日誌


2025/01/13

POLITICAL ECONOMY第279号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「自立」「安全」「安定」の共同生活のために「管理指導する」
―精神障がい者グループホーム職員の正しい仕事?!―
      
                               街角ウォッチャー 金田麗子

 変なタイトルだが、精神障がい者の援護寮や生活訓練施設、グループホームで30年間働いてきた「まじめな」ベテラン職員と一緒に働く機会があり、その言動からその職員がタイトルのようなことを心から正しいと信じていることに驚いた。

 「甘え」「依存」につながるから「居室支援」という掃除支援は許さない。体調悪化の訴えは「怠けるための嘘」や「思い込み」につながるから安易に取り上げない。太りすぎ、食べ過ぎを防ぐために食事指導という名目で管理指導する。恋愛禁止ではないが、デートにも同行し、自由な行動を制限する。B型作業所に通所を希望する利用者も「デイケアに通所していろ」と認めない。自らを「先生」と呼ばせ、30年のキャリアからくる自信満々の職員である。

「利用者にやらせればいいのよ」

 私はこの精神障がい者のグループホームで6年働いているが、入職当時外部監査で、カビだらけの風呂場やトイレなどの汚れを指摘されていた。この数年、職員と非常勤スタッフが、掃除を徹底し清潔な空間を心がけてきたのだが、冒頭の職員に変わったとたん「利用者にやらせればいいのよ」「なんでもやってやると依存するだけよ」と断じてきた。

 以前私が勤務していた知的障がい者グループホームでも、責任者は食堂のテーブルが汚れても拭かなくてよいと言っていた。各自の居室掃除も、以前はヘルパーを入れてやっていたが、それを止めて「利用者さんがやりますから」と職員が利用者を指導してやらせるという名目に代わり、結局しないから居室は荒れる一方。

 別のグループホームでは、食事制限を徹底していた。利用者の菓子などの嗜好品はすべて事務所管理。ご飯はスタッフが茶碗に半分あらかじめ盛り付けし、おかわりは認めない。「利用者さんの健康維持のために、私たちがお手伝いできることは、こんなことだけですから」職員は真顔で言っていた。

 利用者が、腰が痛い足が痛いというと「太りすぎで負担がかかっているから」と言われるのは、なぜかどの施設も共通。不調を訴えても、精神科以外の医療機関にはつながず、「様子を見よう」「精神科で相談して」と言う対応が多い。

 私が現在の施設に入職した時、目が見えていないと感じた利用者は、ひどい白内障なのにずっと放置され、昨年やっと手術し「よく見える」と喜んだ。近年、八王子の滝山病院や、神奈川県の中井やまゆり園などで問題になっている、医療ネグレクトは決して特殊ではなく、よくある構造なのである。

「知的障害者施設潜入記」が示す実態

 こんなことを思っていたら、「知的障害者施設潜入記」(織田淳太郎、光文社新書)という新刊書が出た。内容は、作業所も施設もいかに管理的で、自由がなく懲罰的で暴言、体罰が横行しているというものだ。

 「利用者に甘く見られないよう厳しく接しなければならない」「やっていいことと悪いことを覚えさせるため」障がい者たちの私生活いっさいに監視の目を光らせる。年齢も上の人にも命令口調でお前呼ばわりの叱責が日常茶飯事、他の利用者を守るため」という名目で暴れる利用者にプロレス技をかける。

 本書では職員の言動の原因として、心理学的な「転移」「逆転移」という概念を示しているが、私はそもそも、障がい者への介護介助の仕事に対する理念に原因があるのではないかと思う。

 障がい者自立支援法制定以降、厚生労働省もかつての長期にわたる病院や施設入所から、地域での生活拠点への移行を推進している。2019年にグループホーム入居者数が入所施設の入所者数を逆転し23年には17万人を超えている。

 しかしながらグループホームにおいても、不適切な対応が続いていることは、前述の事例や、新聞報道でも明らかである。その根底は何か。参考になる資料として次の二つを示したい。

障がい者の言葉に耳を傾けない介護者

 「介助者たちは、どう生きていくのか」(渡邉琢、生活書院)によると、多くの自立障がい者は、介護福祉士等の資格を持った介護者に批判的だという。その理由として、「介護の有資格者は、障がい者を人として見るのではなく、介護する相手として見て、どのくらい介護が必要か、どのくらい自立しているかなどを、介護者の目線で判断し評価するところから介助に入る。しかも介護を学んだという自負心から、障がい者の言葉に素直に耳を傾けないことが多い」という

 「生の技法-家と施設を出て暮らす障害者の社会学」(安積純子他、生活書院)では、福祉的配慮とは、いかなる論理でどのようにして、「管理」「隔離」が導き出されてくるのかという点で、参考になるとして「新・療護施設職員ハンドブック」(全社協、1988年)が紹介されている。

 福祉的配慮はおよそ二つのラインに即して記述される。一つは能力評価に応じて判断される「弱者」の理論。もう一つは「病気」の概念である。

 「弱者」の理論は隔離管理の根拠、自由の制限の正当化につながる。金銭管理、外出制限、食事時間厳守、整髪、入浴、睡眠など、望ましい状態は職員が知っていて、入所者の欲求がそちらの方向で充足されるように介護する。「ある時に教師的に導き、強力に望ましい方向に推し進めていくのが本当の介護」という。だから職員は「先生」で、障がい者は「子ども」扱いなのである。

 「障害者施設潜入記」に記されている職場で、冗談好きで明るい人なのに、グループホームでは自宅から登山用の杖を持参し、監視しつけ管理教育的指導のために、恫喝や暴力をふるっていた職員が、利用者との暴力的確執関係の継続でノイローゼ状態になり、自ら希望して現場を外れ配置転換されたと記述があった。

 利用者に対し、管理的対応をすることが、職員自身や職場も疲弊させているのである。職員個人の資質の問題や意識に還元するのではなく、「当事者主義」の基本に立ち返って、厚生労働省が新たな支援の指針を確立しなければ、施設であれ、グループホームであれ、居宅での介護ヘルパーの対応であれ、障がい者の人権が守られることは不可能だし、介護職員も疲弊して減少していくことに歯止めはかからないのである。

17:36

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告