日誌


2025/12/03

POLITICAL ECONOMY第300号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
幕末のフランス人上陸でキリスト教宣教が再スタート
~九州の視点からの考察~(前編)    
             元東海大学教授 小野 豊和

 日本が戦国時代を迎える頃、世界は大航海時代を迎え、スペインはアメリカ大陸経由フィリピンに到達。一方、ポルトガルはアフリカ喜望峰を回ってインドに到達した。1534年にカトリック修道会のイエズス会が設立され、ポルトガルの協力を得て、創立者の一人フランシスコ・ザビエルがアジアに向かった。マラッカでヤジロウと出会い、日本への布教を決意した。1549年8月15日に鹿児島に上陸し100人余の信徒を得る。ポルトガル船で平戸に行くと南蛮貿易を進めたい領主の松浦隆信に歓迎され、平戸をキリスト教布教の拠点とした。

ザビエルの布教で根を張る

 ザビエルは天皇の全国布教許可を得るため京に上るが、応仁の乱で天皇の権威が失墜していたため平戸に戻る。その後来日したトルレス神父から洗礼を授けた大村領主の大村純忠が日本初のキリシタン大名となり、トルレス神父らの努力で島原の有馬藩、天草などで信徒が増やした。織田信長から布教許可を得たルイス・フロイス神父によって畿内での布教が始まり高山右近、小西行長、黒田官兵衛など有力武将が洗礼を受けた。その後、大内義隆(山口)、大友宗麟(豊後)に歓迎され、さらに多くの信徒を得た。

 ザビエルの日本滞在は2年3カ月。インドのゴアに戻って中国本土への上陸を目指すが上海を目前に病死した。幕府は南蛮貿易を進めるためキリスト教に対して保護政策を取っていたが、大名へのキリシタンの広がりを恐れた秀吉が、前触れなく「伴天連追放令(1587年)」を出し、キリスト教信仰を禁止した。1596年にスペイン船サン・フェリペ号が土佐に漂着した際、積み荷の没収を恐れた乗組員が「スペインは世界の強国で宣教師を送って信徒を増やし、その国を征服する」と話したこが秀吉に伝わると、京都の宣教師や信徒を捕まえ、1597年2月5日に長崎で26人を処刑した(後に日本26聖人に列聖)。

 徳川幕府になっても新たに禁教令(1613年)を発布し、キリスト教の信仰を禁止し宣教師の追放と教会の破壊を命じた。幕府はキリスト教を「神仏を惑わす邪宗」とみなし、島原の乱(1637-1638年)後の弾圧強化を経て、ポルトガル船の来航禁止(1639年)、さらに「踏み絵」などによる信徒の摘発と密航する宣教師や信徒の迫害が続く。指導者を失うことになったキリシタンたちは「7代経つと宣教師がやってくる」との予言を心の支えにして生きぬく。

250年後、予言通り宣教師の再来日が実現

 ペリー来航で開国(1858年)したが、キリスト教徒迫害を続ける幕府は、欧米諸国の圧力に屈して同年米英蘭露仏5か国との修好通商条約を締結した。その結果、5か国のために神奈川(横浜)・長崎・新潟・兵庫(神戸)・函館の港を開き、外国人居留地を設けた。長崎の居留地にパリ外国宣教会がフランス人のための教会「大浦天主堂」を建て、そこに浦上の潜伏キリシタンたちが訪問(1865年3月7日)し、「サンタマリア様だ…」と感激した。250年前にキリシタン迫害で指導者を失うが、予言通り宣教師の再来日が実現した。
 
 パリ外国宣教会のプチジャン神父がローマに“信徒発見”と報告し世界を驚かせた。浦上の潜伏キリシタンたちは、それまで仏教徒のしきたりに合わせて生活していたが、プチ
ジャン神父に出会った感激の余り、仏式の葬儀を怠ったことでキリシタ
ンであることが発覚し捕縛、投獄された。幕府の禁教令が続いていたためで、特に長崎奉行は「踏み絵」「懸賞訴人制度」「五人組連座の制」さらに「寺請制度」「宗門人別改制度」など徹底的な取り締まりを行った。浦上四番崩れの悲劇の始まりで、1874(明治6)年の禁教令廃止まで悲劇が続いた。捕縛された浦上の信徒は3,394人。西日本各地に流配され613人が亡くなった(図参照)。(つづく



11:30

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

第47回研究会
「米中覇権争いとトランプの米中
“G2”構想の意味」

講師:平川均氏(国          士舘大学客員教           授・名古屋大学名誉教授)

日時:月6日(土)
   14時~17

場所:専修大学神田校
舎1号館12階社会科
学研究所会議室地下鉄
神保町駅A2出口、徒歩
約3分

資料代:1000円
オンライン参加ご希望の方は「オンライン研究会参加方法を参照の上お申し込みください。
 

これまでの研究会

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)


第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)

第45回研究会(2025年10月25日)「トランプ関税でどうなる欧州経済」(東北大学名誉教授 田中素香氏)

第46回研究会(2026年1月24日)「高市経済政策は何を目指しているのか!」(立命館大学経済学部教授 松尾匡氏)


これまでの研究会報告