「騒乱警戒」水準に近づく役員報酬の高額化
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
6月下旬、トヨタ自動車が公表した2024年3月期の有価証券報告書記載の役員報酬額にメディアが注目、話題となった。一年前に社長から会長に退いた豊田章男氏の3月期の役員報酬が16億2200万円だったことが明らかになったからだ。社長だった23年3月期の9億9900万円から6億2300万円、率にして62%の大幅増加、トヨタ歴代の役員として最高額となった。報酬の内訳は固定報酬が約3億円、残りが業績連動と株式報酬が大部分を占めている。社外取締役を中心とした「報酬案策定会議」で審議し、取締役会議で決定されたという。
早速、新聞、経済誌などでは「トヨタ会長の報酬は高いか低いか」との論潮が誌面をにぎわしているが、総じて報酬引き上げには好意的で、「これまでグローバル企業として見劣りしていた役員報酬にようやくメスを入れた格好だ」(日経クロステック)との賛辞が広がっている。欧州のグローバル企業の場合、経営トップの報酬は15億~25億円、米国のグローバル企業では、35億~45億円か平均相場といわれ、その水準に近づいたというのが好意的報道の背景にある。
欧米に見劣りする役員報酬と評される日本でも報酬の高額化が進行している。有価証券報告書に記載が義務付けられている役員報酬1億円以上の人数(6月27日現在)を見ると、3月期決算で開示したのは295社、740人で前年の722人を超え、過去最多を更新。トップは日立製作所の34人、以下、三井住友フィナンシャルグループ17人、伊藤忠商事14人、三菱UFJフィナンシャル・グループ14人。金額の最多はソフトバンクグループのレネ・ハース取締役34億5,800万円、ソニーグループの吉田憲一郎代表執行役会長23億3,900万円、武田薬品工業のクリストフウェバー代表取締役社長20億8,200万円。前年より報酬額が増えたのは338人で開示人数の45.6%を占めた。
米国ではインフレに苦しむ市民が猛反発
この役員報酬を巡って6月21日付日経新聞に興味深い記事が掲載されている。2面「真相深層」欄に『CEO報酬、従業員の200倍、米の格差「騒乱警戒」水準』-との見出しが並ぶ。
米食品大手ケロッグのCEOが「夕食にシリアル(とうもろこしや小麦などの穀物を加工した食品)を食べれば節約できる」とテレビで発言、ネット上で「炎上」したことを取り上げた。「同CEOの報酬は442万ドル(約6億9000万円)と米企業の中では高くはないが、インフレに苦しむ市民の猛反発を受け、同社製品のボイコットを呼びかける投稿が数千万回も再生された」という。
同記事では「アメリカンドリームを重視する米国は本来、成果主義に理解のある国だ。それでも高額なCEO報酬や、広がる格差に対して不公平感を抱く市民は増えている」と指摘。米調査会社エクイラーとAP通信の共同調査によると、平均的な従業員の年収とCEO報酬の中央値を比較した「ペイレシオ」は23年に196倍に広がり、「所得の公平さを示すジニ係数は0.488と騒乱発生リスクがある0.4をはるかに上回る水準」と伝えている。
増え続ける役員報酬
日本経済の『失われた数十年』と称されて久しい。大企業の人件費は2000年から20年にかけてほぼ横ばいで推移してきたが、企業の経常利益は約2倍、内部留保は約3倍に膨らみ、企業業績に連動する役員報酬も倍増の勢いを示している。一方でサラリーマンの5月の実質賃金は26か月連続マイナスを記録、低迷を続けている。この結果、勤労者の平均年収はわずかな伸びに留まり、22年は458万円(国税庁・民間給与実態統計調査)というのが実態。
上述の日経記事に当てはめると、日本の代表的企業であるトヨタ会長の報酬と給与所得者の「ペイレシオ」は354倍となる計算で、米の「騒乱警戒」と指摘される200倍をはるかに超える水準。社員や経営者の給料に徹底した成果主義を採り入れ、儲けた社員や経営者に巨額のボーナスを支払うことでバブルを煽ったウォール街の「強欲資本主義」が2000年代はじめの「リーマン・ショック」を生み出したとの批判がある。巨額の報酬をグローバル企業の象徴と賛美するのではなく、物価高で生活に苦しむ一般市民と巨額報酬を受け取る勝ち組との著しい格差を直視する必要がある。