日誌


2020/09/21

POLITICAL ECONOMY第175号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
急ピッチで進む熊本県下のオンライン学習
                                      元東海大学教授 小野 豊和

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け安倍首相が2月末に全国の小中高校などに一斉休校を要請。その後、緊急事態宣言が出され、全国の小中高等の休校は長いところで約3カ月間に及んだ。当初、一斉休校は5月の連休明けに解除の予定だったが、熊本市では4月22日に大西市長が全国の自治体に先駆けて5月末までの休校延長を宣言。現場の教職員や生徒、保護者にとっては寝耳に水の休校延長となった。

 6月に学校が再開されると授業の遅れを取り戻すため、1日の授業時間を増やしたり、夏休みの短縮、体育祭や文化祭、修学旅行などの年間行事を取りやめたり試行錯誤が続いている。学校が再開し一息つきかけた7月4日、熊本県では県南を中心に豪雨災害が発生。川の氾濫等で校舎が浸水し、授業が出来なくなった学校もあった。

 政府は、3カ月間の休校期間中にオンラインによる学習を推奨。オンラインによる学習の環境整備のため、小中学生全員にパソコンの端末を1台ずつ配る「GIGAスクール構想」を推進している。GIGAスクール構想の総事業費は約4300億円、新型コロナの第2波や近年増加する自然災害に備えるため、目標を3年前倒しして今年度末までの整備を目指している。

 3カ月の休校期間中、熊本県の小中高校でのオンラインによる学習の取り組みはどうだったか。今年5月に県が実施した調査結果では、県内の2.9%の小学校(7校)で同時双方向型のオンインによる学習が行われ、78.7%の小学校(188校)でインターネットを活用した教材が使用されていた。中学校では、県内の2.6%の中学校(3校)で同時双方向型のオンラインによる学習が行われ、68.7%の中学校(79校)でインターネットを活用していた(小中学校は熊本市立)。県立高校及び県立中学校(全日制52校、定時制8校、県立中学校3校を含む)では63校中32%にあたる20校で同時双方向型のオンラインによる学習が行われ、63校すべての県立高校及び県立中学校でインターネットを活用した学習が行われていた。

学校も家庭も課題山積

 同時双方向型のオンラインによる学習とは、パソコンの画面を通して担任の先生が生徒と双方向でやり取りをする学習をさす。このオンラインによる学習の環境整備は難しい大事業。先ずオンラインによる学習に積極的な自治体とそうでない自治体で温度差がある。また各家庭でも、パソコンを所有している家庭と所有していない家庭がある。さらにWiFiが整備されている家庭と整備されてない家庭がある。オンラインによる学習はハード面での環境の整備だけでは終わらず、先生と生徒がそれを使いこなせるかどうかが問われる。またどのメーカーのソフトを使ってオンラインによる学習をするか決めなければならない。

 今回の休校期間中、同時双方向型の学習を実施したのは、県立高校63校のうち20校(ZOOMのみを使用した高校・中学校は16校。ZOOMとYoutubeを併用した高校が1校、ZOOMとMicrosoft
Teamsを併用した高校が1校、MicrosoftTeamsのみを使用した高校が1校、ZOOMとGoogleMeetとYoutubeを併用した高校が1校)。残り43校では同時双方向型の学習は実施されなかったが、インターネットを活用した学習は行われていた。

 オンラインによる学習の実施に当たっては学校によって導入するソフトが違っている。その理由は明確な基準がないからだ。どのソフトを使用するかは、学校現場の裁量に任せられている。今はオンラインによる学習への過度期であり、どのソフトが本当に適しているのか、見極めている状況下でもあり、基準を作るにはまだ時間がかかるかもしれない。小中高校生たちにとって、オンラインによる学習が普通のものになるためには、それ相応の時間や手間がかかると考えられる。

政府の補助は少ない

 政府は、今年度末までにすべての小中学生が1人1台のパソコンやタブレット端末を使うGIGAスクール構想を進めているが、国の補助は1台あたり4.5万円に限られ、学校内の通信ネットワーク整備費は半額。また現状では端末の更新費用への補助の見通しは立っていない。その結果、財政に余裕があるか、オンラインによる学習の重要性に理解のある首長を有する自治体でしか整備が進んでいない。

 熊本県教育長によると、本県の義務教育課程において、今年度中には1人1台端末整備を実現する予定。県立高校では、令和4年度からの1人1台端末の実現を目指し、現在、3校に1校程度を先行実践校として選定し整備を進めている。オンライン学習には、家庭の通信環境に加え、教職員の情報活用能力の向上などの課題がある。県立高校の生徒に必要なモバイルルーターの予算化を計画、オンライン学習を行うために必要な能力を身に付けるための教員向けガイドブック作成する予定。今後、学校関係者や情報の有識者による「熊本県教育情報化推進会議」での議論を踏まえ、オンライン学習を含むICT教育の着実な推進に向けてしっかりと取り組むとのこと。


20:02

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告