日誌


2020/11/22

POLITICAL ECONOMY第179号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
日本的無責任体制は続く――コロナ対策の無責任――
                       経済アナリスト 柏木 勉

 新型コロナの第3波がやってきた。感染者は第1波、第2波よりはるかに拡大した。ただ小生は、ワクチンが実用化され接種によって国民の6割程度が集団免疫状態にならない限り、更に第4波、第5波・・・が続くと考えていたので、特段の驚きはない。直近ではワクチン実用化へ期待は膨らんでいるのだが。

 コロナ禍が襲ってきてからもう1年になる。だが、当初抱えていた問題はそのまま放置されている。

 PCR検査をみても、最近の検査人数は一日あたり3万人台から4万人へ増えている。だが少なくとも20万人から30万人実施すべきという多くの提言からすれば話にならない。

 なぜPCR検査が拡大しないのか。それは法が未整備で曖昧な体制が放置されてきたからである。それが何に起因するかといえば日本的無責任体制である。

法的根拠を曖昧なままに放置

 感染症法では、厚生労働大臣の権限は、都道府県知事に対する技術的指導及び助言、緊急時における指示であって、その法的拘束力や担保措置等は、不明確なものでしかない。つまり、厚労省から自治体への様々な「通知」(事務連絡)は、感染症法では「技術的助言」あるいは「指導」という位置づけにすぎない(いわゆる通知行政といわれる)。

 このような法的位置づけであるから、名目的には厚労省としては「自治体へ通知した」、「役所としてやるべきことはやっている」とのアリバイに利用される。だからといって自治体が自らの責任で、例えば保健所業務に関して「技術的助言」「指導」にそのまま従う義務があるかといえば、そのような義務はない。本来、保健所は自治体の組織であり法的な特例措置でもなければ、国が関与することはできない。

 しかし、実質的に保健所を統制しているのは厚労省関係部局なのである。自治体はほとんどが厚労省に従属している。感染拡大の当初、都道府県は厚労省の「通知」に従い各保健所にいわゆる「相談センター」を一斉に設置した。だが、これは3月中旬に新型コロナウイルスが特措法の対象になる前だったから、厚労省が各保健所等に「相談センター」の設置を求める法的根拠はなかったのだ。従って、この一例をもってしても、法的権限と責任から乖離したあいまいな無責任体制が形成されていることがわかる。

 PCR検査でも、検査に関わる厚労省通知は「技術的助言」であり、法的には厚労省の責任で一元的に執行されるものではない。あくまで通知された自治体が自ら設置した保健所において通知を判断し、それぞれ検査の関連業務を行うのである。従って検査体制は地方ごとに異なり、保健所ごとに設置された「相談センター」の対応に大きなバラツキが生じて、いわゆる「目詰まり」が生じ、国民・住民から批判を浴びることになった。(なお元厚労大臣の舛添要一によれば、目詰まりの大きな要因のひとつが国立感染症研究所(感染研)による感染データの独占である。PCR検査を民間に広げれば、従来通りの感染データ独占が出来なくなる。従ってPCR検査拡大を抑制するという動機が働いたのだ。ちなみに保健所は厚労省の医系技官の、地方衛生研究所は感染研の天下り先である。このことからも自治体が厚労省の実質的支配下にあることがわかる)

 しかし、直接住民から批判されたのは主として保健所の「相談センター」であり、「通知・事務連絡」を発した厚労省への風当たりは弱くて済むという構図ができあがった。その後、場当たり的に改善はなされているが、法的裏付けはないままであり、問題がおこるたびに同じ混乱が繰り返されるのである。

GO TOでも責任の押し付け合い=責任回避

 「GO TO TRAVEL」でも自治体・都道県知事と国の権限が曖昧であり、互いに責任を押し付け合っている。特措法の欠陥である。だが、責任が曖昧なことから当然のことながら、そこから政治的な利益を得る者もいる。都知事の小池百合子がそうだ。GO TO TRAVEL,では、「国の政策だから」と政府に下駄を預け、一方都民に対しては「都知事としてできることはやります」と都内の飲食店等へ時短要請を求めた。更にはその後、「65歳以上の高齢者や基礎疾患を持つ者」へ利用自粛を求めた。つまり地方はGO TO TRAVEL,で東京から来てもらいたい、一方都民は医療体制のひっ迫を恐れているのだから、双方に向けていい顔をしているわけだ。だが、大阪市や札幌市は「国と協議」しつつも主体的にGO TO TRAVELを一時中断したのだから、感染者、重症者が増大している東京でも同様に出来るはずなのだ。

 菅首相もきわめて無責任であり、その基本的スタンスが東京から地方へ感染を拡げている。首相は「GO TO TRAVELを利用した者の感染者はごくわずか。問題はない」と繰り返している。だが問題がないなら、なぜ大阪市や札幌市のGO TO TRAVEL一時中断を認め、東京の高齢者中心の利用自粛を求めるのか? 無症状若年層の移動が重症の高齢者を増やしているのだ。文字通り支離滅裂である。さらに許せないのは特措法、感染症法等々の法改正は「コロナが収まってから」と明言したことだ。臨時国会は閉会し、来る通常国会でも改正論議に応じないつもりだろう。

 現行特措法の問題点は、大別すると、第一に知事からの要請・指示では強制力がない、また私権制限への補償もないこと。第二には国と都道府県の権限・役割の分担が不明確のままであること。この2点といってよい。

 以上を放置したままで的確な対応などできるわけがない。だが成り行きまかせのほうが政治的には都合が良いのだ。責任の所在を明確にしないですむから。その後政府はGO TO TRAVELを12月28日から来年1月11日まで全国一斉一時中止を決めた(東京等4都市は全国に先行して実施)。後手後手で混乱拡大だ。もともとGO TO TRAVELはコロナ収束後の政策だった。それは国会で承認されたことなのだ。それを無視して強行した。戦前、戦中と同じ無責任体制が続く。 


21:33

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告