日誌


2020/11/13

POLITICAL ECONOMY第178号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
アベノ「官製春闘」から菅21春闘へ

                       グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 連合は12月1日、2021年春闘で「2%程度」のベースアップ(ベア)を要求する闘争方針を正式決定した。

 千葉県県浦安市で開催された中央委員会で、挨拶に立った神津連合会長は、医療や物流などで働くいわゆる「エッセンシャルワーカー」や非正規労働者の待遇改善を進めるべきだとは述べ、基本給について定期昇給分を維持したうえで、ベアに相当する分として20年と同じ「2%程度」とすることを提案、また正社員と非正規労働者の待遇の格差を是正するため、企業内のすべての労働者を対象に最低賃金を時給1100円以上にすることを含めて2021年春闘の闘争方針とすることを正式決定した。

 連合加盟の労働組合は、この方針をもとに各構成組織(産別組合)が要求を組み、年明け早々に経営側との交渉に臨むことになる。

 だが構成組織の各組合は、新型コロナウイルスの影響で業績が悪化し、人員削減やリストラを検討している企業が多く、雇用維持に苦労している大手組合からは「浮世離れした要求だ」との声が上がり、混迷しているという(時事通信12月1日)。

 事の起こりは、1カ月半前の10月15日、連合中央委員会で、神津会長が21春闘方針のたたき台となる基本構想とベアを春闘の統一要求とする方針を持って臨んだことに始まる。だが、新型コロナウイルスの影響で経済の見通しが立たない中、構成組織内でもベア要求を示すこと自体に慎重論があり、議論がまとめることができず、要求水準の提示は経済・社会情勢を見極めるとして見送り、基本構想のみが承認された。

 その後、11月半ばの中央討論集会などを経て、12月1日の中央委員会になっても同じ「ベア2%程度」の統一要求の提案となったのである。

 コロナ禍での要求決定となると、その合意に時間を要するのは理解できるが、もともと「浮世離れ云々」といわれるほど認識に隔たりがあるにかかわらず、連合本部は1カ月半もその隙間を埋める努力もせずに、同じものを提案すること自体がズレている。

進行する雇用リストラ

 こうした頭と手足がバラバラのままの連合だが、されど春闘、やらねばならないことがある。

 ひとつは、雇用リストラ下の春闘である。リストラ春闘は、09年春闘の経験がある。2008年9月のリーマン・ショックで、雇用危機が頂点に達する。最初は「トヨタショック」、08年11月に期間従業員3000人の削減を発表した。これを機に失業者数は派遣・請負で120万人、正社員を含めると200万人をゆうに超えた。また、大企業の正規社員が雇用調整助成金の受給を申請した事業所は15万件、受給者は08~09年で312万人と史上最高を記録した。

 それから12年、いまコロナ不況の雇用危機が本番を迎え、雇調金の申請は199万件、休業支援金の申請が71万人に達した。これは11月までの分だけで、さらにコロナ第3波の延長支給が上乗せされると、リーマン・ショックを超すこともあり得る。労働組合はリストラには同意せざるを得ないので、21春闘の喫緊の課題として労使で協議を深めて合意するしか道はない。

さし迫る春闘の賞味期限

 いまひとつは、21春闘が「春闘66年の歩み」の中で、春闘の賞味期限はさし迫っている。私は、安倍内閣の働き方改革を審議する規制改革会議に有識者ヒヤリングに参画して、「春闘66年の歩み」にまとめて提案したことがある。(ご関心のある方は添付の資料・最新版「春闘66年の歩み(2020年版).xls」をみてもらいたい)
ここで、私は春闘66年を5つに区分している。
1「太田春闘」1955~74年 15勝4敗
2「宮田春闘」1975~89年  8勝7敗
3「連合春闘」1990~2001年  3勝9敗
4「奥田春闘」2002~13年  3勝2敗9休
5「官製春闘」2014~20年  3勝4敗
 この「66年の歩み」の中で、私が毎年の春闘の勝ち負けの星取り表をつけているが、そこで確実に言えることは、3、4、5の春闘は負け越し・休場続きで、連合春闘はもう完璧に行き詰まっているということだ。

 アベノミクスの「官製春闘」は去年で終ったが、21春闘で菅政権は政労使会議をどうするのか定かでない。21春闘のべアは、連合内の混迷もあって、まあほどほどのところに収まるしかない。春闘での労使協議の中で「AI・5G・DX」の時代に相応しい議論を詰め、経済・産業・社会を構想する政府を巻き込み新しい政労使の協議体をつくることを目指すべきである。    


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メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告