日誌


2025/05/14

POLITICAL ECONOMY第286号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
株主総会のシーズンに考える
金儲けの小道具と化したCGコードは考え方から見直すべき

                              金融取引法研究者 笠原 一郎

 6月は、3月決算期が多い日本の上場会社(東証プライム市場上場会社では約7割とされる)では株主総会が開催される月、株主総会のシーズンである。新聞(1) は、物言う株主(いわゆるアクティビスト)の株主提案が過去最多50社となり、資本効率や親子上場などにつき経営改革促す市場圧力となっていると報じている。

 今期、こうした株主提案を受けている会社には、日本を代表するエクセレント企業とも呼ばれた会社の名前も並ぶ。世界の自動車マーケット動向からの乗り遅れと経営ガバナンスの混乱を問われている日産自動車(日産)、元タレントの不祥事事案を契機にその後の対応の稚拙さとその企業体質への強い批判にさらされたフジメディアHD(フジテレビ)、また、小売り経営の効率性を問われスーパー部門の切り離しを求められたセブン&アイHD(7-Eleven)、また、トヨタ自動車(トヨタ)は子会社上場の解消そしてアクティビストから度重なる株主からの要求がなされている祖業の豊田自動織機に対する完全子会社化案を発表している。

 こうした株主からの要請・要求は、確かに企業に対して経営ガバナンスの適正化を求めるものと見えるものもある。しかしながら、一部のアクティビストによるフジMDHに対する取締役選任の提案(元案)では、放送免許親会社における取締役の放送法適格から外れたものを出してくるなど、彼らが真摯に企業に対してガバナンス改革を求めているのか、疑義を生じかねないレベルのものもある。

資本の効率化という名の金儲け最優先の主張

 そして、多くのアクティビストたちが企業に対して求める合言葉は、“企業価値の向上”であり、“資本コストに見合う経営を促す”というものである。彼らが言うところの企業価値向上とは株式時価総額の増大、すなわち、株価を上げろというものであり、また、資本コストに見合う経営とは彼らが期待する投資利回り以上のものを得るための資本効率化を求めるものである。いわば、企業に対して自分は“これくらい利回りを期待しているので、それに見合う儲けを出せ”と言っているものとも言えよう。こうした企業への要請は、ここ最近、特に大きな声となってきている。なぜ、何処から、資本の効率化という名の目先の金儲け最優先の主張を堂々と要求するようになってきたのであろうか。

 こうした声の背景の一つには、コーポレートガバナンスコード(CGコード)(2) の制定があると考える。このCGコードは金融庁と東証(現JPX子会社)が中心となり作られたものであるが、そもそもの生い立ちは、2013年6月に、日本の中長期的な経済再生を目指すとして閣議決定(第二次安倍内閣)された「日本再興戦略」に端を発し、経済産業省からは通称「伊藤レポート」(3) が公表された。このレポートをベースとして「コーポレートガバナンスコードの策定に関する有識者会議」での議論を経て、策定されたものとされる。

 まず、CGコード策定のベースとなった「伊藤レポート」の議論における“企業価値”について見てみる。そこには、企業が生み出す価値をどのように考えるかとして、「一般的には株式時価総額や企業が将来的に生み出すキャッシュフロー等に焦点を当て、中長期的には資本コストを上回る利益を生む企業と述べる。一方で、ステークホルダーにとっての価値、株主価値、顧客価値、従業員価値…社会コミュニティ価値の総和から構成される」と述べている。

 こうした議論を受けてCGコードでは、1.株主の権利の確保、2.ステークホルダーとの協働、3.情報開示と透明性の確保、4.取締役会の責務、5.株主との対話 を基本原則としてあげている。一見すると、至極“当たり前”の項目が並ぶ。しかしながら、この基本原則のうちの1.と5.は、“株主と企業の関係”について、企業に対しては株主の権利を確保したうえでよく話を聞け、そのベースは短期的な“資本コストを上回る利益”を求める株主第一主義を体現するための政府・取引所からの要求である。日本の商いの心である「三方よし」の精神、すなわち企業の社会コミュニティ価値=企業の社会的責任については、ステークホルダーとの協働との名目のもと矮小化し、SDGsに置き換えるという化粧が施された議論に仕立て上げられた感がある。

株主第一主義を前面に押し出したCGコード

 このような株主第一主義を前面に押し出したCGコードは、その策定から10年が経過した。果たして日本は再興されたであろうか。目先の金儲け主義の小道具としての“お墨付き”が与えられた株主たちが、大手を振って跋扈してきているようにしか見えないのは、私だけだろうか。株主第一主義のCGコードは、その考え方から見直すべきであろう。日本の中長期的な再興を目指すのであれば、まずは企業経営・取締役会への関与を求める株主に対する社会的な責任、すなわち株主にも情報の透明性を、そして株主にもまた社会に対する説明の責任を求めるという、ステークホルダー全体への責務を持たせることから考えるべきではないだろうか。
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(1) 日本経済新聞2025年6月7日朝刊より。なお、産経新聞2025年6月7日朝刊は、三菱UFJ信託銀行調べとして、株主提案を受けた企業は114社と報じている。また、読売新聞2025年6月10日朝刊は、約100社と伝えている。

(2) 日本取引所グループ(JPX)HP(https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/)参照。
(3) 「伊藤レポート」とは、伊藤邦雄一橋大学教授を座長に取りまとめられた「持続的成長への競争力とインセンテイブ」(2015)報告書である。


21:23

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

第45回研究会
「トランプ関税でどうなる欧州経済」

講師:田中素香氏(東北大学名誉教授)
日時:10月25日(土)
14時~17時

場所:専修大学神田校舎1号館4階ゼミ42教室(東京メトロ半蔵門線、都営地下鉄・新宿線、三田線神保町駅 出口A 2下車徒歩3分)
資料代:1000円


 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告