日誌


2025/12/15

POLITICAL ECONOMY第301号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
幕末のフランス人上陸でキリスト教宣教が再スタート
~九州の視点からの考察~(後編)    
             元東海大学教授 小野 豊和

 フランス革命後の混乱期を経て、フランスではカトリック信仰復興の気運が高まり、修道会に属さない教区司祭がパリ外国宣教会を設立すると、ローマ教皇庁が日本での再宣教を委託した(1838年)。パリ外国宣教会の日本宣教の使命は「宣教地を開拓して教会を建設し、邦人司祭を養成してこれに託し、新たな新開地へ行く」。日仏修好通商条約締結後の1860年にルイ・フューレ神父らが来日し長崎で大浦天主堂を建設、これが潜伏キリシタン発見につながり、日本のカトリック復興の道を切り開いた。

 時代を遡るが、大航海時代、ヨーロッパの地図にAMACUSAと記されていた。天草ではザビエル宣教以降、2代目のトルレス神父によって早い時期から多くの信徒が生まれた。イエズス会員ヴァリニャーノ神父の発案でキリシタン大名となった大友義鎮・大村純忠・有馬晴信らの名代として、有馬セミナリオ(小神学校)の4人の少年(伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアン)を1582年に天正遣欧少年使節としてローマに派遣した。ポルトガル、スペインで歓迎され、ローマ教皇に謁見した。ヨーロッパの新しい知識を身につけ1590年に帰国。持ち込んだグーテンベルグ印刷機によって聖書だけでなく『天草本伊曾保物語』等が出版されるなど、天草、島原で南蛮文化が花開いた。

 一方、指導者を失った潜伏キリシタンたちは、長崎周辺(浦上、長崎港外の島々、外海)、平戸、生月島などで250年間信仰生活を守ってきた。五島藩が荒地開拓のための農民移民を大村藩に要請した頃(1797年)、外海には約3000人の潜伏キリシタンがいた。開国したとはいえ、まだ禁教令下で行動が制限されていたが、フランス人神父たちは危険を顧みず、山間の外海、五島の島々に出向き支援を行った。

 1873(明治6)年、キリシタン禁制の高札が撤去されると、外海地区担当のド・ロ神父が山間に畑を開墾し併せて授産場を設けた。ド・ロ神父は父親がフランス貴族の血を引く農業経営者で、農業・土木だけでなく印刷・医学の知識も持っていた。赤痢・天然痘が流行すると、浦上四番崩れで生き残った信徒たちを迎え、松永マキ等を看護婦として育成し「十字会」(後のお告げのマリア修道会)の基礎を築いた。出津救助院を建設し、2階は未亡人の貧困女性50数名の共同生活の場、1階は仕事場として日本初のマカロニ、そうめんの生産、また小麦、イチゴ、トマト、落花生等を栽培し長崎外国人居留地で販売した。さらに出津救助院に診療所と薬局を開き日本人医師に西洋医学を指導した。

女子修道会の来日で広がる医療・福祉・教育

 プチジャン神父はローマへの信徒発見の報告に併せて、パリで指導していた女子修道会に日本派遣を要請した。そして、信愛女学院のショファイユの幼きイエズス修道会は神戸に(1877年)上陸、1889年に熊本に来て孤児のための天使園を始めた。マリアの宣教者フランシスコ修道会は熊本に来て(1897年)、ハンセン病治療の療養施設「待老院」を建てる。白百合学園のシャルトルの聖パウロ修道女会は1877(明治9)年に函館に上陸し1900年に九州熊本の八代に来て社会福祉施設(八代ナザレ園)を建て、2025年に125周年を迎えた。サンモール会(現幼きイエス会)にも声を掛け、1872年に神奈川(横浜)に上陸し、教育と社会福祉に力を入れ、1925年九州福岡に双葉幼稚園を設立、現在の福岡雙葉学園につながっている。

 バチカンの指導の下、1891(明治24)年、日本全国に司教区制を導入し、東京大司教区、函館司教区、大阪司教区、長崎司教区が誕生した。1926(昭和元)年、函館司教区司祭の早坂久之助神父を日本人初の司教に任命、1928(昭和3)年1月16日、長崎司教に着座した。そして長崎教区(九州全体)を3分割し、?長崎教区(長崎市内)を邦人司祭に、?福岡教区(福岡、佐賀、熊本、大分、宮崎の5県)をパリ外国宣教会に、翌年、宮崎と大分を分離しサレジオ会(1925年に来日)に託した。そして?鹿児島教区(鹿児島県)をカナダのフランシスコ会に託すことで今日に至るカトリック教会の組織の原型ができた。

「イタリア&天草新しい友情プロジェト」スタート

 2025年9月、ローマに近いルッカ区司教一行が大航海時代の地図に書かれたAMACUSAを訪問。潜伏キリシタンの末裔で漫画家の高濱寛氏が、天草四郎の物語をイタリアで出版した。2024年にルッカ教区で開催された漫画シンポジウムでの高濱氏の講演を機に「天草&イタリア新しい友情プロジェクト」()がスタート、インバウンドを含めた「福音への道」が動き出したのである。(おわり

15:19

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

第47回研究会
「米中覇権争いとトランプの米中
“G2”構想の意味」

講師:平川均氏(国          士舘大学客員教           授・名古屋大学名誉教授)

日時:月6日(土)
   14時~17

場所:専修大学神田校
舎1号館12階社会科
学研究所会議室地下鉄
神保町駅A2出口、徒歩
約3分

資料代:1000円
オンライン参加ご希望の方は「オンライン研究会参加方法を参照の上お申し込みください。
 

これまでの研究会

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)


第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)

第45回研究会(2025年10月25日)「トランプ関税でどうなる欧州経済」(東北大学名誉教授 田中素香氏)

第46回研究会(2026年1月24日)「高市経済政策は何を目指しているのか!」(立命館大学経済学部教授 松尾匡氏)


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