日誌


2025/04/25

POLITICAL ECONOMY第286号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
DEI(多様性、公平性、包摂性)ばかりにかまけるなー問題は経済なのだ 
                                                                        経済アナリスト 柏木 勉

 トランプが矢つぎ早に打ち出した諸々の政策は世界に大きな衝撃と混乱を生んでいる。一方、これに対する非難、反発、怒り、不満の大合唱も引き起こされている。この状況をどう見るべきか、対応の基本方向をどう考えるか、それは世界が重大な分岐点にさしかかっているだけに極めて重要である。ここでは多くを述べられないが、まずトランプへの非難、反発、怒りの大合唱について触れたい。そこでこれら非難、反発、怒りを見たとき、それらはもっともなものであると一応は云える。だが一面的で不十分である。これらの非難、反発は、「自由貿易の利益・多国間主義の無視だ、人種差別主義・人権無視だ、反民主主義だ、強欲だ」と、もっぱら上から目線でトランプ政策の愚かさを指弾する侮蔑的なものでしかない。

 そこに欠けているのは、なぜトランプ現象という大きなうねりと運動が生まれたのか、米国を分断するほどの大きな力となっているのか、欧州でも同様なうねりと運動が沸き上がっているのはなぜかを顧みないということだ。これを見なければ今後の方向を的確に見出すことはできない。

歪んだ形での新自由主義への反乱・暴発

 トランプ現象は本質的には新自由主義に対する民衆の反乱・暴発である。それはゆがんでねじ曲がっているが、その根底には新自由主義が30-40年にわたって拡大させてきたグローバル化と経済的格差拡大への反発、放置された中・低所得階層の怒りがある。新自由主義によって欧米各国の民衆とりわけ製造業労働者・中間層が底辺に追いやられ、低所得層は放置され(ラストベルトが象徴だが、ドイツでは旧東独地域は停滞に陥り、住民は2級市民として蔑視されてきた)、地域のコミュニティーは崩壊していった。

 これに対する反乱・暴発がことの本質であり、だから経済問題なのだ。新自由主義に転落したビル・クリントンをもじって言えば、全く逆の立場から「経済こそが重要なのだ、愚か者!」
米民主党、欧州社民の新自由主義への転落

 新自由主義は欧米日の支配層によっておしすすめられてきた。しかし大きな転回点は米国民主党と欧州社民の路線転換だった。ビル・クリントン、ブレア、シュレーダー政権は一様に新自由主義に転落し、親ビジネスに大きく傾いた。その路線は労働側への配慮をちらつかせながらの、いわば多少薄めた新自由主義であり、それは小さな政府=緊縮財政(福祉予算削減)、民営化・規制緩和、グローバル化推進という基本的な点で何らかわるものではなかった。そして、それは基本的に所得再分配軽視への移行であり、IT化・サービス化への構造転換にともなう労働者層への対応軽視であった。

 米国民主党でいえば、彼らは所得格差が拡大する中で勝ち組のエリート層にシフトして、その支持基盤は所得の上層クラスに位置するようになった。製造業労働者とサラリーマン(高卒)=低・中所得層を見捨て、高等教育(大学)=高所得を得る人口全体では少数の層にシフトした。かつ、彼らが主張するDEI(多様性、公平性、包摂性)はグローバル化と親和的であった。例えば人種の多様性を考えればすぐわかるだろう。このためDEIはグローバル化と結合して捉えられ、グローバル化に苦しめられる製造業中間層・低所得層のいだく憎悪を深めることになった。民主党支持者の主流は、いわゆるアイデンティティ政治に熱中したが、それは多様性を強調する一方で異なる見解へは不寛容で上から見下すものであった。なおかつ、最も重要な経済的分配是正への対応は脇におしやったままであった。なぜなら、彼らリベラル・エリート層は勝ち組であり高所得層であるから、所得分配への考慮は希薄だったからである(かつて、この意識を代表したのがヒラリー・あクリントンであり、DEIに反感をいだく周辺に追いやられた製造業中間層・低所得層を「惨めな人々」と呼んだ)。

 2016年のトランプ勝利をふまえて、バイデン政権は若干の路線修正で労組活性化の姿勢を見せ、インフラ投資雇用法や製造業保護にむけた中国への関税強化など労働側へ配慮した政策をいくつか打ち出した。だが効果は薄く、何よりもう遅かった。インフレが進んで一般民衆の不満がたかまり、そのため労組寄りの姿勢はかすんでしまったのである。

 ところで、ここでMAGA派を見れば一枚岩ではないことは明白であり、一方は上述した「忘れ去られてきた人々」=底辺に追いやられた製造業労働者層、中・低所得者層であり、他方は支配的金融業界ならびに裕福なテック企業経営者に大別される。トランプは両者の間に立って双方を操っている。後者はこれまで新自由主義によって莫大な富を得てきたし、トランプの減税と規制緩和に期待している。基本
的にトランプは彼らに敵対することはない。なによりもトランプは成り上がった支配者であり、労働者層の味方ではない。トランプは両者を操りつつ共通の敵=リベラルなエリート・エスタブリッシュメントと闘うという構図(図を参照。出所:JBPress「【米大統領選】机上の平等主義にうんざり、右傾化するシリコンバレー」 2024.9.10)を維持し、かつ中国との覇権争いを繰り広げ「米国を再び偉大に」というナショナリズム=迷妄を拡散していくだろう。

分配是正とDEI推進の同時追求が課題

 以上から左派が採るべき道は、分配是正とDEI推進の双方を同時に追求することだ。両者は補完的だが、最優先は分配是正と産業構造転換にともなう雇用対策の強化=「経済」だ。これを前提にしてこそDEIへの理解も進む。欧州についても同じだ。「忘れ去られてきた人々」を左翼の方こそがすくい取り、結集しなくてはならない。加えてナショナリズムの無化が不可欠だ。中国共産党も一党独裁体制維持のため「中華民族の偉大な復興」というナショナリズム=愚かな迷妄に陥っている。ナショナリズムは各国の「現実の支配・被支配」を忘却させる阿片である。この阿片こそが依然として世界の問題である。


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メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告