日誌


2024/05/13

POLITICAL ECONOMY第263号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
孤立しないためのゆるい絆

                             街角ウオッチャー 金田 麗子

 引き取り手のない遺体が増えているという。引き取る家族や親族が見つからない、身元がわかっても家族や親族に引き取りを拒まれるなどの事例が急増しているという。(2024年6月9日付け「朝日新聞」)

 独自の取り組みをしている横須賀市では、1990年代からこうした事例が増え始め、近年は年間50~60件にのぼるという。身寄りがない高齢者と葬儀社との間で、葬儀納骨の生前契約を結び、あらかじめ費用を預託し、死後に履行されることを横須賀市が確認する取り組みをしている。

 高齢化や単身化などを背景に、頼れる身寄りのない高齢者が直面する課題は多岐にわたっている。病院や施設に入る際の保証人や手続き、葬儀や遺品整理など家族や親族が担ってきた役割を果たす人がいない高齢者が増え、サービスを提供する民間事業者は増えたが、100万円単位の預かり金が必要でトラブルも増えている。

 このため厚生労働省は公的支援の仕組みを検討し、モデル事業を始めるという。一つは市町村や社会福祉協議会などに相談窓口を設け、「コーデイネーター」が配置相談に乗る。日常の困りごと、終活、死後の遺品整理などの相談を行い、それぞれ専門職や委任できる業者につなげ契約手続きを支援する。

 もうひとつは市町村の委託、補助を受けた社会福祉協議会などが、介護保険などの手続き委任、代行から金銭管理、近況連絡先としての受諾、死後対応などをパッケージで提供。国による補助で少額でも利用できるようにする。

国が制度化を検討する背景

 国立社会保障・人口問題研究所推計によると、65歳以上の一人暮らし世帯は2020年の738万人から2030年には887万人、2050年には1084万人へと増加。65歳以上の「独居率」は50年には男性26.1%、女性は29.3%に達する。さらにそれぞれ独居の人のうち男性の59.7%、女性の30.2%が婚姻歴がないと見込まれる。さらに子どもも兄弟もおらず、近親者がいない独居高齢者の急増も想定。

 低所得者でも利用できる、生活支援から死後対応まで長期間伴走し、必要な支援をコーデイネートしていく地域の仕組みが求められている。

 「東京ミドル期シングルの衝撃」(東洋経済新報社)は、東京区部単身者の4割近くを占める35歳から64歳を対象に研究をまとめた。013年に開始した新宿区の調査を踏まえてその後23区に広げ、約10年に及ぶ研究をまとめたもの。

 著者の一人である宮本みち子さん(2024/4/11読売新聞)は語る。「今やシングルはマイノリティではない」
 彼らの一番の不安は寝込んだときにどうするかだ。仕事中心で親族との交流の頻度が少なく、「親密圏」を持たない人が男性で目立つ。新たな親密圏の築き方として、家族の見直しによる多様な親密圏を広げる。もう一つは住宅。孤立した住宅でなく、プライバシーを確保しながら共同生活のメリットを増やしていく住まいの多様化。「従来の地縁共同体に頼る発想から多様な弱い絆を増やす発想転換が必要」と言う。

自由と仲間の助け

 横浜市の寿地区は1956年頃から、日雇い労働者向けの簡易宿舎が集まってきたが、長引く不況の影響で労働者が減り、横浜市によると2013年度には、65歳以上の住人の割合が全体の50%を超え、その後も高齢化が進んだ。失業や病気など様々な問題を抱える人が増えた。

 2018年に開業した「コムラード寿」は、介護ベッドを配置できる広さの間取りを確保、持病がある人のために24時間職員が常駐し、部屋にも緊急ボタンが導入されている。

 その他近年建設された簡宿の多くも、高齢者や身体障がい者でも利用しやすいように、段差を解消したり、エレベーターを設置したりしている。地区のほぼ全域の簡宿に、介護サービス業者が出入りし、入居者の入浴支援などを行っている。さらに「自由さ」が簡宿の魅力。外出、食事、喫煙など、制約の多い介護施設などとの違いがある。(5月26日付け「朝日新聞」)

 9年前11人が死亡した川崎市日新町の簡宿のあった地域は、市が転居指導しても、生活保護受給者は2024年3月現在で238人、65歳以上が73%である。簡宿に頼っている人は、「アパートでは、風呂の掃除もごみの分別も全部ひとりでやらなくてはならない。でも簡宿では仲間に助けてもらえる」と言う。(5月18日付け「朝日新聞」)

なるほど。宮本さんが言う「多様な弱い絆」ってこういうことかと思う。

個々人の境遇に寄り添い具体的なニーズにこたえる

 私の勤務先の精神障がい者グループホームの近くに、県住宅供給公社のシニア向け集合住宅が建設中で、収入に応じて住宅費補助が付き、見守り機能が付く。
 
 グループホームが開設以来20年入居しているメンバーのAさん(76歳)に、ホーム側がシニア住宅への入居を進めたところ、Aさんは血相を変えて怒った。「死ぬまで居られるというから来たのに」。

 意外だった。Aさんは自立度が高く、通所先の作業所でも中心的な活動をしているし、ホームでも生活全般一人で何でもできる。当然独居生活を望み喜ぶかと思った。しかし違った。

 独身のAさんは殆ど身寄りがない状態だ。グループホームの生活が、安心の担保だった。支援者側の思い込みがAさんの不安を無視するところだった。

 「個々人の境遇に寄り添って、具体的なニーズに応答するのがケアの倫理である」(「群像」7月号「ケアの現在地」小川公代)ことを痛感した。


21:42

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告