グローバル経済の限界は保護主義では克服できない
横浜市立大学名誉教授 金子 文夫氏
経済分析研究会では、新たな試みとしてこれまでの正規の研究会とは別に規模を縮小して行うミニ研究会を2018年9月30日に開催した。第一回は横浜市立大学名誉教授の金子文夫氏に「米中貿易戦争のゆくえ」と題して話していただいた。現在進行形のテーマであったが、金子氏は米中貿易戦争の課題と論点を整理したうえで、トランプ政権の異常さと保護主義だけに着目するのではなく、その背景に中国の台頭による覇権争いとグローバル経済の歪み、限界があること、また今後の方向性はグローバルガバナンスの強化に求められるとした。
中国の覇権の野心に米が危機感
金子氏の講演は以下の通り。トランプ政権は「国内に生産と雇用を取り戻す」として、特に11月の中間選挙に勝つことを意識している。その通商戦略は国家主権を優先するというもので、WTOの決定より米国の国内法が優先、通商交渉も多国間ではなく2国間に重点を移すというもので、TPPから離脱、NAFTAの見直しを図っている。
まず、鉄鋼25%とアルミ製品に10%の追加関税を日本、カナダ、EUなどに発動したが、こじつけだが安全保障への脅威を理由としている。メキシコとは原産地規則として部材調達比率を75%に引き上げ、賃金条項、数量規制、為替条項などで合意した。メキシコで自動車、自動車部品生産している企業への影響は大きい。カナダとは農産物分野と紛争解決処理制度で詰めの交渉を行っている(その後、合意)。日本とは日米首脳会談でTAGという形での交渉開始で合意した。
これらと次元の違うのが中国。米国の貿易赤字相手国でも中国が47.1%と断トツに高いためだ。トランプ政権は中国に対して自動車・半導体・金融市場開放、赤字1000億ドル削減を要求、中国は受け入れを表明したため一旦は休戦という話になったが、トランプ大統領は認めなかった。
そして第1弾として輸入品818品目340億ドルに25%追加関税発動、第2弾として160億ドル、279品目、25%追加関税を発動した。9月には第3弾として2000億ドル、5745品目、10%から25%への関税引上げ(1月実施)を発動した。中国はそれぞれに報復制裁を行ってきたが、第3弾は600億ドルにとどまった。トランプ政権が第4弾を行えば中国は対抗手段がない。
背景に米中ハイテク覇権抗争
こうした背景には中国の先端技術分野での技術力向上に対する米国の危機感がある。中国の特許の国際出願数は増加、人材育成も進み技術力を高めている。さらに製造大国から製造強国へという「中国製造2025」を掲げている。米国は「中国製造2025」の見直しを求め、ZTE(中興通訊)などへの半導体販売の禁止のほか、産業ロボット、新素材などへの関税強化をはかっている。外国企業による米ハイテク企業の買収・合併に対する規制も強めている。
グローバル化に対し国家によるコントロールは限界
金子氏は以上のように問題を整理した後、米中貿易戦争の根底にあるグローバル覇権構造をめぐる論議として主要な見方を紹介した。①米中貿易戦争はトランプ政権による一時的攪乱で、グローバル化の流れは不変、②保護主義の台頭は当然で、国内調達の重視など新しい保護主義の時代に入る、③行きすぎたグローバル化に対して保護主義ではなく民主主義と国家主権を取り戻し、経済を規制していくべきというものである。
世界覇権をめぐる展開については、米中によるG2、G20による協調(多極化)、新しい冷戦、Gゼロ(無極化)という4つのシナリオが考えられるが、金子氏は、米国の従来型覇権国家からの変質は明確で、軍事力とドル基軸通貨は維持はするが、世界全体のシステム維持よりも自国の利益を優先するだろう。しかし、経済・金融・情報のグローバル化に対し国家によるコントロールは限界がある。グローバル・ガバナンスを追求すべきとして講演を締めくくった。(事務局 蜂谷 隆)