日誌


2024/08/15

POLITICAL ECONOMY第269号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
頑迷ドイツの石頭をすげかえよ
              経済アナリスト 柏木 勉

 欧州では極右・ポピュリスト政党の伸長が著しい。ながく権力を維持してきた既成政党は失墜しつつあり、民主主義の危機だとかファシズムの時代が近いとか暗鬱な空気に覆われている。

 先の欧州議会選挙では、これまでと同様に親EU中道会派が過半数を維持した。しかし、一方で、反EUの右派・極右が伸長して全体の約4分の1を占めるなど、全体として右傾化が鮮明になった。さらにドイツでは9月1日の州議会選挙で、国政与党SPDは惨敗。極右の「ドイツのための選択肢(AfD)」と極左・ポピュリストが率いる新党が大幅に「躍進」した。テューリンゲン州ではAfDが第1党となった。戦後はじめて極右が州議会選で勝利を収めた。これに続くブランデンブルク州の選挙は22日だが、AfD は複数の調査で支持率1位になっている。

 フランスでは国民議会の決選投票が行われ「不服従のフランス」ら左派連合が第一勢力となったが、どの政党も獲得議席数が過半数に満たない宙づり議会のままである。しかし1回目の投票で国民連合中心の勢力が首位にたった。反EUと右傾化がいかに強まっているかを表している。

 これら極右政党はEUへの反感、所得格差拡大への糾弾,反移民の排外主義、国内「秩序安定化」を訴えて大きく支持をのばしている。

 今回はこれら極右の伸長を抑えるには、共通通貨ユーロに大欠陥を内在すること、ユーロとEUのありかたの改革を急ぐことが必須であること、そのためには頑迷ドイツの石頭をすげかえなくてはならないこと、それなくしてはユーロとEUは崩壊必至であること、これを述べたい。
 
長期の停滞基調が続く欧州経済

 極右・ポピュリストの主張が浸透するのは、結局のところ経済が低迷しているからだ。経済の低迷が第一の要因であり根本原因だ。経済が停滞から脱却していけば、極右・ポピュリストの声高な主張はおのずから弱まり衰退していく。

 ヤニス・バルファキスによれば、「2008年には欧州全体の所得は米国よりも10%高かった。だが2022年までには米国のほうが26%高くなった。GDPの比較だけでなく個人の所得の面でも貧困化している。このような衝撃的な運命の逆転は、2008年の世界金融危機を受けて欧州各国政府が前代未聞の緊縮財政政策を導入し、自国経済に打撃を与えたことに起因している」。

 欧州経済はリーマン・ショック(2008年)で下落し、さらにユーロ危機が続いた。リーマン・ショック直前のGDP水準に回復したのは、実に2016年になってからだった。その後若干の緩慢な伸びを見せたが、コロナ禍に襲われ次はウクライナ戦争のなかでインフレと金融引き締めとなった。

ドイツが固執する緊縮政策

 このような推移のなかで一貫しているのは、ドイツが固執する緊縮政策の押し付けである。ドイツはギリシャ危機・ユーロ危機のさなかにもECB(欧州中央銀行)の金融緩和・量的緩和とEUの財政出動に反対しつづけた。その後ドイツは「ドイツ好みの財政緊縮措置をEU法に制定して,財政緊縮ルールを強化した」(田中素香)。「こうして、
2008年以降の緊縮政策は欧州大陸全体の投資を圧殺し、欧州は長期的な衰退の道をたどることになった」(バルファキス)。

 この衰退の道から欧州民衆の不満、反感が鬱積・蓄積して各国の極右・ポピュリストの跳梁が生まれてきたのだ。

 ドイツには「まずは貯蓄、買物はその後」という倹約のすすめがある。驚くべきことに、これをそっくりそのままマクロ経済に適用しているのがドイツの緊縮政策なのだ。こんな倹約のすすめをマクロ経済に適用して信じて疑わない。愚かそのものである。(もっとも日本のザイム真理教も同じだ。ドイツの場合はオルド自由主義というが)

 そもそも、倹約のすすめは一個人のレベルで通用するものでしかない。これを経済全体に適用すれば重大な誤りとなる。ケインズの言う貯蓄のパラドックス、合成の誤謬だ。この倹約のすすめでは、貯蓄した後も所得が低下しないことが暗黙の前提になっている。(馬鹿な話だ)

 だが経済が停滞する局面で、皆が一斉に貯蓄を増やしたらどうなるか? 貯蓄によって支出が減少し需要が減少するから生産が落ち所得が減って(所得は減るのだ)、予定した貯蓄はできなくなる。それでも減った所得からなお貯蓄を続ければ悪循環に陥り不況が一層深刻化する。

 ところが、この愚かな倹約のすすめがEUのルールになってしまった。またECBの設計もドイツに任されて、異形ともいうべきドイツ連銀に似せてユーロ圏の制度がつくられてしまった。

 ユーロ圏の赤字国は為替切り下げが出来ない。だから緊縮策による不況、賃金切り下げ等労働諸条件の切り下げを強制される。ECBの金融緩和に対しては常にドイツによる反対が入って手遅れになる。財政出動は制約され、金利は赤字国が直接操作できない。これらは金本位制の制約と同じである。共通通貨ユーロは財政同盟(各国が財政的に助け合うもの)なしには機能しない。これが欧州経済の長期停滞をもたらす根源的要因なのだ。

 しかし、EEC時代から継承してきた「絶えず緊密化する同盟」にドイツは反対し続けている。頑迷ドイツの石頭は極右、ポピュリズムの抬頭と民主主義の破壊をもたらしつつある。頑迷ドイツの石頭をすげかえなくてはユーロとEUの崩壊は必至である。


11:04

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告