日誌


2024/09/30

POLITICAL ECONOMY第272号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
富裕層への課税強化は時代の要請だ
            横浜アクションリサーチ 金子 文夫

 衆議院選挙は自公政権の敗北に終わり、政治状況は流動的になった。政治資金問題がこの変化をもたらしたわけだが、日本が取り組むべき格差是正問題については、選挙戦を通じて焦点化されなかった。しかし、資産所得が労働所得を上回ることから生じる格差拡大は放置できない水準に達している。格差是正のための税制改革、富裕層への課税強化は重要な政策課題といわなければならない。

各政党は公約で何を提起したのか
 
 主な政党の税制改革政策は3グループに分けられる。第一は自民党と公明党であり、格差是正の税制改革は掲げられなかった。自民党は、岸田前首相、石破首相ともに金融所得課税に言及したものの、株価下落に直面すると簡単に棚上げするという経緯があり、今回の公約には「経済成長を阻害しない安定的な税収基盤の構築の観点から、税制の見直しを進めます」とだけ書き、どこをどう見直すのか何らの言及もなかった。公明党は税制改革そのものを取り上げていない。

 第二は維新の党と国民民主党であり、消費税・所得税減税を通じた消費喚起、経済成長を政策の基調としつつ、維新の党は金融所得の総合課税化、マイナンバーと銀行口座の紐付け、国民民主党は給付付き税額控除、マイナンバーと銀行口座の紐付けを提起した。

 第三は立憲民主党と共産党であり、ともに総合的な税制改革案を打ち出した。立憲民主党は格差是正を目指し、所得税の累進性強化、各種控除見直しによる所得再分配の強化、金融所得への超過累進税率の導入、将来の総合課税化、消費税の軽減税率廃止、給付付き税額控除の導入、相続税・贈与税の累進性強化を提案した。

 共産党は消費税の5%への引下げ、将来的な廃止、大企業の内部留保課税、株式配当の総合課税化、株式譲渡所得は高所得者には30%以上課税、所得税の累進性強化、相続税・贈与税の最高税率を50%から70%へ引上げなどを掲げた。さらに注目すべきは富裕税の創設であり、純資産5億円超の富裕層に対して、5億円を超過する部分に0.5~3%の累進税率で毎年課税し、およそ1兆円程度の税収を見積もっている。

日米の富裕層増税政策

 多くの党は消費税減税を訴えたが、富裕層増税などとセットで打ち出すべきものだろう。あまり目立たないが、日本ではすでに2023年度税制改革で「ミニマム富裕税」が創設されている。これは、所得が3億3千万円を超える富裕層に対して、最低でも22.5%の課税を行うもので、金融所得が所得の大半を占める富裕層の税負担率が低下する「1億円の壁」問題を一定程度是正する措置といえる。対象者は少なく、税率引き上げはわずかであり、たいした増収効果も見込めないが、今後の格差是正策の端緒になりうるだろう。

 一方、米国のバイデン政権は様々な富裕層増税政策を提起している。投資純利益が20万ドルを超える場合は通常の税率に3.8%追加、40万ドルを超える場合は5%追加する所得税増税、所得1000万ドル超の富裕層に対して超過分に5%、2500万ドル超に対しては8%の追加課税、純資産1億ドル超の富裕層に対して資産の含み益を含めて最低25%課税する富裕層ミニマム課税(含み益課税は資産課税ではなく、含み益が将来実現することを想定した所得税の前倒し課税)などが主なものだ(詳しくは、岡直樹「金融所得課税・富裕層課税の新たな展開」財務省『フィナンシャル・レビュー』2024年8月号参照)。

 バイデン政権の様々な富裕層増税案は、増税論議を封印している日本とは対照的だ。目下のところ、提案に対する議会の抵抗が強く、修正あるいは不成立に終わっているが、富裕層課税が時代の要請であることを示している。

G20財務相会合におけるグローバル富裕税の提起
 
 ピケティの弟子にあたるガブリエル・ズックマンはかねてグローバル富裕税を提起していたが、2024年のG20議長国であるブラジル政府の委託を受けて、6月に超富裕層グローバルミニマム課税に関する報告書を公表した。それによれば、世界の10億ドル以上の資産をもつ超富裕層約3000人に対して、世界共通して実効税率が最低2%になるように富裕税を課税すれば、年間2000~2500億ドルの税収があげられるという。

 これは現在の世界のODA総額に匹敵する規模であり、実現すればSDGs達成に大きく寄与するだろう。範囲を広げて、資産1億ドル超の富裕層約6万人に3%課税すれば税収は6000億ドルと推計される。富裕層は国外移住などで租税回避行動をとると想定されるが、課税権力のグローバル化が進展しているため、すでに実現しているグローバルミニマム法人税と同様、国際協調によって対応が可能であり、またすべての国が参加しなくても実施できると論じている。

 この報告を受けて7月のG20財務相会合ではこの構想が議題に取り上げられた。また、国連租税協力枠組条約の創設プロセスでも、グローバル富裕税は早期議定書のテーマの一つにあげられており、今後の取組が注目される。                                               


20:05

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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