「誰も断らない」座間市の取り組みの意味
街角ウォッチャー 金田 麗子
職場の同僚(60歳)の母(85歳)が、特別養護老人ホーム入所を待っているのだが、二人の年金とわずかな蓄えで暮らしてきたので、この先の生活への不安を抱えていた。精神障がい者手帳を持っている同僚は、横浜市の居住区の「生活支援課」に相談に行ったが、生活保護基準額と条件を一方的に言われ、「もう何も話ができなかった」と帰ってきたという。
そんなことがあったので「誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課」(朝日新聞出版)を読み感心した。
2015年に「生活困窮者自立支援法」が施行されたのに対応して、座間市は生活援護課で自立相談支援、就労支援などの支援の相談を行っている。本書はその活動の記録をベースにしている。
「生活困窮者自立支援法」とは、生活保護に至る前段階の困窮者に対し自立支援相談事業の実施や住居確保給付金の支給など必要な支援提供のための法律である。法が定める生活困窮者とは、生活保護を受けていないが将来的に生活保護の受給に至る可能性がある人、あるいは経済的な問題だけでなく、日常生活や社会生活を送る上で問題を抱えた人である。
失業など就労に関わる問題もあれば、家計や借金などの金銭問題、住居、家族間の問題、引きこもり、鬱や精神疾患、軽度の知的障がい、子どもの貧困など、その対象は幅広く一定の基準では線引きできない。
生活困窮者を総合的にとらえた統計は存在しないが、福祉事務所に来訪した人の中で生活保護に至らない人は30万人、引きこもり状態115万人、離職期間1年以上の長期失業者約53万人、ホームレス約3000人、経済生活問題を原因とする自殺者約3000人、スクールソーシャルワーカーが支援する子どもは約10万人いるという(厚生労働省資料「生活困窮者自立支援制度における横断的な課題について①」)。
民間とも連携して支援
座間市の担当責任者は、市内、市外、国籍問わず座間市とつながりができたすべての人を断らずつながるという。
これは理念としての意味だけではない。現実的に生活援護課に相談に来た時には、どうにもならない状況に陥っている場合が多い。病気になって失業、借金が膨らみ、人間関係も崩壊し、家賃の滞納、住居を失い、役所に相談に来た時には打つ手が限られてしまう。だからなるべく早い時点で相談して貰う為、困窮状態に陥っている人との接点を増やし、緩やかに相談の輪に早期に入ってもらうほうが良いという判断なのである。
そのために、市役所内の全てのセクションに、困っている相談者を受け入れるとアナウンスし連携をとるようにしている。庁内だけでなく家計改善事業、就労訓練事業、就労支援先の開拓、就労体験、ユニバ―サル就労支援、一時生活支援、地域居住支援、フードバンク、アウトリーチによる自立相談支援事業、助葬事業などを手掛ける民間団体や、弁護士会、障がい児者基幹相談支援センター、ハローワーク、社会福祉協議会など地域の様々な団体とネットワークし、困窮者との接点を求め、解決に向けての支援の資源として協力をお願いしている。
これらの支援のうち、家計改善支援や自立就労準備支援などは、生活保護利用者は対象外だったが、先ごろの法改正で対象となり支援を受けられることになった。
「根雪のような非正規労働者」の存在
バブル崩壊以降、生活困窮者が増え、リーマンショックで多くの派遣労働者が解雇され、仕事も住まいも失った。さらに新型コロナ禍。飲食業などのサービス業に従事する人や自営業者などの生活困窮者も増えている。背景にあるのは、座間市の担当者が語っているが「根雪のような非正規労働者」の存在が大きいだろう。
総務省統計局「労働力調査長期時系列データ」によると、労働力人口に占める非正規雇用の割合は、1989年の約2割から2019年の約4割と倍増している。特に1998年から2003年の5年間の伸びが顕著で、数度にわたって規制緩和された労働者派遣法の改正の影響が大きい。
総務省「労働力調査基本集計2022」によると、日本女性の労働参加率はアメリカ、フランスより高いが、半数以上は非正規雇用で、65歳以上の労働参加率もOECD諸国の中で高いが4分の3は非正規雇用。社会学者の小熊英二は、女性や高齢者の境遇、低賃金の要因になっていると見ている。
当然年金も格差が大きい。東京都立大学教授の阿部彩によると(2021年厚生労働省の国民生活基礎調査からの集計)、65歳以上の一人暮らしの女性は、男性3割に対し4割で相対的貧困の状態にある。厚生労働省によると、22年度の厚生年金の平均月額は男性16万7000円に対し、女性は10万9000円だった。これまでの低賃金の反映だから、この傾向はまだまだ続く。
男女問わず高齢単身者世帯の、生活困窮はもちろん住居の確保、保証人問題、病気や死亡などの万が一に備えた支援は急務だ。「生活困窮者自立支援法」の役割はますます必要とされるだろう。
それなのに冒頭の横浜市の対応は、水際で生活保護申請をさせない対応マニュアルのようだ。横浜市は、相談のワンストップ性の向上や、多様な相談のインテークアセスメントを行い、包括的な相談支援をおこなうとしている。座間市を参考に、相談者の話をまずよく聞き、何に困っているか把握し、「誰も断らない」支援体制を確立してほしい。