デジタル庁創設
羊頭狗肉に終わらなければよいが
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
菅義偉政権が発足して半月、看板政策として掲げた「デジタル庁」創設の動きが急ピッチだ。菅首相は平井卓也元IT担当相を閣僚級のデジタル改革担当相に任命、来年中のデジタル庁創設に向け、来年1月召集の通常国会に関連法案の提出を指示した。「行政の縦割りを打破し、規制改革を断行するための突破口」と位置づけているのだという。大層な力の入れようだ。
ところが、かけ声が大きい割に、その具体的な姿が一向に見えてこない。政府関係者から漏れてくるのは、「行政サービスのデジタル化を一元的に行う」、「『デジタル敗戦』『デジタル後進国』と言われる中、他国と比較すれば、国民が本来享受できる利便性を享受できておらず、しっかり進めていく」(加藤官房長官)、「一過性で終わらせてはダメで、今後も日本社会を引っ張っていけるような、いわば成長戦略の旗頭にもならなければならないし、規制改革のシンボルにもならなければいけない。その意味で、デジタル化の司令塔みたいなものにもしていきたい」(平井担当相)など恐ろしく抽象的な説明。
国民的論議は法案提出を受けた来春の通常国会で本格化するのだろうが、政府が相次いで開催しているデジタル改革関係閣僚会議やデジタル庁創設のためのキックオフ検討会などの論議から浮かび上がるテーマは1.国・自治体の行政システムの統一・標準化、2.スマートフォンを使った行政手続き、3.オンライン診療やデジタル教育に関する規制緩和、4.マイナンバーカードの普及促進と各種給付の迅速化-などが想定されている。
メディアの解説などによるとマイナンバーカードの普及促進に加え、「新型コロナウイルス禍では現金給付に伴う行政手続きの遅れや連携不足が露呈」、「病院が保健所に手書きのファクスで感染者情報を伝える仕組みは海外でも驚かれた」(日経、毎日)などが行政のデジタル化の立ち遅れの例として挙げられている。
しかし、この程度の事例ならわざわざデジタル庁を創設するまでもなく、現行の行政システムの中で改革は可能だ。担当大臣を置いて、他省庁と並立する新たな官庁組織を創設するのならば、その目的、権限、組織機構と体制、政策目標と実現へのタイムテーブルなどを分かりやすい形で国民に示し、大まかな了解を得る努力が欠かせない。
「失われた20年」の検証が必要
実は政府が行政全般のデジタル化を掲げたのは今回が初めてではない。今から20年前の2000年9月に森喜朗首相が「e-Japan戦略」を提唱、高度情報ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)の成立を受けてIT総合戦略本部が発足、内閣官房にその事務局として「IT総合戦略室」が設置された。現在もこのIT総合戦略室が存在しており、ITの活用による国民の利便性の向上及び行政運営の改善に係る総合調整などを図る司令塔と位置づけられている。ちなみに当時、森政権が目標としたのは「2005年までに世界最先端のIT国家となる」ことだった。
「政府は20年にわたりデジタル化推進の旗を掲げてきた。安倍晋三前政権まで関連予算は数兆円にのぼる。だが、医療や福祉などで国民が利便性を実感できるデジタル化を実現できなかった」(毎日新聞9月22日社説)。続いて同社説は「『失われた20年』の検証なしではデジタル庁を設けても成果は上がらないだろう」と指摘する。メディアとしては当然の指摘だ。
前述のIT総合戦略に基づいて、国交省はスマートシティに取り組み、厚労省は医療IT、農水省は農業IT、経済産業省はデジタル・トランスフォーメーション推進と各省がIT・デジタル化の取り組みを展開している。新設されるデジタル庁はこれら進行中のデジタル化の施策にどのように関与するのか。平井担当相によると、「年間のIT投資は全省庁で約7000億円だが、予算要求からすべて一括してデジタル庁に集めて、各省庁で調達をやらせない。デジタル庁が“こういうスペックで作れ”ということを決めて、各省に流していく形にしたいと思う」と意気込む。
改めて指摘するまでもなく、内閣に設置される行政機関は国家行政組織法、省庁設置法によって組織や権限、所掌事務などが定められており、それぞれが独自に予算や施策を立案・実施する。役人の世界では、どれだけ予算を獲得したか、どれだけ権限を拡大したか、どれだけ天下り先を確保したか、これが人物評価の基準となっている。行政が縦割りとなる根拠だ。『失われた20年』を検証するならば、こうした「霞が関文化」をぶち壊す覚悟がいる。デジタル庁創設は健康保険証や免許証などの機能をマイナンバーカードに付加することで、国民に不人気のカード普及に一役買うだけに終わる懸念は消えない。