現実はドラマより残酷か
まちかどウォッチャー 金田 麗子
ゴールデンタイムのドラマの最終回、決意したヒロイン役の新垣結衣がパワハラ社長に言う。
「社長に大声で怒鳴られ、次々矢継ぎ早に指示され、心が死にそうになった。本当に死ぬ前に辞めます。上司を選ぶ権利は私にもあるんです」
ドラマは社会派というわけでもなく、軽いコメデイタッチで、パワハラ社長も憎めない男に描かれていたが、社長の理不尽な要求や反論を許さない暴言恫喝に追いつめられたヒロインが、疲れ果て無意識のまま、何度も電車に飛び込みそうになった場面が描写されていたから、冒頭の発言はリアリテイがあった。
2015年電通の女性社員が、入社9か月で長時間労働とパワハラが原因で自殺に追い込まれた、痛ましい記憶がよぎって、ドラマの中の同僚と同様、「良く言った」とヒロインを励ましたくなった。ネットの反応を見ても、視聴者にとっての現実とリンクする内容だったようだ。社員がまるで家来であるかのような社長の言動。びくびく顔色をうかがいながら、やる気や効率、生産性、きらきらした目標設定などに追い込まれ、できない自分を責め落ち込む社員。労働者の人権だの、働く権利だの、もう死語なの?という世界はドラマの中ばかりではないから、ゴールデンタイムの連続ドラマになる必然性があったのだろう。
心身を病んで、取り返しのつかないことになるより退職に賛成だが、このドラマの続き、退職後はどんな可能性が待っているだろうか。
転職すれば非正規労働者
現在、新卒採用は売り手市場といわれている。2019年3月に卒業する大学生の内定率は、2018年9月1日現在で91.6%と前年と比べて3.2%上昇している(株式会社リクルート調査)。就職率(卒業生に占める就職者数の割合)は2017年3月の大学学部卒76.1%、2018年3月は77.1%(文部科学省「学校基本調査」)とバブル崩壊前の水準まで上昇している。同調査によると、就職の中身も2012年3月卒の正規就職率は60.0%だったが、2018年3月は74.1%と跳ねあがっている。
しかし一方で、「若年期の離職状況と離職後のキャリア形成」(労働政策研究・研修機構2017年2月)によると、初めての正社員勤務先を離職した人の1年後、男性3割、女性4割が非正規労働者になっており、病気療養の人も男女ともに1割いる。
「壮年非正規雇用労働者の仕事と生活に関する研究」(労働政策研究・研修機構、2015年)によると、日本では新卒時に正社員になれないと、そのまま非正規の職にとどまり続けることが多い。男性の30歳時非正規雇用の場合、35歳時に正規雇用になるのは28.0%でしかない。また壮年期(35〜44歳)に転職する際、正社員であっても退職時の状況が、「深夜就業があった」「休日が週一日も無いことがあった」「仕事が原因の心身のけがや病気」「職場のいじめ嫌がらせを受けた」「一週間の労働時間が60時間を超えた」のいずれかに該当すると、そうでない場合より転職先で非正規になる確率が3.9%増加すると分析されている。ひどい目にあって転職する方が、ましな職場だった人よりさらにひどい目にあうという、負のスパイラルが待っていると言うのだ。
妊娠出産を機に解雇・雇止め、マタハラ横行の現実
総務省「労働力調査」によると、2018年8月の完全失業率は2.4%と改善傾向にあるが、非正規雇用者が増え続ける構造は変わっておらず、2017年は2036万人と過去最高となった。うち女性は1389万人。同調査によると女性は、25〜34歳の非正規社員比率が、この20年大きく上昇しているという。
しかも厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」(2017年)によると、一般労働者の平均所定内給与は、男性を100とすると、女性は73.4という状況だ。これが非正規になると55%程度と格差はさらに大きい。派遣社員の数は女性の方が多く、子育て期の女性に派遣が多い事も問題だ。
その上妊娠出産を機に解雇・雇止めされたり、精神的肉体的に嫌がらせを受ける「マタニテイハラスメント」(マタハラ)が横行している。連合の調査で20代から40代の女性の約3割がマタハラを受けていたという。
最初聞いたときは耳を疑った。結婚出産しても働き続けられることが、半世紀前の労働組合の女性の労働権の課題だった。それが今日、無事に出産することも許さない職場が横行していて、2人目は流産してもいいじゃないと言い放つ介護、看護職場って究極のブラック。産休を理由に解雇は違法だが、産休時期前にクビにしてしまうということだ。
つまりドラマの主人公は、最悪の事態はかろうじて避けられたとはいえ、正規社員として転職できるであろうか。労働条件もさらに悪化する恐れがある。
次のドラマは、労働法を駆使して会社と交渉し、ブラックな職場を変える。ああ言えばこう言う女たち。ノウハウがいっぱいのカタルシスに満ちたドラマを、ぜひゴールデンタイムにやってもらいたいものだ。