日誌


2019/09/23

POLITICAL ECONOMY第150号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ラグビーW杯、熊本の経済効果は100億円超
     フランスとは100年に及ぶ文化交流があった
                                                        元東海大学教授 小野 豊和

 日本政策投資銀行は、2019年ラグビー・ワールドカップ日本大会の経済効果について熊本県分だけで100億円超になると試算した(2016年5月)。福岡県や大分県と合わせると、日本全体の経済効果の2割弱が九州に集中し、熊本地震で落ち込む訪日旅行者が回復する起爆剤となる。熊本県に訪れる人が宿泊や買い物、交通に支払う「直接効果」が60億円強。消費が増え、飲食店などが原材料の購入を増やす「一次波及効果」と、所得が増えて消費が拡大することによる「二次波及効果」をあわせて100億円を超える。全国の経済波及効果の合計は2330億円で、九州が2割弱を占める計算だ。

熊本出身の内藤濯氏の功績は大きい

 ラグビー・ワールドカップの日本開催が決まると、熊本県は国際スポーツ招致を熊本市とスクラム組んで取り組み、全国12の開催都市の仲間入りに成功した。ところで熊本とフランスとの関係については内藤濯氏の功績を忘れることができない。内藤濯氏は1883年(明治16年)に熊本市で生まれた。1906年(明治39年)東京帝国大学文科フランス文学科に進学し、フランス近代詩の翻訳を発表していく。1911年(明治44年)陸軍中央幼年学校のフランス語教官、1920年(大正9年)には第一高等学校のフランス語担当、1922年(大正11年)文部省在外研究員としてフランスに留学。留学中にパリで初めてとなる演能を成功させるなど、精力的に日仏文化交流を図り、1931年(昭和6年)フランスへの多大なる文化貢献に報い、レジオン・ド・ヌール五等勲章シュバリエを受賞、1946年(昭和21年)に詩人、演劇人、音楽家、放送関係者らで「詩の朗読研究会」を発足。

 フランス文学研究の草分け的存在としてフランス近代詩を多く紹介したほか、文学座等の劇団にも関係し、ラシーヌ、モリエール、ラ・ロシュフコー等を翻訳。特に戦後の1953年(昭和28年)、サン=テグジュペリ「Le Petit Prince」を翻訳した「星の王子さま」は名訳とうたわれ広く読者に愛され訳後600万部を超える売り上げを誇るベストセラーとなった。1969年(昭和44年)勲三等銀杯を授与され1977年(昭和52年)95歳で没した。

 2005年(平成17年)11月27日、内藤濯氏生誕120年とサン・テグジュペリー没後60年を機に、翻訳者内藤濯氏の生誕の地である熊本県立図書館の庭に、『星の王子さま』内藤濯文学碑を建立した。直筆の和歌「いづこかにかすむ宵なりほのぼのと星の王子の影とかたちと」は、後に美智子妃殿下(上皇后)が曲をつけ楽譜が贈られた。

 内藤濯氏がパリで演能に成功した歴史があり、熊本市では、1984年の熊本日仏協会による訪仏をきっかけとして、南仏のエクサンプロヴァンス市との交流を開始、特に1992年、熊本市在住能楽師狩野琇鵬氏がエクサンプロヴァンス市に総檜の能舞台を寄贈したことで民間・行政双方のレベルで20年以上に亘る交流が続いている。このような中、熊本市は2012年(平成24年)9月、エクサンプロヴァンス市において交流都市協定に向けた「意向書」を取り交わし、翌2013年(平成25年)2月16日、エクサンプロヴァンス市からマルティン・フネストラス副市長を団長とする代表団3名が来熊、「交流都市」協定の調印を行った。

盛り上がった「フランス対トンガ」戦

 さて10月6日に熊本県民総合運動公園陸上競技場で「フランス対トンガ」戦が行われた。交流都市のエクサンプロヴァンスからは、シニアラグビーチーム一行が10月3日に来熊。大西一史熊本市長を表敬、歓迎レセプションが行われた。5日には熊本のシニアチームとの親善試合を行い、本番のトンガ戦に乗り込んだ。入場者数は大会発表によると福岡の博多の森球技場を1000人以上超える28,477名でほぼ満員。三色旗を顔に塗りフランス国歌を歌いながら立ったり座ったりウェーブの応援に参加した。最終的な経済効果の実績発表はまだだが、約100年前に内藤濯氏が蒔いた文化の種が花開き実をつけた歴史の重さを感じた。私は早稲田大学で内藤濯先生の愛弟子の田辺貞之助先生に師事したこともあり、熊本日仏協会に入会し、恩返しのつもりでフランス語の通訳ボランティアを引き受けた。

14:22

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告