人口減少と労働生産性の低下の時代を射抜く新しい経済学
大東文化大学経済研究所兼任研究員 石水 喜夫氏
2018年6月16日に開かれた経済分析研究会(現代の労働研究会と共催)は、大東文化大学経済研究所兼任研究員石水喜夫氏に「転換期の日本経済 誤った課題設定と翻弄された労働組合」と題して話していただいた。石水氏は講演の中でデータをもとに分析する能力を持つこと、人口減少と労働生産性の低下の時代になって、正しい時代認識を持つと同時に、この時代を分析しうる経済理論の構築の必要性を強調した。
経済を総合的にみる視点
講演は、生産、消費、投資、政府支出といったデータを相互に結びつけて分析すると消費増税後の反動もあって、2014-16年は明らかに落ち込んでいた。労働組合幹部は「反動減はない。賃上げだ」と言っていたが、鉱工業生産指数は落ち、雇用も所定内時間も所定外時間も減少、賞与も下がった。明らかに労働投入量で調整していた。
日本経済がおかしくなったのは、アベノミクスの柱である異次元緩和で円安にしたことで、輸入物価が上がり実質国民所得は低下したためだ。名目賃金は上がったが物価も上昇し実質賃金は下がった。確かに有効求人倍率は上がっているが(4月で1.59)、リーマン・ショック前と比較すると建設、測量技術者が異常に高い。これはアベノミクスの国土強靭化で公共投資によるものと見るべきだろう。
利益と賃金の関係を経年的にみると、高度成長の第1期は利益が上がれば賃金も上がった、第2期は利益が上がっても賃金は上がらない。第3期は賃金を削って利益を出す時代に分けられる。今は第3期、実質賃金が下がる時代になった。こうした現実と向きあわないといけない。経済全体も民間消費支出主導から設備投資に頼る経済にシフトした。その設備投資も設備更新に変わり、生産能力が上がっても資本量全体は増えなくなった。人口減少と技術革新の動向からすると設備投資による成長の時代も終わった。
ハロッドの動態モデルは有効
石水氏は、新たな段階に入った日本経済にマッチした経済理論として、ケインズのモデルを動学化したハロッドの「動態経済学序説」のモデルを示した。特徴のひとつは、企業経営にちょうどういい資本稼働率(95%程度)で運営を続ける成長率を保証成長率という概念を用いたことだ。現実の成長率が保証成長率を下回るとどんどん落ち、上回るとさらに上に行くようになるとした。
さらに自然成長率という概念も用いている。自然成長率は、労働力人口の増加率と労働生産性の上昇率で規定されている。自然成長率が保証成長率を上回っている時、これが高度成長なのだが、自然成長率を生かし切って成長することができる。ところが低成長時代になると逆に自然成長率は保証成長率よりも低くなってしまう(図)。人口が減少し自然成長率が低下する時代は、企業が欲するだけの成長を実現することができない。いくら公共投資をしても自然成長率を超えて保証成長率に近づくことはない。
この時代に必要な経済政策は、企業がむやみに高い成長を志向しないよう保証成長率を下げること。そのためには格差を是正してマクロの貯蓄率を下げて消費を増やすか、鉄道、電力などの整備でより多くの資本を使う環境をつくり資本係数を上げることが求められると、石水氏は提起した。
現代日本にも通用するドラッカーのナチス批判
最後に石水氏は、実質賃金がマイナスになった時代としてヒットラーの時代を取り上げ、日本の現状の危うさと重ね合わせた。この時代を的確に捉えていたのはドラッカーで「絶望した大衆は不可能なことを可能にする魔術師にすがる」これがファシズムだ。都合の良い経済データだけを取り出し、強い経済を目指す手法の危険性とそれを見抜くための経済理論の必要性を強調し講演を終わった。(事務局 蜂谷 隆)