否は、技術だけではなく大口ユーザーの確保にかかっている。というのは、半導体産業は典型的な装置産業で、「最初から大量に買ってくれる顧客」がいないと成立しないからだ。しかも陳腐化が早く5-7年で次世代投資が必要となる。

 ところがラピダスは有力な大口顧客のメドも立てないまま始めてしまった。確かに世界にはファンドリー最大手のTSMCに対抗する半導体メーカーの出現を望む声はある。ということで顧客開拓は進めているのだが、いまのところ小口ユーザーが多いという。TSMCにはAppleが大量発注する。TSMCは、ユーザーのどんなムリな注文にも応ずる技術力があるというから恐れ入る。だからダントツのトップを維持できるのだろう。

 ラピダスは昨年7月に2ナノの半導体の試作に成功している。次は量産化ができるかどうかだが、これが結構難しい。80%程度まで歩留まりを上げないと利益を出せない。量産化のメドがついたとして、次のハードルは前述したように大口ユーザーを獲得できるかどうかである。

国のリスク負担は高まる

 ラピダスは高市政権の「強い経済」の象徴となり始めている。そうなるとラピダスは失敗が許されないので、赤字が続いても国がさらに出資をすることになりかねない。成功したら「国主導」の成功例として持ち上げられ、次の国策事業を創り出すだろう。いずれにしても民間企業の国に対する依存心は強まるのではないか。

 民間企業が巨額の内部留保を抱え、国の財政が行き詰まりを見せている時に、100%リスクは国が取る投資のやり方はどう考えてもおかしい。企業の巨額の内部留保を引き出す仕組みを考えるべきだ。


10:20

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

第47回研究会
「米中覇権争いとトランプの米中
“G2”構想の意味」

講師:平川均氏(国          士舘大学客員教           授・名古屋大学名誉教授)

日時:月6日(土)
   14時~17

場所:専修大学神田校
舎1号館12階社会科
学研究所会議室地下鉄
神保町駅A2出口、徒歩
約3分

資料代:1000円
オンライン参加ご希望の方は「オンライン研究会参加方法を参照の上お申し込みください。
 

これまでの研究会

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)


第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)

第45回研究会(2025年10月25日)「トランプ関税でどうなる欧州経済」(東北大学名誉教授 田中素香氏)

第46回研究会(2026年1月24日)「高市経済政策は何を目指しているのか!」(立命館大学経済学部教授 松尾匡氏)


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