日誌


2025/09/29

POLITICAL ECONOMY第295号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
アメリカ・ファーストの源流に“いらいらした愛国心” 
             金融取引法研究者 笠原 一郎
 
 昨年、アメリカ・ファーストを掲げ、波乱の中で大統領に再び返り咲いたドナルド・トランプが打ち出した「トランプ関税」-これまで利害が異なる各国が築き上げてきた貿易秩序を破壊しかねない、唯我独尊とも思われる行い-には、日本に限らず世界中が振り回されているように見える。一方で、トランプが少なからぬアメリカ国民からの熱狂的ともいえる支持を受けていることも、また事実であろう。

自分たちが作ってきたことが国をまとめるもの

 このようなトランプに熱狂するアメリカの民衆の心の底に流れているものは何か、その手掛かりの一つとして、30年近く前の政治学者 故高坂正堯(1)氏の教示がある。まず、高坂は代表的なアメリカ研究者であるトックビルの言葉を用いて「愛国心の核となる慣習、追憶を持たない人工国家たるアメリカの“いらいらした愛国心”、…… 自分たちが作ってきたこと、作っていること以外にアメリカを国としてまとめるものがなく、アメリカへの批判に対しては、……攻撃されているものは彼の国ばかりでなく、彼自身でもあるからなのである」との見方を示す。

 さらに高坂は、1914年パナマ運河の開通において米英間で取り決められた通航税についてアメリカが行った理不尽な決定に対して、時のイギリス大使プライスが外務官僚(後の総理大臣)幣原喜重郎に語った言葉を紹介している。プライスは「……戦争をする腹がなくて、抗議ばかり続けて、何の役に立ちましょうか」として、アメリカに対しパナマ運河に関する国際法の論文のような、長くて決して感情の混じっていない文書を送り、打ち止めとした。

 そして大使は「アメリカ人の歴史を見ると、外国に対して相当不正と行為を犯した例はある。しかし、その不正は、外国からの抗議とか請求とかによらず、アメリカ人自身の発意でそれを矯正している。これはアメリカの歴史が証明している。われわれは黙ってその時期の来るのを待つべきである」と語った。高坂は、このプライスの言葉を受け、「実際にはアメリカは自ら反省するのが本筋なのだが、そればかりに頼るわけにもいかない。……とくにアメリカは-現在の日本にも似て、いやそれ以上に-変わったところがあって、ヨーロッパの人々は長い時間をかけて、そのことを経験し、考えさせられてきた。そんな彼らのやり方、粘り、冷静さ、そしてどこでホコをおさめるのかを学び、考えること」が我々には必要と結んでいる。

 もうひとつ、トランプを生み出したアメリカの選挙、その報道をみると、共和党・民主党を問わず、推薦人による熱いキーノート・スピーチに支持者たちは歓喜し、立候補者はこれにこたえる形で熱弁をふるい、集まった多くの者はさらに狂喜し、集団的熱狂ともいえる姿が映じられる。わたしは、このような姿に自由で明るいフロンティア精神の国とイメージとの違和感を持ち続けていた。分断アメリカの熱狂、熱病とも思われる独善の根底について、キリスト教研究者 森本あんり(2) 氏は「若い移民の国、アメリカの生い立ち、厳格なピューリタンたちが「旧いイングランド」を脱し、神との新しい契約のもとで「新しいイングランド」を創設すべく、これから偉大な実験の旅に出ようとした国である」との底流を示したうえで、これらの行動は「信仰復興(リバイバル)であり……それは、ピューリタン社会の知的土壌の上に開花し、以後繰り返しアメリカ史にあらわれる、いわば周期的な熱病のようなものである」との見方を示す。

「自分たちが理想としているものは正しい」

 さらに、欧州政治研究者である君塚直隆(3)氏からは「東部13州から始まったアメリカが、先住民を周辺へと追いやりながら西漸活動を続け、ついには太平洋へと到達し・・・・・(この)ピューリタン的な価値観が及ぶ範囲を拡大させていくという活動」をとおして「自分たちが理想としているものは正しい」という社会的土壌があることを指摘している。

 このような独自の土壌をもったアメリカには、歴史的に見ても世界情勢に対する姿勢への振れ幅の大きさの指摘(4)がなされている。第5代大統領モンローが掲げた孤立主義、第一次大戦前後のアンチグローバル姿勢、国際連盟への加入不批准、一転、第2次大戦後、1950年代の国を挙げての集団パニックとも思える赤狩り、そして、民主主義の守護・世界の警察官を自認して、対ソ連の共同防衛網たるNATOを組成、朝鮮戦争・ベトナム戦争を主導し、民主主義の守護・世界の警察官を自認してきたかと思えば、アメリカ自国の利益しか考えないようにしか見えないトランプを出現させたのではないか、とも感じる。

 それはまさしく「(アメリカが)自分たちの理想を実現するために極端な行動をとる傾向……孤立主義と介入主義の両端に触れがちなのも、理想の実現をめぐっていつも両端に振れ動いている」、“いらいらした愛国心”を源流に持つ民衆の国であるとの視座を持ってすれば、“アメリカ・ファースト”、そして、己の価値観を押し付としか見えない“予測不能のトランプ”への多くの民衆の熱狂に、多少なりとも合点がつくのかもしれない。

(1)  高坂正堯『世界史の中から考える』新潮選書(1996)83-85頁参照
(2)  森本あんり『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』新
     潮選書(2015)21頁、56頁 参照
(3 ) 岡本隆司・君塚直隆『帝国で読み解く近現代史』中公新書ラクレ
  (2024)205頁 参照
(4)  岡本ほか(2024)・前掲注3)207頁


11:01

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告