日誌


2015/09/29

POLITICAL ECONOMY 第36号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
アベノミクスは破綻したが、物価は上がっている
                                              経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 9月の消費者物価上昇率が2か月連続で前年同月比-0.1 %になったことで、政府・日銀が目標としている2%の達成はむずかしくなった。黒田日銀総裁は10月30日の金融政策決定会合後の記者会見で、2%達成は2016年度後半とまたまた先延ばししたが、他方で「基調は確実に高まり、2%に向けて上昇率を高めている」と強気の姿勢を崩していない。強気の根拠となっているのが、日銀が独自に作った指数である。この指数は上昇基調をとっているからだ。

 消費者物価指数は、総務省が毎月発表している。総合指数(CPI)、生鮮食品を除いた指数(コアCPI)、食料とエネルギーを除いた指数(コアコアCPI)の3つである。政府も日銀も「消費者物価上昇率2%達成」という時には、コアCPIを用いてきた。

 ところが黒田総裁が示した指数は、生鮮食品とエネルギーを除いている。いうまでもなく、これは原油価格の急落の影響を除けば物価高は続いていると言うためである。ここでは一応「日銀独自指数」と名付けておこう。

ご都合主義の「日銀独自指数」

 この「日銀独自指数」を見ると2014年2月に0.9%をつけてから徐々に下がってきたが、2015年1月と2月に0.4%で下げ止まり上昇に転じた。9月は1.2%と異次元緩和後、もっとも高い上昇率を記録している。逆に日銀が指標としてきたコアCPIは、2014年5月に1.4%を記録してから急激に下落しているのだ。言うまでもなくこれは「原油価格が50%も下落するという予想外のことが起こった」(麻生財相の発言)からである。

 しかし、だからといって別の指数を作って「物価の基調は高まっている」というは、ルール違反である。都合悪くなったら「こっちの物差しを使って!」というやり方は、どこの世界でも通用しない。しかも、原油価格の暴落が理由なら、2013年4月ころからの上昇は、原油価格の高騰が大きな要因になっている。この時は「予想外」とは言わなかった。都合の悪いときだけ原油価格を理由にしているのである。

 異次元緩和後に物価が上昇したが、これは円安で輸入品価格が上がったためである。日銀が国債を大量に買い、資金供給(「異次元緩和」)すれば物価は上がるという「インフレターゲティング政策」によるものではない。現下の日本経済においては、物価は原油価格の高低と為替動向で決まるということなのである。2年をメドに2%達成というアベノミクスの1丁目1番地は、現実問題としてまた論理的にも破綻したと言えるだろう。

アベノミクスは看板倒れ

 さて、日銀は確かにズルをしたのだが、日銀を非難するだけですまないのは、物価が上昇している「日銀独自指数」の方が、生活実感に近いからである。

 というのは、実は物価はデフレ時代においても生活関連費を中心にゼロ%に近いマイナスか、プラスであった。パソコン、テレビなどの耐久消費財の下落が平均を下げていたのだ(この点はPOLITICAL ECONOMY第2号で触れた)。今回も下落する原油価格が平均の引き下げ役となっており、似た構図になっている。

 消費者マインドが冷えているので、値上げと言ってもバターのように一箱の重さを減らすとか、これまで1パック200mlだった牛乳を190mlにして売る(事実上の値上げ)などのケースが多い。正面きって値上げできないのだろう。

 物価が上がり、賃金がさほど上がらなければ消費が冷えるのは当たり前である。実質賃金は7月から2か月プラスに転じたが、これは物価上昇率が賃金上昇率を下回ったからである。

 さて7-9月のGDPは2四半期連続でマイナスとなりそうだ。となると15年は2年連続でマイナス成長となる可能性が高まる。安倍政権後のプラス成長は、公共事業と消費増税前の駆け込み需要という厚化粧で1.6%増を達成した13年だけとなる。「物価が上がれば経済が活性化する」というアベノミクスの基本的考えの間違いが、はからずも立証されたことになる。看板倒れだったわけだ。個人消費を増やすには、物価を安定させることが必要であり、そのためには、金融緩和を停止する必要があることもまた明らかになったのではないか。


11:34

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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