日誌


2017/09/07

POLITICAL ECONOMY 第102号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ドイツ「労働4.0」と電機労連「ME化3原則」
           グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 先週、経済分析研究会で「AI革命・激変する雇用と仕事の未来」の報告をした。ここでは「4つの産業革命」から始まり、「会社が変わる」、「仕事か変わる」、そして「仕事の未来」まで一通り話をした。なかでも強調したのは、AI・IoT革命が雇用に及ぼす影響に対する労働組合の取組みについて、ドイツに比べて日本は遅れていることである。

 ドイツでは、例えばフォルクスワーゲンの工場で働く10万人うち、半分が反復作業の肉体労働で、デジタル化でこの労働は完全に消滅するとか、ドイツの労度組合は官民一体のIot推進団体「プラットフォーム・インダストリー4.0」に参画 して、「労働4・0」を巡る議論に政策要求を持ちこみ、政府の政策課題として実現するよう求めている。

「労働4.0」の政策を私流に要約すると、
①エンプロイアビリティー(就業能力)の向上による「良質な雇用」の確保
②継続的職業訓練を実施する機関を連邦政府の設置
③職業訓練期間中の生活維持のために、「失業保険から労働のための保険」

 これに対して、我が日本はというと例えば安倍政権では、内容のある取組みは無いに等しい。また連合の取組みもIGメタルに比べると著しく弱い。だが、1980年代のME革命の時には、雇用への対応、政府への職業訓練の要求など、日本の労働組合はドイツよりも積極的に私も電機労連で労働界の先頭に立って取組んだので、今度のAI革命にもアクティブに取り組む提言をして講演を終えた。

 質疑応答に入って、生産性本部の北浦さんから「日本の労働組合はAIへの対応が遅いというお話で、MEの時に電機労連が『ME化5原則』を確立したように、分りやすい政策を打ち出す必要がある」とのご意見を頂いた。これを聞いて一瞬はっとして、「あれを書いたのは私です」と答えたものの本当は忘れていた。だが一瞬「ME化3原則」ではなかったかと思ったが、それは言わず家に帰って調べたらやはり電機は「3原則」であった。でも「5原則」というのもあって、それは政府の方である。それには「3原則」と「5原則」とは、ほぼ一体であるという事情があった。

「AI化〇原則」が必要

 電機労連は1982年7月の定期大会で、ME化への「対応3原則」と「8つの具体的指針」を決定して、このシンプルな「ME化3原則」が世に出回り、これがME化ブームの火付け役になった。
「3原則」とは、
①MEの導入には事前協議を徹し、労働組合との協議が整わないものは認めない。
②導入に当っては人員整理など雇用への直接的影響がある場合はこれを認めない。
③労働安全面について充分に配慮し、導入後も定期的に労働組合としてチェックする。

 加えて「8つの指針」では、配転・職種転換と教育・訓練の充実を盛り込んでいる。一方、政府の「ME化5原則」は、2年後の84年4月に労働省の雇用問題政策会議(有沢広巳座長)が定めたもので、「電機3原則」の基本的な枠組みの上に「政労使間の意思疎通の促進に努める」と「国際経済社会の発展に寄与する」ことを追加したものである。

 今度のドイツの「労働4.0」も35年前の電機労連「ME化5原則」も、労働組合が現場労働者からの生きた声を集めて各レベルの労使協議を積んで、それを政労使の場に持ち込んで3者合意を経て政府の政策にするのは、共同決定と日本型労使協議にはスタイルの違いはあっても、基本スキームは同じである。労働組合は、早急に「AI化〇原則」をシンプルで分りやすくつくる時だ。


11:15

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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