日誌


2020/10/23

POLITICAL ECONOMY第177号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
観光地・宮島
「訪れてよし、住んでよし」の地の「訪問税」論議

                               労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 世界遺産「厳島神社」・日本三景「安芸の宮島」への来島者は昨年が過去最高の465万人(うち外国人は約32万人)で、この15年間に約1.7倍増を記録した。

 観光地宮島町は2005年に廿日市市と合併。市の人口は114,906人(2015年「国勢調査」)。その後、おおむね横ばいで推移している。

 観光地を維持するため、トイレ等の設置・維持管理、渋滞対策、大規模な旅客ターミナルの改修・維持管理などに市税が投入されている。松原淳一さん(広島文教大学教授)の論文に眞野前市長の議会での答弁(2017年6月)が紹介されている。「宮島を経営するのに10億円、それで交付税は約4億、そして、市民税が3億。3億不足」と(「宮島の地域振興―増える観光客と減る住民―」広島文教グローバル2号、2018年)。

 2019年度の市税収入は約161億円。宮島地区からの税収は約2億6千万円。観光客の増加による宮島の事業者の納める法人税の9割は国・県に納付されるため法人市民税で市に回る分はわずかとのこと。市では、観光地・宮島の環境を維持・整備するための安定した財源確保を検討してきた。

宮島は過疎地

 宮島地域の現状を確認しておこう。2015年の人口は1,674人、ピークは1947年の5,197人で、約3分の1に減少している。高齢化も進んでいる(国勢調査)(添付図参照)。この宮島は1997年に「過疎地域自立促進特別措置法」に基づく過疎地域に指定されている。「過疎化の要因として、島しょ部という地理的条件に加え、船でしか行き来ができないという他の地域とは異なる公共交通体系の特殊性や、生活利便施設や多様な就業の場の不足、法的規制などにより、住宅環境の改善や新たな住宅用地の確保が極めて困難なことなどが考えられる」(宮島財源検討委員会「新しい財源確保策について」2020年)。

 住民基本台帳人口による直近の人口は1,508人(2020年10月)、人口減に歯止めはかかっていない。このため宮島の伝統的行事も担い手不足で、その継承も課題となっている。また、宮島の歴史的な街並み保全の「対象地区にある約600軒のうち、2割強の約130軒が現在空き家。街並み保存に支障が出る可能性が指摘されている」(日本経済新聞2016年3月12日)。

入島税から訪問税へ

 法定外税による新たな財源確保の議論が始まったのは2008年からである。この時は景気悪化などから断念している。次が2015年で、検討委員会を設置したが徴収コストなどから議論が棚上げとなった。「応益課税」で入島(入域)税を導入する考えは島民も含め課税の対象となるため反対が多かった。三度目が2019年9月からで、税徴収方法を訪問税(「原因者課税」。島民は課税対象外)に転換して、検討委員会からの報告書が2020年5月20日、市長に提出された。

 6月の定例議会で数名の議員が「原因者課税」について質問、6月12日には宮島財源確保推進室から議会に正式な説明があった。「この重要な条例制定については特別委員会を設置すべき」との声があがったが、議会運営員会で2つの会派の反対でできなかった。再度、9月の定例議会で「宮島法定外税を調査する特別委員会の設置」の発議があった。賛成討論は「税を課す行為は市民の理解はもちろん、広く国内外の理解も必要。意思決定機関として重い責任もあり、単純に多数決で決めるのではなく、しっかりとした議論が必要」で、反対討論は「検討委員会が原因者課税という素晴らしい方策を導き出し、これまで何度も説明を受けてきた。総務常任委員会でも調査しており、今後も引き続き責任を果たせばよい」というものであった。本会議最終日の9月25日に採決され、その結果は賛成13、反対13で可否同数、議長において否決された(「はつかいち市議会議会広報さくら」2020年11月)。「新税」導入は次のステージに入ったが、市議会での条例審議の経緯から、議論を大切にし内容を深めることに熱心に取り組んでいる議員の活動を知った。

住む人の誇りと幸せを「みせる/しめす」光を大切に

 観には「みる」と「みせる/しめす」の意味があるようだ。「観光の原点は、ただ単に名所や風景などの『光を見る』ことだけではなく、一つの地域に住む人々がその地に住むことに誇りをもつことができ、幸せを感じられることによって、その地域が『光を示す』ことにある」と(「観光立国懇談会報告書」(2003年)。

 今年の来島者は累積前年対比で43.0%(10月現在)。コロナ禍で外出/遠出の抑制と、大鳥居の大規模な保存修理の工事中で海上から眺めることができない、というダブルパンチを受けている。コロナ禍が落ち着く時期はわからない。大鳥居の工事はまだ2、3年はかかる見込みである。

 「仮称 宮島訪問税」の検討概要は、「宮島を訪れた人」が「訪問一回当たり100円」、「フェリー代と一緒に払う」というものである。今後、条例案の作成、議会での議決、総務大臣の同意を経て、導入時期の決定となるが、その「実施時期は社会情勢を考慮して」となっている。

 観光地・宮島の環境の維持・整備のための「新税」が、「みる」ための「頼みのマネー」化で終わることなく、「みせる/しめす」住民の誇りや幸せを高め、新たに住みたいと思う人を惹きつける、そのようなまちづくりの議論が深まることを願う。


18:15

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告