日誌


2020/11/30

POLITICAL ECONOMY第180号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
コロナで底が抜けた
                               街角ウォッチャー 金田 麗子

 私の町内は菅総理の選挙区で、コロナで自粛中の昨年5月、近所の喫茶店で、持続化給付金の申し込みを政権党の支部が相談に乗っているところに出くわした。

 地域で創業50年の居酒屋の女将が、「みんな情けないね。一か月二か月店閉めたら潰れるって騒いで」「私は老後資金に取っていた500万つぎ込んだ」と啖呵を切っていた。年末に再びこんな危機的な状況になるとは思わなかったのだろう。500万円は80才を超えている彼女にとって、切実なお金だったろうに。

 持続化給付金の支給が遅れていて、3か月以上たっても入金されない人、年末までに資金が受け取れなかった人も出ている。そこに第三波がきた。東京商工リサーチの12月29日の集計値によると、昨年の新型コロナウイルス関連倒産は843件。ほぼすべて中小零細企業である。業種別では飲食の141件が最多。アパレル製造・販売82件、建設67件、宿泊60件と続く。

コロナのしわ寄せは女性に

 コロナの影響による失職者は、厚労省によると12月25日時点で、見込み合わせて7万9522人、前週より1783人増え年末年始期間に8万人を超える見通しだ。職種別では、製造業1万6717人、飲食業1万1021人、小売業1万399人と3業種で半数近くを占めている。打撃の大きい飲食サービス業の働き手は、非正規の女性が多い。

 非正規雇用は8か月連続減少し、10月は前年同月比約85万人減った。2018年に15~64歳の働く女性の割合は70%を超えたが、半分以上は不安定雇用だった。そこをコロナ禍で解雇・雇止めを食らっているのだ。

 国連事務総長が「女性と女児をコロナ対応の取り組みの中心に」と各国政府に呼びかけた。世界中で女性の自殺増加、コロナのステイホームにおける女性の負担増、DV、虐待の増加。失業により安全な居場所を失う事態が続いているためだ。

 日本でも内閣府が「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」を立ち上げた。昨年11月19日に出された緊急提言では、医療や介護、保育に携わるエッセンシャルワーカーに女性が多く、就労状況が厳しい。昨年4月の女性雇用者数は3月より74万人減少し、男性の2倍超の減少のほとんどが非正規雇用であるなど、危機的状況に対し処遇改善を求めている。

 警察庁によると自殺者は男女とも増えているが、女性の自殺者は急増していて、昨年10月には851人と前年同月対比約8割増えているという。内閣府のDV相談件数も前年を上回るペースで、4~9月対前年同期比約2割増となっている。

ドメステイックイデオロギーに満ちた日本社会

 その矢先、渋谷区幡ヶ谷のバス停に座っていた路上生活の64歳の女性が、頭を殴られて殺される事件が起きた。被害者の女性は、夜中ベンチで休む生活をしながら、派遣登録して就労していたという。

 容疑者は近くに住む46歳の男で、自営業を手伝いながら高齢の母と暮らしていた。殺害の動機を、ボランティアで行っている清掃の邪魔だったと言っているらしい。この事件には、多くの女性が「彼女は私だ」と危機と怒りを持っている。コロナ禍で失業した非正規、非婚あるいは未婚の女性たちが、住む部屋を失い路上生活せざるを得ない恐れが高まっている。公的支援としては、東京、大阪などには、民間住宅やビジネスホテルを無償提供する「チャレンジネット事業」があるが、部屋数は限られ原則3か月の利用で、その間に就職、部屋を借りるのは困難だ。

 年末年始、民間団体主催の支援相談活動や、多くの自治体も相談窓口を開いて対応している。家を失った人、失いかけている人向けの支援が緊急に必要だ。

 興味深いのは加害者男性である。高齢の母親に「ごめんなさい。おかあさん」と泣きながら謝ったという。母に付き添われて出頭している。46歳の息子と80代の母の生活。

 厚労省「国民生活基礎調査」によると、要介護高齢者の約3人に1人、男性家族に介護されている過半数は高齢者の息子という。典型的な母子世帯なのだ。優しく親孝行な側面も持っているのに、なぜ初老女性はためらいもなく殺す対象なのだろうか。

 ちょうど読み終わった「女性たちの保守運動」鈴木彩加(人文書院)の第4章に、興味深い記述がある。

 ケアによって結びついた人間関係や家族の重要性が、保守運動の女性たちに大切なもの、自身の人格形成にも連なるものとして語られているが、属性の違いを超えて、すべての人がケアされるケアする権利が保障されるケアフェミニズムとの根本的違いは、「ドメステイックイデオロギー」で、安全な場所である家族、家庭、国内の「保守」運動なのだ。


20:23

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告