日誌


2017/04/06

POLITICAL ECONOMY 第92号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
介護を貶めるのは誰                            

                                                           まちかどウォッチャー 金田 麗子

 「無表情な若い男の子に、母が転がされているのよ。もっと親身な態度の職員に世話してほしいわ」 

 老人施設に入っているお母さんを見舞った友人には、若い男性職員による体位交換が、お母さんを転がしているように見えたという。「あの若い職員には、もっとふさわしい居場所があるんじゃない?」友人は適正な職業選択がなされていないと言いたいようだった。

  先日総務省が発表した2015年国勢調査に基づく労働集計によると、15歳以上の産業別働き先は、「医療・福祉」が702万4000人。増加率が最も高かったことがわかった。厚生労働省2013年10月の「福祉分野の雇用動向」でも、医療・福祉の雇用は2003年から12年までに207万人増加している。このうち福祉分野(社会保険・社会福祉・介護事業)で145万人増加し、産業別小分類では、「老人福祉・介護事業」(訪問介護を含む)が58.7%を占めている。

 有効求人倍率(2017年3月)も、全産業1.45に対し2.56と高水準である。雇用が増えると、福祉介護業務に関心のない人が流入している可能性もあるだろう。

 しかし友人の真意はそれだけでなかった。「介護は家事の延長で、若者が志すような将来性のある仕事ではない」、「介護は他人の世話をしたい。役に立ちたいという崇高な志が必要」と、介護職に対し、相反する価値観を持っていた。

 実は「介護人材の現状」は(厚生労働省2013年)にも、介護は「社会的意義のある仕事」と、「夜勤などありきつい仕事」「給与水準が低い」という評価が表れていた。女性の比率が高く、中途採用率が高く、勤続年数は5.5年(全産業平均11.9年)と短く、賃金も全産業平均32万4000円に対し、福祉施設介護職21万8000円と、勤続年数が短いこともあるが約10万円低いとある。

 女性の比率が高く、「女が家でただでやっていた仕事」と見られている仕事は、介護職だけでなく保育職も賃金が低く社会的評価も低い傾向がある。

 ちなみに私は、知的障害者のグループホームの世話人として働いているが、世話人とは、まさに「世話する人」というネーミングでスタートしたと、「障害者グループホームと世話人」(宮本秀樹 生活書院2016年)に紹介されている。「地域のおばさん」的な存在を求めたという。どんぴしゃりである。

介護職は「夜勤がきつい」

 介護職は慢性的な人手不足で、2025年にむけて全国で35万人不足していると言われている。その割には、仕事に対する社会的評価の低さ、待遇の低さと無関心はひどい。

 なぜか厚生労働省の調査には、「夜勤など仕事がきつい」というマイナスイメージがあると記載されているだけで、夜勤の実態が出てこない。日本医労連「介護福祉夜勤実態調査」(2015年)によると、2交替勤務(勤務時間12時間、休憩1時間)の施設が88.1%と9割近い。勤務時間は2交替の64.8%が16時間以上である。夜勤回数は月5回以上7回未満が全体の46.7%と約半数占めている。

 これがグループホームなど小規模多機能型居室介護になると、すべて2交替勤務で、しかも夜間一人体制、いわゆるワンオペが常態化している。イメージが悪いのではなく、「夜勤がきつい」事実があるのだ。働く側がきついということは、施設の利用者にとっても不幸でしかない。

 職場として、職業として成立するための労働条件が保障され、社会的に評価される職業になる。介護を受けること、介護を仕事にすることを、不当に低く貶めているのは誰か。根っこはひとつだろう。


12:15

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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