「スタグフレーション」騒動
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
IMFが10月12日、「世界経済見通し」を公表、2021年の世界の経済成長率(実質GDP伸び率)を前回公表時より下方に修正した。これを受けて、「世界経済失速、インフレと供給制約が足かせ」(ウォール・ストリートジャーナル)、「資源価格高騰、物価高とスタグフレーションはポストコロナ経済の産みの苦しみか」(木内登英・野村総研エコノミスト)などの論評が経済メディアで散見されるようになった。中には「スタグフレーションの亡霊」(朝日新聞「投資透視」欄)、「最近のスタグフレーション警戒は『見当違い』」(ブルームバーグ)などの火消し記事も登場、「スタグフレーション騒ぎ」の様相を呈している。
マクロ経済の常識的理解によれば、景気が停滞ないしは下降する局面では消費や生産の推力が鈍り、デフレ圧力が増すと説明されてきた。しかし今、国際経済では逆のベクトルが働き始めているようだ。景気低迷下のインフレ圧力の増大という現象だ。「stagnation(停滞)」と「inflation(インフレーション)」の合成語でこれをスタグフレーションという。1970年代に生じたオイルショックによって世界的にスタグフレーションが発生、世界経済を大きく揺さぶったことが記憶に残る。
今回のスタグフレーション観測は世界の二大経済大国、米国と中国の変調を大きな理由としているのが特徴。IMF見通しで修正幅が特に大きかったのは米国で、前回の7.0%から6.0%へと1.0%ポイントもの大幅下方修正となった。中国は0.1%ポイントの引き下げ見通しに留まっているものの、その後に公表された7-9月期の国内総生産GDP)の伸び率は前年同期比4.9%増と前期(4-6月期)の7.9%増から大きく減速した。民間の22年中国成長見通しでは4%台との数字が見られるだけに、中国発の景気低迷観測は世界経済の動向を大きく左右する。
世界経済の回復に水を差す資源価格の高騰
木内論考によると、「原油など資源価格の高騰、あるいは幅広い分野で価格上昇率上振れ傾向が続いており、それらがコロナショック後の世界経済の回復に水を差す可能性が高まっている。その程度は未だ不確実ではあるが、来年にかけて世界経済は、インフレ率の上振れと成長鈍化・景気減速が共存する『スタグフレーション』の様相を一時的に強める」との見立てだ。
大原浩国際投資アナリストなどもリーマンショック後のマイナス金利を含む超金融緩和とパンデミック対策を名目にした「拡張的財政によるバラマキ」の長期化がインフレの上振れを加速し、新型コロナ感染リスクの継続と資源高などによる供給制約から世界経済は「コストプッシュインフレに直面せざるを得ない」との見方を示す。石炭価格の高騰による火力発電コストの上昇、恒大集団の債務危機に象徴される不動産不況などが加わって、中国経済の低迷が長期化するとの判断がスタグフレーション説の背景にある。
米国経済の変調も大きな要因だ。1-3月、4-6月期ともに年率6%台の高い成長率を記録したが、半導体不足による自動車生産の減少、物流の停滞などから「7-9月期には成長に急ブレーキがかかり、1%台の成長率にとどまる可能性も出てきた」(木内)との観測が浮上。NY市場では市場参加者のインフレ期待を映すBEI指標が上昇、12年以来の高水準を示し、市場では「生産制約や賃金上昇によるインフレ懸念が想定より長期化するとの観測が強まっている」(豊島逸夫・マーケットアナリスト)という。
スタグフレーション説は少数派だが
今のところスタグフレーション説は少数派だ。「米国経済の堅調な伸びは持続することからスタグフレーションに陥る可能性は低下」(JPモルガン)、「直近のインフレ高進は一過性、景気低迷と高インフレが併存するスタグフレーションに米経済が向かっているとの懸念は行き過ぎ」(ロイター)との見解が支配的だ。しかしFRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長は、10月末の米上院銀行委員会の公聴会で「新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)からの回復に伴う米国での物価上昇や雇用の問題が『予想以上に長引く』恐れがある」との見解を示しており、世界経済に暗雲がたれ込めていることは疑いない。高インフレ・高失業・低成長というスタグフレーションの再来が杞憂に終わることを祈りたい。