日誌


2019/11/19

POLITICAL ECONOMY第155号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「貧困」は愚かな個人のせいなのか
                 まちかどウォッチャー 金田麗子

 「まったく情けない」地方に住む友人が怒りながら嘆いた。現在38歳の甥は3回転職を繰り返している。かつて三公社五現業の職場に32年勤務した友人にしてみると、甥は、ダメな奴としか思えないようだった。

 しかし甥が今回退職した理由は、上司に殴られたことだった。これまでも似たようなトラブルがあったようだった。

 友人自身、公社が民営化される過程で、職場の急激な変貌がストレスで早期退職を選んでいる。いわば友人は経験者なのだが、世代的に正規職員として、終身雇用と年功序列賃金が保障されるものだから、多少の理不尽や苦痛は乗り越えるべきハードルという価値観で、将来を閉ざす転職は許しがたいことのようだった。

 私はこの甥は最悪な状況になる前に、自身の緊急避難ができていると思った。上司に殴られたら見切りをつけるというのは、きわめて健全な判断。落ち込むが、すぐに次の仕事先を探して、資格の勉強など努力している。回復する力をキープしている。しかし身近な人々は彼を人生の敗者のように扱う。

 その矢先12月29日の朝日新聞朝刊の、ルポ2020「カナリアの歌」(1面、2面)という特集記事を読んだ。大学生の就活を取り上げているのだが、就職が内定した息子に、親が「その企業じゃ将来子どもの中学受験時、年収800万円が見込めないからやめろ」と反対し辞退させたという。親が右肩上がり時代の価値観で子どもの就職や就労に介入することは珍しくないどころか、親の対策やサポート体制まであるという。

個人の努力に還元する手法

 「ソーシャルワーカー」(井手英策他著、ちくま新書)によると、男性の賃金は90年代後半から頭打ちで以降減少ないし横ばい状態が続き、特に40代~50代の世帯所得は大きく減少している。非正規雇用比率(H30年)も、どの年齢層でも増大していて、15~24歳の若年層と65歳以上の高齢者層で非正規雇用化が明確に進んでいる。

 退職金もH9年と30年を比較すると大卒で31%も減少している。企業の法定外福利費(社宅、住宅手当、社員食堂など)も、先進国最低レベルまで減少している。

 誰もが正規社員で、右肩上がりで賃金が保障される状況ではすでにない。だから少しでも有利な職場を戦略的に選ぶために、「就活塾」に通う。就活セミナーでは「大人にはさからうな」という一方で、個性や独自性を発揮せよと、めちゃめちゃ矛盾したアドバイスをしているという。

 この論法どこかで聞いたと思ったら、「貧困専業主婦」(周燕飛著、新潮社)である。厚生労働省が公表している「貧困線」を下回る貧困世帯のうち、妻が無職で18歳未満の子どもがいる夫婦世帯を、著者が定義したものだ。2016年時点で専業主婦世帯中、5、6%約21万2千人いると推計されるという。

 曰く、食費や生活必需品も買えない時があり、教育費など支出する余裕もない状態ながら、就労を選ばず「子どもは家庭で母親が育てたほうが良い」と自ら「専業主婦」を選んでいる層は、子どもを保育園に預けて就労しているケースより、子どもへのネグレクトや虐待が多く、健康面でも学習面でも悪影響が見られる。さらに生涯賃金は2億円の損をしているというのだ。彼女たちの多くは知識も情報もなく、正しい選択ができていない。ビックデータをもとにあらゆる選択肢がシュミレーションできるのだから、そうした情報を示し国が彼女たちを軽く誘導してあげるとよい。子育てと就労の両立は辛いが、一時の安易な選択で、2億円損することの愚かさをわからせるべきと言う。
見事に上から目線の究極の自己責任論だ。

「制度や法律」の枠組みへの個別事案の当てはめはダメ

 もちろん女性だけに家事や育児、介護の負担が大きいことも、無償労働扱いであることも、保育園に入れない現状も、かつて高度経済成長を支えたのは「専業主婦」の存在で、低成長期には「主婦パート」が景気の調整弁を担っていたことも、それらは国の政策であったことも、男女賃金の格差、中途採用が閉ざされていることも、本書では触れられてはいる。

 しかしそれらの現状が改善されていないのに、女性だけまるで「無知で愚かで怠けて専業主婦を選択し、子どもに悪影響を及ぼした全責任がある」かのような論法には、怒りさえ覚える。

 そもそも、あらゆる選択肢がビッグデータでシュミレーションできるのであれば、「ソーシャルワーカー」はいらない。

 現実は貧困化、高齢化、育児介護のダブルケア、引きこもりの長期化、心身の病気やしょうがいなど、様々な要素が絡み合い、前掲書「ソーシャルワーカー」に紹介されているように、個別化した問題をはらんでいる。

 しかし「制度や法律」の枠組みに、個別事案を当てはめてみるだけでは解決しない。同書が語るように、地域や社会の変革をともなってアプローチしていくことが求められている。私たちはここから、新たな関係性を築く可能性があるのだ。


20:41

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告