日誌


2024/08/16

POLITICAL ECONOMY第270号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
SNSネット社会の生き方とは
             金融取引法研究者 笠原 一郎
 
 先日来のテレビワイドショー番組は、兵庫県知事のパワハラ問題が大きく取り上げられているが、ちょっと前までは、芸人YouTuberフワちゃん氏がSNS上で発した、芸人 やす子氏への“誹謗・中傷” 問題が様々に取りあげられていた。フワちゃん氏の弁明によれば、いわゆる“裏垢(表に出ないSNSアカウント)”で書いていた、やす子氏をディスル(貶める言い方)ならば、“こんな感じで”と試しに書いたものが、携帯の操作を間違えて、表のSNSアカウントに投稿してしまった、とのことである。こうした弁明、そしてすぐにこれを消去したにもかかわらず、この“誹謗・中傷”は瞬く間にSNS空間上で拡散し、フワちゃん氏は大きな非難を浴び、出演していたテレビ番組、コマーシャルから降板せざるを得ない状況に追い込まれた。 

 また、最近ではSNS上で有名人を騙る投資詐欺、SNSの仮想世界において有名な“誰々”がスマートに経済情勢を語り、もっともらしく株式マーケットを解説し、自分に任せれば上手く“儲かる”と洗脳することで、分別あると思われる中高年が“コロッ”と虎の子を振り込んでしまう、という犯罪行為が報じられている。その後、被害者がこのような投資話が虚偽と気づいても、後ほど述べるようにSNSでの救済障壁の高さからすると、これを取り戻すことは非常に厳しいものと思われる。

 ここで、単にフワちゃん氏の不適切かつ軽はずみな行為を非難すること、有名人を騙る投資詐欺の被害者の“過失”をあれこれ言うことは容易い。現実として、今の社会ではSNS・ネットは生活に密着し、これを欠いた社会は想像できないところにまで来ている。こうした現代人にとって抜け出すことが出来ないネット環境下において、これらの事案からSNSネット化社会と如何に付き合っていくか、そしてこの社会での生き方を考える機会ではないかと思われる。

サイト管理者は情報開示に消極的

 ネットを利用する、とくにSNSを利用する多くの人にとって、自らの情報発信・情報収集のツールとして、さらにコロナ禍以降、孤立・孤独化が進む現実社会において、心の救済手段として仮想空間における自己承認欲を得る絶好のツールでもあるとされ、また、注目されるコンテンツを作ることでサイト閲覧者(フォローワー)を集め、多額の広告料をも獲得できる手段でもある。一方で、SNSが持つ匿名性・秘匿性は、誹謗・中傷問題に止まらず、闇サイトでの犯罪行為者の勧誘、そして、先ほど述べた投資詐欺の温床になっている現状がある。

 こうしたSNSの匿名性・秘匿性は、被害者が誹謗中傷者・投資詐欺者を見つけ出そうにも、その壁は高いとされる。こうした者たちへの賠償請求(刑事告訴)の前提として、まず、匿名の発信者情報の開示を求めることとなるが、その手続きはかなり困難とされる。こうした開示請求にかかる法的な手続きとしては、近年、プロバイダー責任制限法の改正により、従来よりも簡略化された「発信者情報開示命令」の制度が作られてはされている。具体的には、開示(削除)請求について裁判所が「非訴事件」という簡易的な形式の審理によって、サイト管理者・プロバイダーに対して開示(削除)命令を発出するもので
ある。しかしながら、従前よりのこうした開示(削除)請求に対するプロバイダーの反応からすると、既に発信者にかかるログ情報は消去(その保存期間は3-4か月か?)されている、発信者のプライバシー侵害懸念の観点から、こうした情報開示に対しては消極的な姿勢も垣間見え、依然として障壁は低くはな
いものとみられる。

スマホ・パソコンを閉じて再考を!

 SNSネット社会の状況を、世界で見渡せば、米国ではSNSを使った大統領選挙への“干渉”が懸念され、また、ロシア・中国共産党は政治的な情報操作のツールとしているものとみられ、SNS・ネットの情報管理に対する“規制”への声も出てきている。一方で、国家権力によるSNS情報管理規制には、上記のロシア・中国共産党の例を引くまでもなく、強い懸念がもたれるところである。ただし、米国では未成年のインスタグラム(運営は旧フェイスブック)利用について、親の管理を必須とする規制が作られたとも報じられてはいる。

では、我々は如何して、SNSネット社会と付き合えばよいのだろ
うか?

 なかなか答えは難しい。ありきたりの答えしかできないが、SNS・ネットの情報を鵜呑みにしないこと、特に多額のお金が絡むことがらには、一度、仮想世界を抜け出し、冷静に現実の世界に戻り、アナログな検証をしてみること、すなわちスマホ・パソコンを閉じてゆっくりと再考してみてはいかがだろうか。


09:02

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告