先進国でトップのエンゲル係数
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
総務省が2月7日に発表した2024年の家計調査で2人以上の世帯が使ったお金のうち食費の割合を示す「エンゲル係数」は28.3%を記録、1981年(28.8%)以来、43年ぶりの高水準となった。このニュースを聞いて、「エッ」と思った人が多かったのではないか。1970年代の高度成長期を経て、世界有数の経済大国に成長した日本で貧しい国の指標とされるエンゲル係数の高さが話題になるとは驚きだ。
30%を超える低所得者層
同調査によると、24年の2人以上世帯の消費支出は1世帯当たり1ヶ月平均、30万243円で前年に比べ実質で1.1%減少。消費支出の内訳を「交通・通信」、「光熱・水道」、「教養娯楽」などの10大費目別にみると、「食料」は、89,936円(贈答品を含む)で、名目3.9%の増加、実質0.4%の減少となり、「エンゲル係数」は前年の27.8%から0.5ポイント上昇して28%台に載せた。「野菜・海藻」、「果物」などが実質減少となった一方、「外食」、「穀類」などが実質増加となっている。
日本のエンゲル係数の推移を見ると、1970-80年代以降、国民所得の高まりと平行して低下傾向が続き、2000年代初めまで20-21%の水準で安定していたが、2015年から23%台に上昇、コロナ禍の2020-21年に26%前後に高まり、今回28%を超えた。統計手法が異なり、食文化の違いがあるので先進国との比較は参考数字にとどまるが、22-23年水準で見るとイタリア25.7%、フランス24.5%、イギリス22.3%、ドイツ18.9%、米16.4%など。各国ともコロナ禍で巣ごもり消費が堅調だったためエンゲル係数が上昇したが、その後低下傾向を示している。しかし、日本はこうした傾向とは逆に上昇ピッチを上げ、先進国でトップ。
では日本だけが貧しくなっているのか?
識者などの分析によると、 数値の上昇は食料品価格の高騰、収入の低迷、食生活の変化が大きな要因だという。消費者物価指数でみると食料(生鮮食品を除く)は24年はじめごろから連続して上昇率が高まっており、米類価格の高い伸び、日配品・外食の値上げ、円安の影響などが家計の食費支出の上昇を招いたことは確かだ。
一方、賃上げは物価高騰に追い付いていないようだ。物価変動の影響を差し引いた1人当たりの実質賃金は24年に0.2%減と3年連続でマイナス。年金生活者の実質手取りもマクロ経済スライドの導入で、年金の給付水準が緩やかな上昇に抑えられている。一般に可処分所得が上がると食料費の割合が低下するためエンゲル係数は低くなるが、日本の場合は実質賃金の減少が続き、家計はゆとりがない状態にあると推定される。
このほか、エンゲル係数上昇の構造的な要因として女性の社会進出、高齢化、共働き世帯、単身低所得世帯の増加という人口・家族構成の変化が指摘されている。食費が割高になりがちなひとり暮らし高齢世帯、調理済みの総菜や弁当などを購入して食べる中食や外食の頻度が増える共働き家庭が増えれば食費への支出が増加する。年収1000万-1250万円世帯のエンゲル係数は25.5%だが、年収200万円未満の世帯は33.7%との調査にもあるように、低所得世帯が増えればその分、エンゲル係数の上昇を加速することになる。
「相対的な貧しさが広がっている」
こうしたエンゲル係数の上昇要因を考えると、日本経済を襲った「失われた20年、30年」の帰結も再吟味が必要だ。この「失われた00年」の結果、日本の経済的地位は世界第二の経済大国からずり落ち、2000年に世界2位だった一人当たり名目GDPも韓国、台湾に抜かれ、24年時点で39位に転落。G7の中で最下位に低迷する。
身近な生活水準でも、24年の生活保護申請件数は25万5897件で過去12年間で最多となり、生活保護利用世帯は165万2199世帯に上る。各種世論調査でも「節約志向の高まり」が報告されており、昨年12月の日銀生活意識アンケート調査では「一年前に比べ暮らしにゆとりがなくなってきた」と答えた人が57.1%に達した。
エンゲル係数の上昇について、「生活苦の拡大というよりは、先進国で起こっている共通の社会の構造変化」(社会実情データ図録)との見方もあるが、ここ数年の動きから言えば社会の構造的変化と共に、「相対的な貧しさが広がっている」というのが生活実感ではないか。とくに近年、エンゲル係数が上昇幅を広げていることに注意が必要だ。