株主総会のシーズンに考える
金儲けの小道具と化したCGコードは考え方から見直すべき
金融取引法研究者 笠原 一郎
6月は、3月決算期が多い日本の上場会社(東証プライム市場上場会社では約7割とされる)では株主総会が開催される月、株主総会のシーズンである。新聞(1) は、物言う株主(いわゆるアクティビスト)の株主提案が過去最多50社となり、資本効率や親子上場などにつき経営改革促す市場圧力となっていると報じている。
今期、こうした株主提案を受けている会社には、日本を代表するエクセレント企業とも呼ばれた会社の名前も並ぶ。世界の自動車マーケット動向からの乗り遅れと経営ガバナンスの混乱を問われている日産自動車(日産)、元タレントの不祥事事案を契機にその後の対応の稚拙さとその企業体質への強い批判にさらされたフジメディアHD(フジテレビ)、また、小売り経営の効率性を問われスーパー部門の切り離しを求められたセブン&アイHD(7-Eleven)、また、トヨタ自動車(トヨタ)は子会社上場の解消そしてアクティビストから度重なる株主からの要求がなされている祖業の豊田自動織機に対する完全子会社化案を発表している。
こうした株主からの要請・要求は、確かに企業に対して経営ガバナンスの適正化を求めるものと見えるものもある。しかしながら、一部のアクティビストによるフジMDHに対する取締役選任の提案(元案)では、放送免許親会社における取締役の放送法適格から外れたものを出してくるなど、彼らが真摯に企業に対してガバナンス改革を求めているのか、疑義を生じかねないレベルのものもある。
資本の効率化という名の金儲け最優先の主張
そして、多くのアクティビストたちが企業に対して求める合言葉は、“企業価値の向上”であり、“資本コストに見合う経営を促す”というものである。彼らが言うところの企業価値向上とは株式時価総額の増大、すなわち、株価を上げろというものであり、また、資本コストに見合う経営とは彼らが期待する投資利回り以上のものを得るための資本効率化を求めるものである。いわば、企業に対して自分は“これくらい利回りを期待しているので、それに見合う儲けを出せ”と言っているものとも言えよう。こうした企業への要請は、ここ最近、特に大きな声となってきている。なぜ、何処から、資本の効率化という名の目先の金儲け最優先の主張を堂々と要求するようになってきたのであろうか。
こうした声の背景の一つには、コーポレートガバナンスコード(CGコード)(2) の制定があると考える。このCGコードは金融庁と東証(現JPX子会社)が中心となり作られたものであるが、そもそもの生い立ちは、2013年6月に、日本の中長期的な経済再生を目指すとして閣議決定(第二次安倍内閣)された「日本再興戦略」に端を発し、経済産業省からは通称「伊藤レポート」(3) が公表された。このレポートをベースとして「コーポレートガバナンスコードの策定に関する有識者会議」での議論を経て、策定されたものとされる。
まず、CGコード策定のベースとなった「伊藤レポート」の議論における“企業価値”について見てみる。そこには、企業が生み出す価値をどのように考えるかとして、「一般的には株式時価総額や企業が将来的に生み出すキャッシュフロー等に焦点を当て、中長期的には資本コストを上回る利益を生む企業と述べる。一方で、ステークホルダーにとっての価値、株主価値、顧客価値、従業員価値…社会コミュニティ価値の総和から構成される」と述べている。
こうした議論を受けてCGコードでは、1.株主の権利の確保、2.ステークホルダーとの協働、3.情報開示と透明性の確保、4.取締役会の責務、5.株主との対話 を基本原則としてあげている。一見すると、至極“当たり前”の項目が並ぶ。しかしながら、この基本原則のうちの1.と5.は、“株主と企業の関係”について、企業に対しては株主の権利を確保したうえでよく話を聞け、そのベースは短期的な“資本コストを上回る利益”を求める株主第一主義を体現するための政府・取引所からの要求である。日本の商いの心である「三方よし」の精神、すなわち企業の社会コミュニティ価値=企業の社会的責任については、ステークホルダーとの協働との名目のもと矮小化し、SDGsに置き換えるという化粧が施された議論に仕立て上げられた感がある。
株主第一主義を前面に押し出したCGコード
このような株主第一主義を前面に押し出したCGコードは、その策定から10年が経過した。果たして日本は再興されたであろうか。目先の金儲け主義の小道具としての“お墨付き”が与えられた株主たちが、大手を振って跋扈してきているようにしか見えないのは、私だけだろうか。株主第一主義のCGコードは、その考え方から見直すべきであろう。日本の中長期的な再興を目指すのであれば、まずは企業経営・取締役会への関与を求める株主に対する社会的な責任、すなわち株主にも情報の透明性を、そして株主にもまた社会に対する説明の責任を求めるという、ステークホルダー全体への責務を持たせることから考えるべきではないだろうか。
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(1) 日本経済新聞2025年6月7日朝刊より。なお、産経新聞2025年6月7日朝刊は、三菱UFJ信託銀行調べとして、株主提案を受けた企業は114社と報じている。また、読売新聞2025年6月10日朝刊は、約100社と伝えている。
(2) 日本取引所グループ(JPX)HP(https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/)参照。
(3) 「伊藤レポート」とは、伊藤邦雄一橋大学教授を座長に取りまとめられた「持続的成長への競争力とインセンテイブ」(2015)報告書である。