日誌


2020/09/09

POLITICAL ECONOMY第174号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
デジタル庁創設
羊頭狗肉に終わらなければよいが
                 NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 菅義偉政権が発足して半月、看板政策として掲げた「デジタル庁」創設の動きが急ピッチだ。菅首相は平井卓也元IT担当相を閣僚級のデジタル改革担当相に任命、来年中のデジタル庁創設に向け、来年1月召集の通常国会に関連法案の提出を指示した。「行政の縦割りを打破し、規制改革を断行するための突破口」と位置づけているのだという。大層な力の入れようだ。

 ところが、かけ声が大きい割に、その具体的な姿が一向に見えてこない。政府関係者から漏れてくるのは、「行政サービスのデジタル化を一元的に行う」、「『デジタル敗戦』『デジタル後進国』と言われる中、他国と比較すれば、国民が本来享受できる利便性を享受できておらず、しっかり進めていく」(加藤官房長官)、「一過性で終わらせてはダメで、今後も日本社会を引っ張っていけるような、いわば成長戦略の旗頭にもならなければならないし、規制改革のシンボルにもならなければいけない。その意味で、デジタル化の司令塔みたいなものにもしていきたい」(平井担当相)など恐ろしく抽象的な説明。

  国民的論議は法案提出を受けた来春の通常国会で本格化するのだろうが、政府が相次いで開催しているデジタル改革関係閣僚会議やデジタル庁創設のためのキックオフ検討会などの論議から浮かび上がるテーマは1.国・自治体の行政システムの統一・標準化、2.スマートフォンを使った行政手続き、3.オンライン診療やデジタル教育に関する規制緩和、4.マイナンバーカードの普及促進と各種給付の迅速化-などが想定されている。

 メディアの解説などによるとマイナンバーカードの普及促進に加え、「新型コロナウイルス禍では現金給付に伴う行政手続きの遅れや連携不足が露呈」、「病院が保健所に手書きのファクスで感染者情報を伝える仕組みは海外でも驚かれた」(日経、毎日)などが行政のデジタル化の立ち遅れの例として挙げられている。

 しかし、この程度の事例ならわざわざデジタル庁を創設するまでもなく、現行の行政システムの中で改革は可能だ。担当大臣を置いて、他省庁と並立する新たな官庁組織を創設するのならば、その目的、権限、組織機構と体制、政策目標と実現へのタイムテーブルなどを分かりやすい形で国民に示し、大まかな了解を得る努力が欠かせない。

「失われた20年」の検証が必要

  実は政府が行政全般のデジタル化を掲げたのは今回が初めてではない。今から20年前の2000年9月に森喜朗首相が「e-Japan戦略」を提唱、高度情報ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)の成立を受けてIT総合戦略本部が発足、内閣官房にその事務局として「IT総合戦略室」が設置された。現在もこのIT総合戦略室が存在しており、ITの活用による国民の利便性の向上及び行政運営の改善に係る総合調整などを図る司令塔と位置づけられている。ちなみに当時、森政権が目標としたのは「2005年までに世界最先端のIT国家となる」ことだった。

 「政府は20年にわたりデジタル化推進の旗を掲げてきた。安倍晋三前政権まで関連予算は数兆円にのぼる。だが、医療や福祉などで国民が利便性を実感できるデジタル化を実現できなかった」(毎日新聞9月22日社説)。続いて同社説は「『失われた20年』の検証なしではデジタル庁を設けても成果は上がらないだろう」と指摘する。メディアとしては当然の指摘だ。

 前述のIT総合戦略に基づいて、国交省はスマートシティに取り組み、厚労省は医療IT、農水省は農業IT、経済産業省はデジタル・トランスフォーメーション推進と各省がIT・デジタル化の取り組みを展開している。新設されるデジタル庁はこれら進行中のデジタル化の施策にどのように関与するのか。平井担当相によると、「年間のIT投資は全省庁で約7000億円だが、予算要求からすべて一括してデジタル庁に集めて、各省庁で調達をやらせない。デジタル庁が“こういうスペックで作れ”ということを決めて、各省に流していく形にしたいと思う」と意気込む。

 改めて指摘するまでもなく、内閣に設置される行政機関は国家行政組織法、省庁設置法によって組織や権限、所掌事務などが定められており、それぞれが独自に予算や施策を立案・実施する。役人の世界では、どれだけ予算を獲得したか、どれだけ権限を拡大したか、どれだけ天下り先を確保したか、これが人物評価の基準となっている。行政が縦割りとなる根拠だ。『失われた20年』を検証するならば、こうした「霞が関文化」をぶち壊す覚悟がいる。デジタル庁創設は健康保険証や免許証などの機能をマイナンバーカードに付加することで、国民に不人気のカード普及に一役買うだけに終わる懸念は消えない。


15:03

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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