日誌


2024/06/10

POLITICAL ECONOMY第265号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「騒乱警戒」水準に近づく役員報酬の高額化
    NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
  
 6月下旬、トヨタ自動車が公表した2024年3月期の有価証券報告書記載の役員報酬額にメディアが注目、話題となった。一年前に社長から会長に退いた豊田章男氏の3月期の役員報酬が16億2200万円だったことが明らかになったからだ。社長だった23年3月期の9億9900万円から6億2300万円、率にして62%の大幅増加、トヨタ歴代の役員として最高額となった。報酬の内訳は固定報酬が約3億円、残りが業績連動と株式報酬が大部分を占めている。社外取締役を中心とした「報酬案策定会議」で審議し、取締役会議で決定されたという。

  早速、新聞、経済誌などでは「トヨタ会長の報酬は高いか低いか」との論潮が誌面をにぎわしているが、総じて報酬引き上げには好意的で、「これまでグローバル企業として見劣りしていた役員報酬にようやくメスを入れた格好だ」(日経クロステック)との賛辞が広がっている。欧州のグローバル企業の場合、経営トップの報酬は15億~25億円、米国のグローバル企業では、35億~45億円か平均相場といわれ、その水準に近づいたというのが好意的報道の背景にある。

 欧米に見劣りする役員報酬と評される日本でも報酬の高額化が進行している。有価証券報告書に記載が義務付けられている役員報酬1億円以上の人数(6月27日現在)を見ると、3月期決算で開示したのは295社、740人で前年の722人を超え、過去最多を更新。トップは日立製作所の34人、以下、三井住友フィナンシャルグループ17人、伊藤忠商事14人、三菱UFJフィナンシャル・グループ14人。金額の最多はソフトバンクグループのレネ・ハース取締役34億5,800万円、ソニーグループの吉田憲一郎代表執行役会長23億3,900万円、武田薬品工業のクリストフウェバー代表取締役社長20億8,200万円。前年より報酬額が増えたのは338人で開示人数の45.6%を占めた。

米国ではインフレに苦しむ市民が猛反発

 この役員報酬を巡って6月21日付日経新聞に興味深い記事が掲載されている。2面「真相深層」欄に『CEO報酬、従業員の200倍、米の格差「騒乱警戒」水準』-との見出しが並ぶ。

 米食品大手ケロッグのCEOが「夕食にシリアル(とうもろこしや小麦などの穀物を加工した食品)を食べれば節約できる」とテレビで発言、ネット上で「炎上」したことを取り上げた。「同CEOの報酬は442万ドル(約6億9000万円)と米企業の中では高くはないが、インフレに苦しむ市民の猛反発を受け、同社製品のボイコットを呼びかける投稿が数千万回も再生された」という。

 同記事では「アメリカンドリームを重視する米国は本来、成果主義に理解のある国だ。それでも高額なCEO報酬や、広がる格差に対して不公平感を抱く市民は増えている」と指摘。米調査会社エクイラーとAP通信の共同調査によると、平均的な従業員の年収とCEO報酬の中央値を比較した「ペイレシオ」は23年に196倍に広がり、「所得の公平さを示すジニ係数は0.488と騒乱発生リスクがある0.4をはるかに上回る水準」と伝えている。

増え続ける役員報酬

 日本経済の『失われた数十年』と称されて久しい。大企業の人件費は2000年から20年にかけてほぼ横ばいで推移してきたが、企業の経常利益は約2倍、内部留保は約3倍に膨らみ、企業業績に連動する役員報酬も倍増の勢いを示している。一方でサラリーマンの5月の実質賃金は26か月連続マイナスを記録、低迷を続けている。この結果、勤労者の平均年収はわずかな伸びに留まり、22年は458万円(国税庁・民間給与実態統計調査)というのが実態。

 上述の日経記事に当てはめると、日本の代表的企業であるトヨタ会長の報酬と給与所得者の「ペイレシオ」は354倍となる計算で、米の「騒乱警戒」と指摘される200倍をはるかに超える水準。社員や経営者の給料に徹底した成果主義を採り入れ、儲けた社員や経営者に巨額のボーナスを支払うことでバブルを煽ったウォール街の「強欲資本主義」が2000年代はじめの「リーマン・ショック」を生み出したとの批判がある。巨額の報酬をグローバル企業の象徴と賛美するのではなく、物価高で生活に苦しむ一般市民と巨額報酬を受け取る勝ち組との著しい格差を直視する必要がある。


12:13

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告