日誌


2025/02/27

POLITICAL ECONOMY第282号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
先進国でトップのエンゲル係数
          NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 総務省が2月7日に発表した2024年の家計調査で2人以上の世帯が使ったお金のうち食費の割合を示す「エンゲル係数」は28.3%を記録、1981年(28.8%)以来、43年ぶりの高水準となった。このニュースを聞いて、「エッ」と思った人が多かったのではないか。1970年代の高度成長期を経て、世界有数の経済大国に成長した日本で貧しい国の指標とされるエンゲル係数の高さが話題になるとは驚きだ。

30%を超える低所得者層

 同調査によると、24年の2人以上世帯の消費支出は1世帯当たり1ヶ月平均、30万243円で前年に比べ実質で1.1%減少。消費支出の内訳を「交通・通信」、「光熱・水道」、「教養娯楽」などの10大費目別にみると、「食料」は、89,936円(贈答品を含む)で、名目3.9%の増加、実質0.4%の減少となり、「エンゲル係数」は前年の27.8%から0.5ポイント上昇して28%台に載せた。「野菜・海藻」、「果物」などが実質減少となった一方、「外食」、「穀類」などが実質増加となっている。

 日本のエンゲル係数の推移を見ると、1970-80年代以降、国民所得の高まりと平行して低下傾向が続き、2000年代初めまで20-21%の水準で安定していたが、2015年から23%台に上昇、コロナ禍の2020-21年に26%前後に高まり、今回28%を超えた。統計手法が異なり、食文化の違いがあるので先進国との比較は参考数字にとどまるが、22-23年水準で見るとイタリア25.7%、フランス24.5%、イギリス22.3%、ドイツ18.9%、米16.4%など。各国ともコロナ禍で巣ごもり消費が堅調だったためエンゲル係数が上昇したが、その後低下傾向を示している。しかし、日本はこうした傾向とは逆に上昇ピッチを上げ、先進国でトップ。

 では日本だけが貧しくなっているのか?
  識者などの分析によると、 数値の上昇は食料品価格の高騰、収入の低迷、食生活の変化が大きな要因だという。消費者物価指数でみると食料(生鮮食品を除く)は24年はじめごろから連続して上昇率が高まっており、米類価格の高い伸び、日配品・外食の値上げ、円安の影響などが家計の食費支出の上昇を招いたことは確かだ。

 一方、賃上げは物価高騰に追い付いていないようだ。物価変動の影響を差し引いた1人当たりの実質賃金は24年に0.2%減と3年連続でマイナス。年金生活者の実質手取りもマクロ経済スライドの導入で、年金の給付水準が緩やかな上昇に抑えられている。一般に可処分所得が上がると食料費の割合が低下するためエンゲル係数は低くなるが、日本の場合は実質賃金の減少が続き、家計はゆとりがない状態にあると推定される。

 このほか、エンゲル係数上昇の構造的な要因として女性の社会進出、高齢化、共働き世帯、単身低所得世帯の増加という人口・家族構成の変化が指摘されている。食費が割高になりがちなひとり暮らし高齢世帯、調理済みの総菜や弁当などを購入して食べる中食や外食の頻度が増える共働き家庭が増えれば食費への支出が増加する。年収1000万-1250万円世帯のエンゲル係数は25.5%だが、年収200万円未満の世帯は33.7%との調査にもあるように、低所得世帯が増えればその分、エンゲル係数の上昇を加速することになる。

「相対的な貧しさが広がっている」

 こうしたエンゲル係数の上昇要因を考えると、日本経済を襲った「失われた20年、30年」の帰結も再吟味が必要だ。この「失われた00年」の結果、日本の経済的地位は世界第二の経済大国からずり落ち、2000年に世界2位だった一人当たり名目GDPも韓国、台湾に抜かれ、24年時点で39位に転落。G7の中で最下位に低迷する。

  身近な生活水準でも、24年の生活保護申請件数は25万5897件で過去12年間で最多となり、生活保護利用世帯は165万2199世帯に上る。各種世論調査でも「節約志向の高まり」が報告されており、昨年12月の日銀生活意識アンケート調査では「一年前に比べ暮らしにゆとりがなくなってきた」と答えた人が57.1%に達した。

 エンゲル係数の上昇について、「生活苦の拡大というよりは、先進国で起こっている共通の社会の構造変化」(社会実情データ図録)との見方もあるが、ここ数年の動きから言えば社会の構造的変化と共に、「相対的な貧しさが広がっている」というのが生活実感ではないか。とくに近年、エンゲル係数が上昇幅を広げていることに注意が必要だ。

17:11

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告