日誌


2014/07/13

POLITICAL ECONOMY 第20号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
パリの移民問題と日本の労働力不足

                                                   横浜市立大学名誉教授 金子 文夫

 6月の後半、パリに滞在した。6月のパリは気候がよく、旅行には最適の季節といわれる。たしかに連日晴天でさわやかな風が吹き、夜9時ころまで明るいというよい条件に恵まれたが、その一方、物価の高いこと、移民の多いことが強く印象に残った。

 折からの円安・ユーロ高の影響もあったとはいえ、カフェで軽食をとると、1品16~20ユーロ(1ユーロ=140円として2240~2800円)もするのには驚いた。しかし、スーパーマーケットで買い物をすると意外に安いので、カフェは観光客用の値段かとも思う。日本でもホテルの喫茶室のコーヒーはやたらに高いので、そんな感覚ではないだろうか。地下鉄やバスの料金は市内
全区間同一なので、これは日本より安いといえる。

移民増で負担感

 フランスは移民大国として有名であり、特にパリには移民が多い。地下鉄に乗ると、中東、北アフリカ、西アフリカ、カリブなどから来たと思われる人々が目につく。空港から乗ったタクシーの運転手はカンボジア出身だった。グローバル都市のタクシー運転手はどこも移民が多いようだ。以前、ニューヨークで乗った時は、アフガニスタンやエチオピア出身者だったと記憶している。パリの北部には移民が集まっており、パリ在住の日本人は治安の悪さを嘆いていた。実際に北部に足を運んでみると、たしかに移民が多く、また物価も安いと感じられた。治安については、偏見も混じっているのではないだろうか。

 フランスは、かつての植民地帝国の遺産を引継ぎ、これまで移民受入れに比較的寛容であった。閣僚のなかに、開発・フランコフォニー(フランス語圏)担当大臣が置かれているのも、そうした歴史の名残だろう。日本では北海道・沖縄担当大臣がいるが、それを台湾・朝鮮担当まで広げた形といえるかもしれない。したがって、移民対応は習熟しているはずと考えられるが、そんな余裕はなくなりつつあるようだ。

 EUの中核国はドイツとフランスだが、このところドイツ経済の好調とフランス経済の不調との対照があらわになってきた。フランス経済の停滞、失業者の増加とともに、移民、とりわけ文化・宗教の異なるイスラム教徒に対する排外的感情が高まってきていることは間違いない。5月末の欧州議会選挙で、右翼の国民戦線が大躍進を遂げたのも、そうした排外的感情をたくみに取り込んだ結果と思われる。東欧からの移民も含め、フランスは移民問題が大きな負担になっているように感じられた。

日本は、その場しのぎ小手先の対策

 日本に帰国してみると、安倍政権の新成長戦略のなかに、外国人労働力の導入が柱として位置づけられていることがわかった。ところが、その手法は、評判の悪い技能実習制度を拡大するというもので、いかにもその場しのぎの小手先の対策である。わざわざ、移民政策と誤解されないように配慮するとしているが、今後の急速な人口減少時代を迎えるにあたって、本格的な移民政策の立案が必要になっているのではないか。当面の小手先の対応に終始するなかで、なし崩し的に外国人労働力が増加することは、人権問題、社会の安定性の観点からも望ましくないことであり、そろそろタブーに挑戦する時期に来ているのではないだろうか。


20:27

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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