日誌


2017/09/21

POLITICAL ECONOMY 第103号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
安倍長期政権を支えるもの
                                                                 経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 「大義なき解散」と強まる安倍政権批判の中で行われた衆議院選挙は、終わってみれば自民党が大勝する結果となった。小選挙区で48%の得票(全有権者の中で自民党に投票した率(絶対得票率)は25%)で75%の議席獲得というのは小選挙区制度の歪みがより明らかになったのだが、こうした結果をもたらしたのは内閣支持率が低下しているのに、自民党の支持率が高いこともあったのだろう。理由は、そこそこ維持されている生活を壊したくないという意識にあるのではないか。

 こうした国民の意識は世論調査にはっきり出ている。内閣府が行った「国民生活に関する世論調査」(2017年6月)によると、現在の生活に「満足」と回答した人は、前年に比べ3.8ポイント増え73.9%と過去最高となった。また、「不満」と回答した人は前年比3.5%下がり25%で過去2番目の低さとなった。

 「満足」と回答した人を年齢別に見ると年齢が若い人ほど高い。18歳から29歳の若者は約8割が満足と回答しているのである。満足感はどこから来ているのだろうか。これはよく言われるように雇用の安定によるものと見てよいだろう。低い失業率、高い求人倍率。おもしろくないと会社を辞めても転職先はある。非正規雇用で賃金の低いとはいえ、とにかく働き口はあるということなのだろう。逆に50歳台は約3割が「不満」と回答しており他の世代に比べ高い。中高年は失業率も高く転職も厳しいことを反映しているのであろう。

 今回の選挙前後における各報道機関の世論調査では内閣支持率よりも不支持率の方が上回っていたものが少なくなかった。秘密保護法、安保法制、森友・加計問題などで、安倍政権に対する批判が高まっていたためである。したがって与党の議席はかなり減らすというのが当初の大方の予想であった。安倍首相はそれでも今なら過半数は十分可能と解散に踏み切ったのであろう。踏ん張れると思ったのは、やはりそこそこの生活感をもたらしている経済の維持だと思う。単純化すれば政治は不満だが、経済は満足ということなのだろう。

痛みが伴う「出口戦略」

 さて経済分野で最大の問題はといえば、4年半続く黒田日銀総裁による異次元緩和の手仕舞い、すなわち量的緩和と大量の株購入の縮小である。いわゆる「出口戦略」である。日銀による国債購入の大量購入で日銀の国債保有は異次元緩和の4年半で3.4倍、437兆円まで膨らんでしまった。全国債発行残高の4割を日銀が保有していることになる。実質GDP比で83%だ。日銀が国債を買い占めるため国債市場は細り、金融機関は担保としてすら保有しにくい状況となっている。7月まで日銀の審議委員であった木内登英氏は「来年5月頃には行き詰まる」と見ている。

 米国のFRB(連邦準備制度理事会)は早々と縮小に踏み切り、金利も少しずつ上げている。ECB(欧州中央銀行)も来年1月以降の資産購入量を半減する。こうした世界の趨勢に歩調をあわせて日銀も手仕舞いに向けた戦略を描く必要があるのだが、方向転換できないのは、やはり金利上昇不安が先立つからだろう。景気回復がかろうじて続いているのは、日銀の量的緩和による円安と超低金利に寄るところが大きい。株も日銀がETF(上場投資信託)を買うことで下支えしている。株価が午前中下がれば「日銀が買いに入る」と市場は認識しているという。こんなバカげたことがいつまでも続くわけがないのだが、やめたら大変ということで続けられているのだ。

ため込むリスク

 安倍政権の次なる政策目標は、憲法の改正とされる。これをスムーズに進めるためには、経済の混乱は何としても避けたい。日銀は国債保有残高を年間80兆円増やすことになっているが、9月は前月比で8000億円減少させた。なし崩し的な縮小の動きである。思い切ったことはできないので、ほんのちょっとだけということなのだろう。結局、安倍政権はだらだらとアベノミクスを続けるほかない。問題先送りでリスクを膨らませることになる。


10:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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