日誌


2024/09/14

POLITICAL ECONOMY第271号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「誰も断らない」座間市の取り組みの意味
             街角ウォッチャー 金田 麗子
 
 職場の同僚(60歳)の母(85歳)が、特別養護老人ホーム入所を待っているのだが、二人の年金とわずかな蓄えで暮らしてきたので、この先の生活への不安を抱えていた。精神障がい者手帳を持っている同僚は、横浜市の居住区の「生活支援課」に相談に行ったが、生活保護基準額と条件を一方的に言われ、「もう何も話ができなかった」と帰ってきたという。

 そんなことがあったので「誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課」(朝日新聞出版)を読み感心した。

 2015年に「生活困窮者自立支援法」が施行されたのに対応して、座間市は生活援護課で自立相談支援、就労支援などの支援の相談を行っている。本書はその活動の記録をベースにしている。

 「生活困窮者自立支援法」とは、生活保護に至る前段階の困窮者に対し自立支援相談事業の実施や住居確保給付金の支給など必要な支援提供のための法律である。法が定める生活困窮者とは、生活保護を受けていないが将来的に生活保護の受給に至る可能性がある人、あるいは経済的な問題だけでなく、日常生活や社会生活を送る上で問題を抱えた人である。 

 失業など就労に関わる問題もあれば、家計や借金などの金銭問題、住居、家族間の問題、引きこもり、鬱や精神疾患、軽度の知的障がい、子どもの貧困など、その対象は幅広く一定の基準では線引きできない。

 生活困窮者を総合的にとらえた統計は存在しないが、福祉事務所に来訪した人の中で生活保護に至らない人は30万人、引きこもり状態115万人、離職期間1年以上の長期失業者約53万人、ホームレス約3000人、経済生活問題を原因とする自殺者約3000人、スクールソーシャルワーカーが支援する子どもは約10万人いるという(厚生労働省資料「生活困窮者自立支援制度における横断的な課題について①」)。

民間とも連携して支援

 座間市の担当責任者は、市内、市外、国籍問わず座間市とつながりができたすべての人を断らずつながるという。

 これは理念としての意味だけではない。現実的に生活援護課に相談に来た時には、どうにもならない状況に陥っている場合が多い。病気になって失業、借金が膨らみ、人間関係も崩壊し、家賃の滞納、住居を失い、役所に相談に来た時には打つ手が限られてしまう。だからなるべく早い時点で相談して貰う為、困窮状態に陥っている人との接点を増やし、緩やかに相談の輪に早期に入ってもらうほうが良いという判断なのである。

 そのために、市役所内の全てのセクションに、困っている相談者を受け入れるとアナウンスし連携をとるようにしている。庁内だけでなく家計改善事業、就労訓練事業、就労支援先の開拓、就労体験、ユニバ―サル就労支援、一時生活支援、地域居住支援、フードバンク、アウトリーチによる自立相談支援事業、助葬事業などを手掛ける民間団体や、弁護士会、障がい児者基幹相談支援センター、ハローワーク、社会福祉協議会など地域の様々な団体とネットワークし、困窮者との接点を求め、解決に向けての支援の資源として協力をお願いしている。

 これらの支援のうち、家計改善支援や自立就労準備支援などは、生活保護利用者は対象外だったが、先ごろの法改正で対象となり支援を受けられることになった。

「根雪のような非正規労働者」の存在

 バブル崩壊以降、生活困窮者が増え、リーマンショックで多くの派遣労働者が解雇され、仕事も住まいも失った。さらに新型コロナ禍。飲食業などのサービス業に従事する人や自営業者などの生活困窮者も増えている。背景にあるのは、座間市の担当者が語っているが「根雪のような非正規労働者」の存在が大きいだろう。

 総務省統計局「労働力調査長期時系列データ」によると、労働力人口に占める非正規雇用の割合は、1989年の約2割から2019年の約4割と倍増している。特に1998年から2003年の5年間の伸びが顕著で、数度にわたって規制緩和された労働者派遣法の改正の影響が大きい。

 総務省「労働力調査基本集計2022」によると、日本女性の労働参加率はアメリカ、フランスより高いが、半数以上は非正規雇用で、65歳以上の労働参加率もOECD諸国の中で高いが4分の3は非正規雇用。社会学者の小熊英二は、女性や高齢者の境遇、低賃金の要因になっていると見ている。

 当然年金も格差が大きい。東京都立大学教授の阿部彩によると(2021年厚生労働省の国民生活基礎調査からの集計)、65歳以上の一人暮らしの女性は、男性3割に対し4割で相対的貧困の状態にある。厚生労働省によると、22年度の厚生年金の平均月額は男性16万7000円に対し、女性は10万9000円だった。これまでの低賃金の反映だから、この傾向はまだまだ続く。

 男女問わず高齢単身者世帯の、生活困窮はもちろん住居の確保、保証人問題、病気や死亡などの万が一に備えた支援は急務だ。「生活困窮者自立支援法」の役割はますます必要とされるだろう。

 それなのに冒頭の横浜市の対応は、水際で生活保護申請をさせない対応マニュアルのようだ。横浜市は、相談のワンストップ性の向上や、多様な相談のインテークアセスメントを行い、包括的な相談支援をおこなうとしている。座間市を参考に、相談者の話をまずよく聞き、何に困っているか把握し、「誰も断らない」支援体制を確立してほしい。 

21:46

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告