日誌


2025/02/10

POLITICALECONOMY第281号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
劣化過程をたどった日本のインターネット空間

          季刊「言論空間」編集委員 武部伸一
 
 インターネット空間で、ヘイト・差別・排外主義・陰謀論の嵐が吹き荒れている。それは米国でも日本でも、ここ数年の選挙結果に見られように現実世界に大きな影響を及ぼしている。なぜこのような事態に至ったのか。先ず日本国内での経緯にしぼり、これまでのネット空間の在り方を振り返り、考えてみたい。

パソコン通信時代はフレンドリーで秩序ある空間

 日本でのネット利用は、1985年電電公社民営化と合わせ電気通信事業法が成立、公衆電話回線を利用した通信接続が解禁されたことにさかのぼる。数社からモデム(接続機器)が一般発売され、日本において本格的にパソコン通信がスタートした。 「民営化の時代」にネット利用がスタートしたことに留意したい。

 1987年には当時の代表的な商用パソコン通信ニフティサーブがサービスを開始した。この頃スタンダードであったNECのPC98シリーズなど日本独自仕様のパソコンを使いながら、一般ユーザーが商用電子メール・フォーラム・掲示板の利用をはじめていく。各ユーザーはパソコン通信サービスを、固定ハンドルネーム(ニックネーム)を使い利用した。(推測だが、これは長距離トラックドライバーなどアマチュア無線利用者がニックネームでお互いを呼び合う習慣に影響を受けたのかもしれない。何しろ通信なのだから)

 いずれにせよ、ここに今につながる匿名のネット空間がスタートしたのだ。しかしこの時期の各フォーラムは管理人・サブ管理人が決められ、初心者へのガイド、フォーラム内議論の整理など、私自身も利用者であった記憶としては概ねフレンドリーで秩序のある空間として存在していたと思う。

憎悪と差別投稿があふれる「自由な場」に変貌

 1995年マイクロソフトからウインドウズ95が全世界で発売された。それ以前から存在していたインターネットが大衆的に利用される時代が始まったのだ。1996年、NTT直営インターネットプロバイダーOCNがスタート。ニフティなど他のプロバイダーも続々とインターネット接続サービスを開始した。

 1999年にはNTTが世界初の携帯電話でのインターネット接続サービスiモードを開始した。ちなみにこの年のパソコン世帯普及率は29.5%。

 また西村博之が日本最大級の電子掲示板(匿名掲示板)「2ちゃんねる」を開始したのもこの年である。ネット利用者の多種多様な興味・関心で細分化された掲示板「2ちゃんねる」だが、一度でも覗いたことがある人であれば、そこが猥雑で悪趣味でなおかつ差別表現にあふれた場であったことを記憶しているだろう。

 2003年ごろには「在特会」桜井誠が、ネット掲示板で在日朝鮮人・韓国人への差別・排外主義投稿を始め、ネット民(の一部)から熱烈な支持を集めるようになった。1980年代後半に(固定)ハンドルネームでの理性的な情報共有の場としてスタートした日本のネット空間は、20年と経たないうちに、匿名での憎悪と差別投稿があふれる「自由な場」へと変貌したのだ。

 2008年、スマートフォンiPhoneが日本で発売される。同時期に日本語版Twitter(現X)・Facebookのサービスが開始された。

 この年、象徴的な事件が起きた。それは秋葉原無差別殺傷事件。進学校出身の派遣労働者が、自ら投稿する「ネット掲示板」の荒らし行為を理由として犯行に至った。ネット空間が現実社会に直接的な影響を及ぼす時代が始まったのだ。

 日本での「ネット空間」が歪んでいく過程、いわば「ネット価値観の形成史」についての興味深い論考として、『世界』2023年6月号「ネットはユートピアか?ミソジニーとサブカルチャーのインターネット文化史」藤田直哉がある。現在のミソジニーと差別言辞の溢れるネット空間の源流が「2ちゃんねる的文化」にあり、それは80年代一部サブカルチャーの価値観、80年代フジテレビ的笑いの感覚にまでさかのぼると言う。刺激的で説得力のある論考である。

健康なインターネット空間再構築のために

 ではインターネットの利用者である我々が、ネットでの憎悪表現や差別排外主義に対抗し、あるいはそれらの言質に打ち勝つネット空間を広げていくために、どのような考え方が必要なのだろうか。

 朝日新聞2022年1月22日のメディア空間考コラムにおいて、「健全な言論プラットフォームに向けて デジタル・ダイエット宣言」が紹介されている。計量社会科学者鳥海不二夫と憲法学者山本龍彦による共同宣言は、情報を食事に例え「飽食」や「偏食」が招く弊害を「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」という概念で問題提起している。
参照  https://www.kgri.keio.ac.jp/docs/S2101202201.pdf

宣言自体は政治的にはニュートラルである。その詳細はここでは省くが、インターネットを人々の連帯のためのツールとして再構築していくため参考となる論考の一つだと思う。


09:35

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告