日誌


2020/04/26

POLITICAL ECONOMY第166号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
再燃する米中「デカップリング」論
  
                          NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
                           
 世界は新型コロナウイルス感染症のWHO(世界保健機関)パンデミック宣言と感染防止対応で、政治・経済・社会の様相が大きく様変わりした。感染は欧米から南米、アフリカなどの新興国に広がり、いまだ収束の気配は見えない。しかし中国、欧米での感染者数のピークアウトに伴って、出口戦略の論議が政治指導者の関心事となり始めており、日本でも緊急事態宣言解除、制限緩和局面への移行、経済・社会活動の拡大策が論議されるフェーズ入っている。「ポストコロナ局面」だ。そこでの重要な論点は、コロナ以前に戻るのか、あるいはパンデミックによる質的変化がその後の歴史を左右する大きな転換点になるのか、ということだろう。

  トランプ大統領の登場で、2018年から本格化した通商摩擦を巡る米中対立は関税制裁から先端技術、構造問題へと波及、次世代通信規格5G問題と通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」の封じ込めへとエスカレート、米中の覇権を巡る角逐が表面化することで2019年には米中対立がグローバル経済の切り離しを意味する「デカップリング」に発展するとの論潮が注目を集めた。

 コロナ禍が各国を襲う直前の今年1月中旬、米国は対中関税を引き下げ、中国は米国からの農産品などの輸入を2年で2000億ドル増やすことで合意、貿易協議「第一段階」の文書に署名した。米国が対中関税を引き下げるのは初めてで、メディアなどは「貿易戦争の一時休戦で世界経済の減速懸念が和らぎそうだ」(読売)と報じた。グローバル化の進展によって「世界の工場」である中国への依存は予想以上に強まっており、「米国がグローバルなサプライチェーンから中国を排除できないため、簡単には米ソ冷戦時代のようなデカップリングは起きないと思われる」(三浦有史・日本総研上席主任研究員)との分析が有力で、デカップリング論は影を潜めた。

パンデミックで様相一変

 しかし、パンデミック宣言以降、国際政治・経済の見方は大きく変わりつつある。「企業はサプライチェーンについて、長期的観点から真剣に考えるだろう。貿易戦よりも、新型コロナウイルスによって米中のデカップリングがより一層速く進む」(米シンクタンク・ミルケン研究所)との指摘が出はじめている。新型コロナのまん延で各国政府や企業は改めて中国市場への過度な依存による悪影響や、サプライチェーンの多様化の必要性を認識、加えて最初の新型コロナ感染地である中国への国際感情が悪化していることも背景にある。

 5月に入って米共和党議員が中国政府の新型コロナ対応の失敗を理由に対中制裁法案を公表、トランプ大統領は、WHOは中国寄りとして拠出金の支払い停止と加盟見直しに言及した。ロイターなど海外メディアによると、米政府は多様な分野の製品について中国依存を減らす方策の検討に着手、税制優遇策や政府補助金を使い、中国外に生産や調達の拠点を移すよう促す方針だという。それと平仄をあわせるように、米商務省は5月15日、ファーウェイに対する事実上の禁輸措置を強化すると発表、これに対し中国共産党系メディアの環球時報(英語版)は「中国はアップルやクアルコム、シスコシステムズとボーイングを標的に報復する準備がある」とする社説を掲載。米中デカップリングが現実のものとなり始めている。

 「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権の支持基盤である共和党内には貿易・投資・技術を切り離し、中国の技術的優位の獲得を阻止し、中国への経済依存による米国の脆弱性を打破しようと考える「通商タカ派」が根強い基盤を構成、台頭する中国への対抗心が強い。トランプ大統領は今回の新型コロナ感染を巡り、「中国から来た疫病」、「武漢ウイルス」と批判、対中報復措置に触れて「すべての関係を断ち切ることもできる」(AFP=時事)と言明する。

「どちらが中国に甘いのか」が大統領選の争点

 11月の米中の米大統領選を前に、対中政策を巡ってトランプ、バイデン両陣営が火花を散らしている。トランプ大統領は民主党候補指名を確実にしたバイデン前副大統領を「北京バイデン」と呼び、「中国寄り」と攻撃。これに対しバイデン陣営は「トランプ氏は新型コロナの危険性を軽視し、習近平国家主席への称賛を重ねた」と非難、「どちらが中国に甘いのか」が大きな争点に浮上している。

 「米中は米ソと異なり、冷戦にはならないとの声が、つい最近まで聞かれた。しかし、その前提は明らかに崩れかけている。このままなら、米中は新型の冷戦に突入してしまうと感じている」(秋田浩之日経本社コメンテーター)との指摘は、ポストコロナの近未来を突きつけている。香港民主派の活動抑止を狙った中国政府の「国家安全法制」に対抗してトランプ政権は香港優遇措置の見直しを公言しており、事態は経済合理性の世界から、国際政治の世界に移りつつある。


22:18

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告